10.黒い怪鳥
PKに対応するべく<練金>の研究を重ねる。
何しろこのゲームにおいて自分の専門はこれだ。金策だけじゃなく本格的な武装化の必要がある。
夜を【訓練】に割くなら、昼は武装の研究につぎ込めば、戦闘能力を向上し続ける事も可能だろう。
武器に精霊の力を乗せる事は言うに及ばず、ちょっとした道具程度の物ばかり作っていても仕方ない。
金にならない様な無理やり力を引き出しただけの代物。精霊の暴力の様なエネルギーを必要としている。
例えば精霊の力には象意というものがあったりする。
火精=熱暑 氷精=寒冷 水精=融和 風精=伝達 石精=遮断 土精=堆積
とまあ分ってるだけでもざっとこんなものだが、これで何が出来るのかって言うと、ちょっと微妙に分りにくい。
バフ及びデバフで考えると、
火精=筋力 氷精=耐性 水精=回復 風精=移動 石精=物防 土精=精神生命
火精=熱傷 氷精=凍結 水精=溶解 風精=拡散 石精=石化 土精=鈍化
とまあ、分るようで結構曖昧な感じ、他にも木精ってのがあったりするが、何かこれは独立した精霊で<練金>で扱うにはちょっと面倒なので置いておく。
ちなみによくありそうな術ブースト精霊はいない。精神力は土精で底上げ、木精で回復可能だが、術威力上昇精霊は今の所聞いた事無い。
ちなみに風精の拡散デバフは一見大した事無さそうだが、掛けられれば自分の情報を振り撒かれて、魔物はよってくるわ<隠蔽>の使い手なら無効化されるわ。酷い時はバフ全般散らされる厄介な物なので、基本楽なデバフなんかない。風精デバフが平気なのは脳筋だけ。
これらの効果を道具を媒介に行使出来るのが<練金>な訳だが、そもそも精霊の力は精霊と契約して行使するから調整も効けば、バフデバフ双方使用可能だったりする訳で<練金>の使い勝手の悪さはそういう所。
つまり調整の効かない力なので、最小限生活に必要な程度にとどめましょうねって言う道具ばっかり揃ってる。
便利は便利だが便利以上ではない。そんな感じ。
武器ってのは危険だから意味がある。刃物だって鈍器だって使い方一つで危険だから、武器なんだ。
一応危険域の<練金>はあるし、素材は高くなるがここからは無理な抽出と凝縮の繰り返しになる。
それでもPKを駆逐する為には使わねばならないし、作らなくてはならない。
何より自分自身が奴らにとって危険な武器でなくては、PKを抑止する事は出来ないだろう。
PKをすれば危険な奴に絡まれる。それを心底で理解させるそんな危険な存在になる為に、文字通り暴力装置が必要だ。
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【王国】クラン『Kingdom Knights』
「ふはははは!出来てしまった!これが風雷!どんな事になるのだろうか?雷の象意なんかは全くの不明。【砂国】で見つけたという大量のトルマリンから抽出出来たのだが、これいろんな色があるんだけど、精霊ごとのカラーってどうなってるんだろ?まあ、雷精が抽出できたのだから、それでいい。結果のみが正義だ!ふははは!さあ!実験だ」
「だからいつも訓練場でやれって言ってるよな?」
「今回もバフの実験だから大丈夫だ」
「前回は偶々の一回だから今回も訓練場にしておけ」
「なんでそんなに信用がないんだ?前回上手く行ったんだから今回も上手く行くに決まってる」
「寧ろ何で<練金>の事になると急に知能が低下するんだよ。普通専門の事なんだからもっと緊張感が張り詰めるもんなんじゃないのか?」
「誰の知能が低下してるんだ!まあ分った。もしもの事もあるし、ちょっと訓練場で実験してくる」
訓練場に誰もいない事を確認していざ風雷起動!
……うん!いい感じだ。
体を動かすと何とも素早く動きちょっと気持ち悪い。確か風精バフは移動速度上昇だから雷精バフで、攻撃速度とか反射神経とかかな?
