21.尖兵
鉄壁の『改人』を倒した後は本当に漁村は平和そのもの、暇すぎて困っていた所で【王都】へ帰還していいと連絡があった。
なんでもいつの間にか海を泳いで海底にある魚人街とやらで、聖石を手に入れたらしい。
魚人って言うと獣人の魚版かな?とか、泳いで海底って、人間業じゃないなとか、思うところは色々あるが、一番は散々暇させておいてそれはねぇんじゃないの?って事だ。
まぁ、暇してて文句も何も言いようはないがな。
【王都】に戻って来たので早速回避を中心に【訓練】とクランホームの訓練場で、イメトレしてたら、いつもの声が邪魔してくる。
「おっ!最近いなかったけど、またどこか行ってたのか?」
「まあな、今回は【海国】に行ってた」
「あ~この前のサイーダだっけ?次は何作ってもらったんだよ」
「いや、何にもない漁村でのんびりしてただけだ。毎日干物食って、昼寝してた」
「なんだよそれ~土産話とかはないのか?」
「いや優雅に暇してただけだからな。『何にも無い』があったな」
「そりゃ優雅かもしれないがよ。つまらねーなー……そういや、回避の練習はいいのか?」
「だからそのイメージトレーニングする為にここに来て、集中してた所にお前が来たんだろ」
「なんだよじゃあ、遠慮せずに誘えよ!暇な時はいつでも手伝うからさ。それで戦うスタイルは決まったのか?回避だけじゃ戦いようないし、武器とかそういうの決めなきゃ、いつまでたっても具体的なイメージがつかめないだろ?」
「ああ、まあ蹴りとか使ってみようかとは思ってる?がな。あとは連節剣とかかなぁ……」
「それはまた、変態武器を選んだもんだな。あるにはあるらしいが使い手は皆無だろ?<蹴り>はまあ素手でも武器でも腐らないけどよ。武器は考え直した方がいいんじゃないか?ベース生産職なんだし術士だって悪くないだろ」
「じゃあ、とりあえず蹴りだけ練習しつつ回避慣れしておくか」
「そうだな!じゃあ行くぜ!」
相変わらず白い騎士のレイピアは速い、だが直線的な動きにかなり慣れてきたのか、余裕があるのも確かだ。
スピードこそなかったが『改人』の振り回される腕の方が、どこから飛んでくるのか分らない上に、当たれば酷い事になるのが分っているので、中々怖さがあった。
つい、考え事で気がそれた所で、顔に向ってレイピアが突き出される。
何も考えずに避けながら白い騎士の膝内を蹴って、膝をつかせてしまった。
「なんだよ!既に蹴りは使えるのかよ!じゃあもっとアグレッシブにやろうぜ!さあ!」
「急にテンション上げんなよ!ちょっと試してみただけだろ?しかしまあ、アレだな……ちょっと直線的な攻撃に慣れてきちまったな」
「なっ!最短距離を最速で攻撃できる突き攻撃に慣れてきただと!」
「いや、悪かったって、ちょっと見慣れたって言っただけだろ……」
「天才か!お前天才だな!俺のレイピアにこの短期間で慣れるなんて奴はそうはいないぞ?やはりお前には戦闘の才がある!どうにかして武器を使えるようにならないともったいない!どうする?何を使う?」
「さっき連節剣は駄目出されたばかりだしな。何より生産職で普段はやってるんだから、そう急がなくてもいいだろ」
何故か妙に残念そうだが、あまり自分の裏の顔に繋がる情報は抑えたい。本当は蹴りも見せたくなかったが、仕方ないだろう。
「まあこの前蹴り用の装備を作ってもらってたのも見てるからな、いざって時の為にコツコツやってたって訳か、この秘密主義者め!あれだな、こういう事もあるかと思ってみたな事やりたいんだろ?分ってるぜ生産職ってのはそういうもんだ」
うん、勝手に納得したようで良かったが、相変わらず人がいいと言うかなんと言うか。
何となく沈黙が続いたので、ちょっと噂話を振ってみる。
「ところで、邪神の化身って知ってるか?」
「なんだそりゃ?邪神……邪神?邪神の尖兵は誰かから聞いたな。スライムが邪神の尖兵って名前で、やたら強いんだよなこのゲーム。確かにどうやって生きてるのか分らない生物だし、それが邪神側の魔素だったか?それから発生してる純粋な魔素生物的解釈だったと思ったけどな?」
