20.鉄壁
【海国】の都から、船に揺られやっと辿り着いた田舎の島はあからさまなほど地味な漁村だ。
のどかという言葉がこれ以上なくマッチした魚しかない島にいるのは、何しろ次の目的地が海中だからなのだが……、
「なあ、いつまでここで待つんだ?」
「向こうはクラーケン退治してるらしい」
「何でまたそんな事になるだよ?指名手配なんだよな?」
「ああ、まあ指名手配だからこそってのもあるんだが、要は指名手配をかけてる大元の【教国】に恩を売って、今回の件の再調査なり、指名手配取り下げなりする為のコネクション作りの一環なんだ」
「なんともアグレッシブな使命手配犯だな。まあ待ってる間に俺はこの新しい防具の使い方に慣れておくからいいけどよ」
と、まあ蠍と一緒に隊長が来るのを待つ為、のどかな漁村で待機中というのが今の状況になる。
待ってる間に出来上がってきた新鎧というか新皮服の確認をしているのだが、まず見た目はいくらかシンプルになった。
相変わらずぱっと見は黒いメタリック塗装で重装備風に仕上げてあるが、ゴテゴテしたパーツをいくらか間引いてもらって、実用的になっている。
まず胸部から背中にかけては少し厚めに作られていて、見た目だけは硬そうだ。
胸部装甲と肩当ては一体化されていて、小ぶりになった分肩に完全フィットして、左右の視野が広がったのはありがたい。
そこから二の腕まで何枚も金属板が重なっているように見えて、何度も言うが見た目だけは硬そうだ。
前腕については左腕が盗賊の篭手、右腕は何となく意匠の凝らしてある篭手と右手にまぜーるくんナックルとこの辺は相変わらず。
腹部は大振りなベルトを巻いているように見せているが、内側にサイーダのベルトを隠してある。
腿にも巻きつくような装甲を貼っているが、普通金属板じゃずり落ちそうなものだが、皮なので凄いフィット感!動きやすい事この上ない。
そのまま腿当てから膝当て、ブーツまで一つながりになっているが、総じて実践的というか、真面目に戦うことを考えてちゃんと作り直してくれたっていうのが感じられる着心地だ。
冑は殆ど意匠が変わらず、鳥っぽいフルフェイスでちゃんとサイズも合ってるし、意外と視野も広いので問題ないだろう。
そして、装備全体を連結させてフィット感を上げてる服のライン。元々下に着ている全身タイツに這わせていたようなラインが鎧のパイピングに使われていて、今は黒地に黒のラインなので目立たない。
問題はフィルムケースを発動した状態なのだが、例えば氷精と水精をセットしてみる。
青地に白のラインが浮き出る鎧に変化するのだが、なんとも派手だ。
何しろ普段は黒黒で全然目立たないのだが、装甲上に這っている細いラインが幾何学模様になっていて、それが浮き出る妙にこだわりの強い派手鎧と化す。
ちなみにカラーだが、ベースになるのは火、水、土、風で、細いラインが雷、氷、石となっている。
重精に関しては材料が集まってからになるが、この分だとライン側だろう。
何でこのカラーリングになるのかは知らない。聞いてはみたが、製作者のこだわりか、何がしかの理由があるんだろうが性能上見た目とは関係ないってさ。
蠍は絶対に生産タイプじゃないな。作り手のこだわりが気にならないってのは、そういう事だろう。
さて、じゃあキックの為にスイッチを押したらどうなるのかという事なのだが、例えば氷精側のボタンを押す。
白い幾何学模様ラインが消えて、鎧と全身タイツのパイピングが白く光る。
光らないって聞いたが、キックの時はどうしようもないらしい。
意匠こそシンプルになるが、光ってるので台無しだ。もう必殺技を使うっていうエネルギーチャージアピール全開の仕様にしてくれたって事で、本当に勘弁してくれ!
ちなみに水精側を押せば、ベースのカラーが抜けて黒地に白の意匠のやたらオシャレ鎧化しつつ、青く光るっていう。もうどうにもならない。
カラーリングに関しては、
火=赤 水=青 風=緑 土=黄 雷=紫 氷=白 石=茶 重=?