「なんだ?爆発してないって事は成功したのか?」
「当たり前だろ!バフの実験だって言った筈だぞ!見ろよこれ、凄い早いぞ!」
「ああ、見ててかなり気持ち悪いが、何でお前の<練金>はいつもこう……なんて言うか制御が効いてないんだ?」
「だから、何度も言うように精霊と契約してる訳じゃなくて、自然界に溜まった精霊の力だけを無理やり引き出してるから、制御なんてモノは無い!」
「だから偉そうにするような事でもないだろ?でもこれで風雷が近似って事でいいんだろうな」
「となると……ここからが本番って訳だ!雷火!これでまた強大な兵器が一つこの世に……ふっふっふ」
「おいおいおい、いったん退避するからちょっと待てよ」
「何言ってるんだ!お前もこのエネルギーをくらえ!ファイヤ!」
「うわーーーー!!!馬鹿ーーーー!!!……あ?」
雷火も何も起きずにバフが発生。
ちょっと体を動かすと筋力と攻撃速度が上昇している。ある意味攻撃特化って感じかな?
「すげー確かにこれなら【闘技場】のガイヤも切り札にしたくなるって言う攻撃力だぜ」
「だぜ!じゃ無いんだよ。脅かしやがって!でもそれだと火も風も雷の近似って事か?意味分んなくね?」
「う~ん、もしかしたら近似バフ転化説自体が間違いだったのかもしれないな」
「まあ、その液作るのやたら金も素材も食うみたいだし、そうそう実験なんて出来ないもんな。いずれにせよ【訓練場】が滅茶苦茶にならなくて良かったぜ」
ふむ……今バフに転化しているのは氷水、土石、雷火、風雷共通点が全然分らんぞ。
なんとかしてもっと大量に素材を集める方法を考えるしかないか?2種類混合実験に絞っても試さなきゃならない組み合わせはかなりの数になる。
バフは助かるが、本当はもっと攻撃的なものが希望だ。風火並みの攻撃力、攻撃範囲のある物をもっと作れないだろうか?」
よく考えたら、風火で現象が起きるんだから、土水、土氷とかどうなるんだ?土は地面に影響を与えるから……足元が泥水になったり、氷土になったりするのか?面白いっちゃ面白い。
でもそれは自分が宙を浮ける場合のみ。じゃなきゃ自分が地面の影響をもろに受ける事になるし、空飛ぶ方法考えるしか?
「空か……」
「どうした急に独り言言い出して、また煮詰まってるなら相談乗るぞ」
「ああ、別にそういうんじゃないが、空飛ぶ方法ってあるのかなってさ」
「なるほどね……ゲームだし、ない事はないんだろうが誰もが憧れる訳だし何だかんだ色々考えてる奴はいるだろうな。それで未だに噂を聞かないって事は相当難しいか、実装して無いかだな」
「そうだよな。土精だと地面に影響があるから、せめて浮ければ地面を通した使い道があるんだが、やっぱり難しいか」
「空を飛ぶって言えば、黒い怪鳥は空を飛ぶっていう噂が有るぞ」
「怪鳥って言うくらいだからな。でも自由自在に飛ぶ訳じゃないんだろ?」
「まぁな~よくは分らん。ただ【王都】の空を飛んでるのを見たことがある奴がいるらしいぞ」
「夜に黒い服で出てくる奴が空飛んでるのを見つけるなんて、随分とまた変な奴がいたもんだな」
「なんか、夜中でも目が見える様なスキルを鍛える為に偶々使ってたんだと。そしたらスーッと飛んでったってさ。羽ばたいてた訳じゃないなら、風にでも乗ってたのかね」
「なるほどな。俺が思ってたのとちょっと違うけど、そういう事する奴がいるんだな。危険そうだが」
「ああでも隊長なんかは木の上を当たり前に飛び回るし、身体能力鍛えまくれば結構おかしな動きも出来るんじゃないのか?」
「何か魔将戦の時も変な動きでもしてたのか?」
「いや、それこそ魔将は虫モデルの所為か普通に飛んでホバーリングしてたけど、隊長は高速で飛ぶ魔将を避けて剣で斬りつけてたな。おかしな動きではなかったが、おかしなスピードではあった」
「ホバーリングか!それだ!誰かホバーリング装備とか手に入れなかったのか?」
「そんな話は聞かないな。それよりも黒い怪鳥だが、噂は聞いてるか?」
「なんだよ。まだ噂があるのか?」
「そりゃ、あっちでもこっちでも黒い怪鳥は噂になってるぜ。PKを雇って【王都】を騒がせたプレイヤーに落とし前つけさせに行ったとか、偶に夜中に魔物狩りしてる姿を見かけるとか」
「何だ普通の噂じゃないか。何か変な事でもしてるのかと思ったぜ」
「なんでも最近行動範囲が広がって、方々でNPCを狩ってるらしい。ただプレイヤーがNPCを狩れるってのは、正式にクエストを受けている時だけだ。つまりそういう裏社会系の依頼を受けてるんじゃないかって言うのが最新の噂だな」
「裏社会系ね~。まあPKだって普段は何がしかそういうクエストとか受けてるんだろうし、そういう裏社会系があるって言う噂は前々からあったし、あまり驚かないな」
「まあな。PKの使う<復讐>スキルとかは、えぐいよな。蓄積したダメージ分防御無視でダメージを与えたりとかな」
ふむ、黒い怪鳥の噂は今の所そんなものか、でもあまり広がるのは望む所じゃないな。
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【王都】秘密基地-夜-
いつも通りの【訓練】今夜は特に新たに作った風雷、雷火も試しておきたい。
やはり雷のバフは攻撃速度と反射神経の様だ。つまり火で攻撃力を底上げ、雷で手数を増やして、超攻撃力!