「ほー、やっぱり噂話に強いな何でも邪神の化身ってのは魔将よりも強いらしいぜ?」
「マジかよ!魔将って1000人で戦う上に特殊装備じゃなきゃダメージも与えられない特殊ボスなんだぜ?そうだそうだ!魔将が生み出したブヨブヨの変な虫型も邪神の尖兵で、無限再生する上に装備を破壊してくる厄介な奴だったわ!ソタローが特殊装備で破壊しまくったらしいなそれで聞いたんだった」
「そのソタローってのは、何者だ?」
「知らないのか?隊長の後を追って集団戦のNo.2って目されてる奴さ。【帝国】の足が抜けないほど雪が積もってる地域で、全身金属鎧の変わり者だな。まあ、元々あそこは変わり者しかいないんだが、その中では比較的常識的ないい奴だって聞いてる」
いつの間にやら世に出てくるプレイヤーってのはいるもんだ。やっぱりもう少しゲーム内の噂話の一つも知らないと、あっという間に遅れをとるな。
「そうか、じゃあ邪神の化身の事はやっぱり知らないのか。邪神教団ってのは知ってるか?」
「それも知らないが、何だそりゃ?」
「何か邪神側に与するNPCらしいぜ」
「へ~まあ神と名がつくからにはそういう信仰もあるのかね~?しかしお前も何だかんだあちこち行くようになったら、噂話拾ってくるじゃねぇか!その二つは俺もちょっとそこらで聞き込んでみるとするわ。最近あまり面白い噂が少なくてな~」
こんな話をしつつも相変わらず面倒見がよく、回避の練習に付き合ってくれる白い騎士。
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【王都】隠れ家-夜-
そして隠れ家でも個人練習を繰り返す。
何しろ相手は学習し対策してくる上、四天王とか言うのがいるらしい。そんなもん絶対強いだろ?
そんな折、蠍が久しぶりに隠れ家に戻ってきたので、話を聞く。
「それで?向こうだって切羽詰ってるんだろうし、俺の方は野放しでも平気だぜ?賊も最近は大人しいしな。俺も大人しく【訓練】しかしてない」
「そうか、それは助かるぜ。何しろお前の腕がなきゃ、奴らを止める事も難しいんだ。もっと強くなって貰って、俺が困る事はない。さて仕事の話だ」
「ああ、いいぜ。それでなんだって言うんだ?」
「奴らの『改人』化のファクターが一つ判明した。邪神の尖兵だ」
「その名前は噂で聞いたばかりだが、魔素から直接発生する魔物だって?」
「ほー、よく知っているな。まあ<錬金>をやってるなら<精霊術>に必要な賢者の石も作るんだろうから、魔素のことはよく分っているだろう」
そりゃ勿論知っている。この世界は全て霊子で出来ているという設定の中、それの性質を変化させるのが邪神側の魔素となっている。しかしそれすらも利用するのが<錬金>なんだから業が深い。
「それで、その邪神の尖兵がどうしたって言うんだ?何か聞いた話じゃ特殊な装備じゃなきゃやれないって話しだが?」
「まあな、状態にもよるんだがな。小さなスライムなら瘴気溜まりが出来ると発生しちまうんで、普通の武器でも潰せる。ただ武器の消耗は早いがな。瘴気ってのは俺達ヒュムにとっては有害で、それの中で活動する技術を持ってるのが【教国】なんで、一都市しかない様な特殊形態の国家でもやっていける要因の一つにもなってる訳だ」
「へー、それでそんな有害な瘴気溜まりやら、武器消耗の早いスライムを俺にどうしろと?」
「実を言うとお前達ニューターは瘴気が濃くても活動できるんだ。神がそうお創りになったからな。という訳でとある瘴気溜まりを潰してきてもらいたい。運がよければ邪神教団の奴らとも会う事になるだろうから、それも潰してもらっていい」
つまりプレイヤー専用の敵って事か?邪神ってのは言ったらこのゲームで言う敵性勢力の神な訳で、その勢力を潰すのがこのゲームの趣旨みたいなもんだ。