って感じだが、まあ派手だよな~。まあ仕方ないこういうものだと思って諦めよう。
何しろ能力はいいのだから文句のつけようもない。
例えば石精のフィルムケースをセットする。ちなみに重さで動けなくなるので、火精とセットが今のところベスト。とり合えず石精火精をセットする。
赤地に茶色の模様が浮き上がる皮服が、本当に鎧と化す。
これまで刃物が簡単に貫通してた厚くてゴテゴテしただけの皮服が、刃物にも衝撃にも結構強くなる。
パワー&ディフェンスとバランスの良さでは基本形と言ってもいいかもしれない。
何とか早い所材料を手に入れて、石火を混ぜたフィルムケースを作りたい。混ぜフィルムケースなら色変わらないし!
ちなみに氷精も強くはなるが、術とか状態異常とか汎用タイプなので、物理のみ特化の石精とは上手く使い分けて行きたい所だ。
ちなみに【海国】は暑いので、本当は氷精を使っていたい。何しろ涼しいのだ。耐暑効果も発揮するのだろう。
だが、術士の石に蓄えられている精神力を無駄遣いするわけにも行かないので、まあ我慢だな。
装備のチェックをして、あとは魚の干物を炙って食べるくらいしかやる事がない。
粗末だが涼しげな乾いた藁を編んだような屋根の下、だらっと寝転んで、こんな事なら<釣り>スキルでもとっておくんだったな~なんて取り留めのない事を考えて過ごす。
ふと、何かいつもと雰囲気が違うな~と体を起こして、船着場の方を見やると妙に体のデカイ男が降りてくる。
上半身裸で刺青がびっちり書き込まれた随分と太った巨漢だが、足取りはしっかりしていて、見た目よりずっとよく鍛えられてるんだろうなって思った時、腹部に巻かれた独特のベルトが目に付く。
スキルで気配を隠しながら距離を置いて追うと、島の最南部の釣り小船用の桟橋から更に南の海を眺めるようにつっ立っている。
こっそり木陰で鎧に着替え、スキルを切って後ろから近づく。
「お前が、例の黒い怪鳥か?お互い目立つ事はしたくないだろう?夜ここで待つ。ここなら人目もないだろう」
「まあ確かにこの島の住民は寝るのが早いからな。だが物音がしたら起きてくるかもしれないぜ」
「ふん、その時はその時だ」
それだけ言って、自分の横を通り、そのまま漁村に向かっていった。
何となく耳をそばだて、問題や喧騒が起きないか警戒していたのだが、杞憂に終わったのは目的しか興味のない相手だったのか、あの見た目で本当に目立ちたくなかったのか。
夜、下弦月でも十分に明るい星空の元、桟橋近くで巨漢と向き合う。
「貴重な改人を二人までもやってくれたそうだな」
「まあ、そうだな。だが貴重ならもう少しちゃんと教育をした方がいい。暴れりゃいいってもんじゃないとな」
「確かに奴らは力に溺れ、それを振り回す事しか知らん愚か者共だったがな。それでも邪神様のお力を受けるというのはそう簡単な事ではない。目的の為にもここでお前には死んでもらう」
「そうかい?アンタはこれまでの連中より随分ましなようだが、やっぱり平等な破壊とか言う破滅願望者なのか?」
「そうだ。これ以上のやり取りは野暮だろう」
言うが早いか、見た目に似合わぬ素早い動きで、高くジャンプし、襲いかかってきた。
一先ず回避すると、腹から地面に落っこち巨漢の周りから土煙があがり、その重量と潰された時の衝撃を感じさせる。
しかし、うつ伏せに倒れている相手を逃す理由もなく、右の尾節剣で裸の上半身を斬りつけ、左の尾節剣は足元に突き刺し地面の下から腹を突き上げ、どんどん追撃を加えていく。
のそりと立ち上がる巨漢は別段何の痛痒も感じていないのか、表情を変えずに走って向かってきてショルダータックルこれも何とか回避成功。
スピード的には対応できるし、やはりここは火精と石精でやってみるかと、フィルムケースをそれぞれベルトに挿して起動!皮服のカラーリングが変わり赤地に茶色の模様が浮かび上がる。
「ほう、それが改人達を倒したタネか。原理は分らんが、その武器では結局俺を傷つける事は出来んぞ?」
確かにさっきから節尾剣の手応えがおかしいとは思っていた。まあ元々異常再生力の相手だし、結局は精霊の力でトドメを刺さねばならない。
だが、事を急いては仕損じる。じっくり相手の能力を見極める事から始めよう。
再び節尾剣で、敵の全身を攻撃しているが、ダメージになっているのか?一応なってはいそうだが?