と、行きたい所だが鞭剣は精神力で操っているので、あまり意味無さそうだ。
不意に距離を詰められた時なんかは、回避能力に上乗せ出来そうだが、鞭剣にせよ<蹴り>にせよ距離を取って戦う事を前提としてるので、連撃をあまり想定していない。
つまり、手数を増やしても使う術がないってのが悩みどころだ。
ただ火の筋力上昇は非常にありがたい。何しろ土石を一緒に発動しても動きが遅くならなくなった。
つまり物理で戦うなら、雷火&土石でコンボになる。使い道がないだけで……。
「ほぉ……中々のスピードだな。そろそろ双剣に挑戦してみるか?」
「そうは言っても、そんな簡単なものじゃないだろ?」
「そりゃ【訓練】次第だな。いざって時、鞭剣を縮小状態にして二刀流で扱えれば、かなり手数は増えるし、本来は相当な膂力が必要なんだが、その点もその補助でクリアしてる」
「離れてる時は精神力で操って、近づいたら雷火発動で一気に畳み掛けるか……ロマンは感じるな」
「他のスキルはどれも何だかんだ熟練度がかなり溜まっただろう。そろそろ新しい事に挑戦する頃合じゃないか?」
「まあね。やれ<復讐>だの<不屈>だのとくっ付けておかしな事になってるがな」
「ふん、それでもかなり絞ったんだぞ?装備関連は<鞭剣><皮革服><仕込服><隠蔽>をセットで、かなり隠密性の高い状態を保ってるし、攻撃は<剣操作><鞭剣術><蹴り><掃蹴術>と剣と蹴りだけで完全に纏めてる。<索眼><察知><潜伏><観眼>と夜間行動に備えて、<復讐><犠牲><逆境><回復>でいざって時にもギリギリ踏みとどまれる。あとは生産系ばっかり積んでるだろ?はっきり言って本当は移動系や身体能力補完系も積むのが普通だからな」
「分ってはいるけど、そこは生産職なんだから作った道具で何とかするって、それで本当に双剣なんて使えるのか?」
「まあ、<鞭剣>の上位を取得してアビリティの入れ替えを目指す感じだな」
「なるほど、それで今度はこの剣の事なんて呼べばいい?」
「<節尾剣>って事になるな。<鞭剣>の上位だし使い方は基本的に今迄通りだが、上位術に出来ればトリッキーな術が増えるし手札が増えるのは悪くないだろ?」
「分った。その新スキル取得しよう。それで?また仕事なんだろ?最近随分増えたが、理由はまだ聞かない方がいいのか?」
「ああ、まだ確定事項ではないし、下手に触れ回っていいもんでもない。要警戒状態ってところだ」
「分った。いつぞやの悪戯してる連中を痛めつけるのとは大分雰囲気の違う仕事が増えたからな。ちょっと気になっただけさ」
「ああ、おかげでお前の噂が順調に広まって動きづらくなってきたんだが、同時にお前に頼らざるを得ないって言う背反する状況に胃が痛いぜ」
「ふん、それは知らんよ。それでいつも通り『邪神の化身』とやらの情報を聞き出せばいいのか?」
夜しかない【訓練】時間を割く事に多少の抵抗はあるが、自分が順調に戦えるようになっているのは、この男のお陰だし、自分の目的にも付き合ってくれてるのだ。
まぁ、精々新たな噂が増えないように、うまい事やりますか。
次週予告
どれだけ武装を更新し道具を集め鍛錬を重ねてもまだ足りぬ力
頼るのは自分と同じ匂いのする発明家
常人を越えた発想と地に足のついた実用に金銭の惜しむ事を忘れ『破産』する