「邪神の尖兵が『改人』のファクターだとして、一つ二つ瘴気溜まりを潰してどうにかなるものなのか?」
「いや、無理だろうな。だが、邪神の尖兵にも段階がある。さっき言った通り小さなスライムなら通常武器でも倒せるが、それは核に武器が貫通するからだ。つまり一定堆積以上になったスライムは通常武器では倒せない。それどころか他の魔物を取り込むのか、他の魔物の姿を真似はじめるんで性質が悪い。しかも他の魔物の真似をするようになると、稀にその魔物に混ざって行動し、瘴気溜まりを広げる固体が出る事もあるらしいな」
「なるほど、要はスライムってのは魔素から現れて、さらに魔素を広げる役目を持った生き物な訳だ。それで俺が倒す必要のある段階の邪神の尖兵ってのがいると、今の話だとスライムが瘴気溜まりを広げてる訳だから、十分な魔素が溜まる事でデカイ特殊スライムが生まれるって解釈したぞ」
「察しがいいな。つまりそういう事だ。いくら【教国】の技術でも瘴気の中を長時間活動するには制約が多くてな。奴らは『改人』化したヒトを利用して魔素溜まりに入り込み、スライムを捕獲、更に『改人』を増やすって言うサイクルのようだ。何しろ奴らのベルトには魔素が仕込まれてて、それを使って再生しているくらいだからな」
「邪神の化身の細胞を取り込む前段階として、または材料の一つとして邪神の尖兵が必要って訳か。何なら高濃度の魔素としてスライムを利用してる可能性もあるか?まあいい、それである程度のサイズになったスライムは通常武器じゃ倒せないんだろ?どうするんだ?」
「お前のそのフィルムケースと呼んでる高濃度の精霊様の力を宿した武器が一つ、そしてお前のベルトと付属の全身タイツと靴を解析した結果出来た試作剣が一本だ」
そう言って取り出されるのは、自分が普段使っているフィルムケースを仕込みやすいよう丸く作られた柄だが……。
「柄だけ渡されてどうしろってんだ?それともこれは愚か者には見えない剣だとでも?」
「いや、それにフィルムケースを仕込んで精神力を流せば精霊様の力の刀身が現れる」
とりあえず、奥の何もない【訓練】用の空間に移動し、試しに火精のフィルムケースを仕込み精神力を流す。
現れたのは手ごろな長さの赤く丸い半透明の刀身、軽く振ればぐにゃっと曲がって凄く柔らかそう?
「何だこりゃ?」
「少し振って感触を試してみろ、一応実体が無いから敵の攻撃を受け止めたりは出来ないが、当れば精霊様の力で攻撃できる代物だ」
言われるままに振り回していると、確かにだんだん感触が掴めて来る。
要はほぼ連節剣だが、こちらの手の振りに追随する形なのだ。今までの連節剣もいかに精神力で動かしているとは言え、腕や手も同時に動かしていたので、別段扱いが難しいものでもない。
一点面倒な部分は振った速度で伸びて、放っておくと元のサイズに戻ってしまう事くらいか?
伸びる距離や速度と間合いのバランスが中々難しそうだ。更に実体がないのでは巻きつけたりという使い方も出来ないのが、難点か?
総合するなら攻撃力だけは上がるが、扱いづらい。
「しかし、まあいつの間にこんな武器を開発したんだかな?」
「皮服の改造をした時に、こんな事もあろうと思って依頼を出しておいたのさ。自爆しない使用方法があった方がおまえ自身助かるだろ?」
それを言われたらこちらも何も言い返せない。何しろ元々自分諸共燃やして相手を倒してたのだから、自殺行為同然の戦いでこれからもやっていけるかと問われれば、怪しいだろう。
「じゃあ、これで邪神の尖兵をしばくとして、どこの国行くんだ?」
「今回は【森国】に行ってもらおうと思ってる。魔素溜まりは世界中にあるが【森国】はとにかく森が深くて、ヒトの入らない土地が多いんでな」
こそこそやるには、もってこいってか?
次週予告
次の邪心教団の狙いは邪神の尖兵
新たな敵を屠る為次は【森国】に向う
しかしそこは木々に囲まれ『妖怪』の住まう怪しげな土地