「ふん、そんな攻撃、かゆい分ダニの方がましというもの、いつまで繰り返す気だ?」
「ちっと防御力が高すぎるな」
「だろうな。俺は四天王ベガ様直々に鍛えられ、毎日死ぬ寸前の攻撃を喰らい続けているからな」
「四天王?前の二人と比べればよっぽど落ち着いてるから、アンタが幹部なのかと思ったぜ」
「四天王様は俺とは比べ物にはならん!だがお前が会う事はない。何しろこの鉄壁を崩せずに死ぬのだからな」
「随分な異名だが、俺達も今まで何の調査も研究もしてない訳じゃないぞ?ちゃんと弱点くらい把握している」
「こい!やってみろ!」
挑発に乗ってくれて思わずほくそ笑むが、その気配を察せられないようにさっさと仕掛ける。
掃蹴術 篇吟
空中に躍り上がりつつ、急降下して相手の腹部、ベルトを狙う。
案の定敵は両手を広げたまま、こちらの攻撃を受ける構えだが、ベルト狙いに気が付いてないのか?
そのままあっさりとベルトを破壊。なにしろ蹴り術にプラスして今は火精の効果で筋力に補正も掛かっている。
だが相手は焦る様子もなく自分を抱え込んできたので、力任せに振りほどいて脱出。
「そのベルトが再生のタネだと思ってたんだが、見込み違いか?」
「正解だ。よく研究してるじゃないか。だが鉄壁といわれる俺のこの肉体があれば、再生なぞ空気中の魔素だけで十分。寧ろお前のその筋力に驚いたぞ?小手先だけかと思ったのだがな」
鞭剣を振るい、今使える術を一つづつ試すが、やはり強がりでもなんでもなく本当に空気中の魔素だけで事足りるようだ。
ならばやる事は一つ、火精のボタンを押すと皮服のベースカラーが黒に戻り、茶色の模様だけが残る。
パイピングが赤く発光した所で、節尾剣を相手の両腕に巻きつけ、縮む勢いで蹴りぬく。
一回転して地面に降り立ち、燃え上がる巨漢を眺めていると、今度は巨漢が発光して火が消えてしまう。
発光しているのはどうやら全身刻まれた刺青、術の基本は術は術で相殺できる。つまりあの刺青が何かの術を発動してるのだろう。
「こんなものか!こんなもので改人が二人も!氷漬けにする術もあると聞いているぞ!使って来い!」
「使って来いってのは、何かその刺青で無効化する算段があるからだろ?嫌だよ」
「腰抜けが!」
「そんな安い挑発には乗らん」
さてどうするか……発光する刺青の正体が分からない事には打つ手がない。
「ふん、知っているぞお前の氷の術は凍らせて相手を砕いて完成する。だが俺の防御力と生命力があれば砕くには至らん。精々生命力を半減できる程度だ。なればこの印があれば十分!」
「倒せない理由をわざわざ教えてくれるなんてありがたいね。ところで発光が止まったのは精神力切れ?」
「そんな訳あるか!この印はベガ様の勧めで刻んだものだ。どれだけ防御力と回復力があっても動きが取れないように封じられてしまえば、何も出来ないだろう?だから継続ダメージや封じる術に反応して消去する為のものさ。なんならお互い精神力が切れるまで遣り合うのも手だったが、どうだ?試すか?」
全部話してくれるってのは相当な自信があるのだろう。
確かに高防御高生命力で攻撃力も高いとなれば、封印するしか手はない。上手い事考える相手だ。
「逆に一発でアンタを倒す術や技使われたら終わりじゃん?」
「そんな物存在するか!やれるものならやってみろ!」
石精のフィルムケースを抜き、雷精のフィルムケースに挿し替える。
ゆっくり歩いて近づき、巨漢が大振りの張り手を振り回してきた所を屈んで避け、横に回り、脇腹に横蹴りを突きこむ。
「それがどうした!」
言うのと同時に雷精のボタンを押すと、パイピングが紫に発光しそのままその紫のエネルギーが巨漢に流れ込む。
巨漢の体内部を一瞬で駆け巡る雷電が、核を傷つけたのだろう。
そのまま動きを止め、倒れ伏す。
コイツより強い四天王ってのは、いったいどんな相手なんだ?
次週予告
敵幹部四天王の一人の名前が判明した
しかしそれは更なる強敵との戦いを意味している
更に己を高める事に余念のない黒い怪鳥は邪神の『尖兵』の噂を聞く




