8話 憤怒の代償
次は距離的の関係で八等級のダンジョンに行くことにした。
「『イリテイト』。どうかな?」
「あともう少し頼む」
怒りレベル一は力が湧いてくるとか分かりやすい指標がないせいで、ぴったり調子を合わせるのが難しい。
「よし、このぐらいだな」
鉄パイプを握る手が力強くなった気がする。
あまり、実感はないがこれが安全に制御できるレベル一の状態だ。
「次からはこの量を一回で出せるようにしておくね」
「助かる」
さて、ダンジョンに入って進んでいると、俺の腰ぐらいの背のゴブリンが現れた。
こいつは背丈が人間の子どもと同等で耐久力とパワーも幼い人間と変わりはない。
八等級からはスライムじゃなくてこの緑肌のゴブリンが出てくる。
ちなみに下徳高校冒険科の入試の一つに八等級ダンジョンで魔物を数体狩ることがある。
これは人型の魔物を相手にできるかを問われているらしく、ここを受験するような奴らは余裕で突破する所だ。
俺はある程度の力でゴブリンの頭に鉄パイプを振るった。
「ひっ」
結果としてはゴブリンの頭の半分が消し飛んだ。
入試の時は頭がへこむぐらいだったが、怒りレベルが一の状態のときは消し飛ばすのか。
魔物からは血は出ない。そのせいで顔の断面が鮮明に見えて城井は小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫か?」
「う、うん。平気だよ」
ゴブリンの頭を消しながら進み、ダンジョンマスターのいる部屋まで辿り着いた。
八等級のダンジョンマスターは俺と背丈は同じか少し大きいぐらいのボブゴブリンだった。
こいつの身体能力は成人男性とそこまで変わりはない。
身体能力はそこそこあるが、武器は持っていないし知能も低いから武器さえ持っていれば狩るのはそう難しくはない。
「手は出すなよ」
俺はボブゴブリンの前で立ち止まった。
すぐに殴ったり蹴ったりしてきたが、俺は棒立ちのままで攻撃は避けなかった。(金的は除く)
やはりというか、全くダメージがない。
逆に殴っているゴブリンの方が手足を損傷している。
レベル一の状態では筋力の上昇によって攻撃力、防御力ともに上がっている。
「もういい」
ゴブリンの首を掴み持ち上げた後、頭から地面に叩きつけた。
全身がくちゃぐちゃになったダンジョンマスターが消滅し、代わりに小指の第二関節ほどの小さな魔石を落とした。
「次だ」
―――――――
次はまた十等級のダンジョンだった。スライムたちは倒すまでもなく進んでいき、ダンジョンマスターのスライムの元まで一気に進んだ。
今度も、一撃で仕留められるように狙いを定めて鉄パイプをフルスイングした。
「あ?」
結果として、スライムの体の半分以上を吹っ飛ばした。
その余波で核に衝撃が当たりスライムが倒れたが、鉄パイプは核には当たっていなかった。
いくらフルスイングでも外すことがあるのか?
まさか、力を得る代わりに動きの精密性を失っているのか。
……まあいい。この後も十等級のダンジョンは行く。その時になれば確証は得られるはずだ。
この後、四時間ほどダンジョンを回り続けた。
「今日はこの辺で終わりだな」
「お疲れさま」
ダンジョンを回っているうちに力の代償を確信した。
それは集中力の低下だ。
十等級の大きなスライムを狩る時に、後になればなるほど鉄パイプが核から遠ざかって行った。
今回みたいに攻略が容易なダンジョンならば、デメリットは感じにくいが上位のダンジョンになっていくほどこのデメリットは重たいものなる。
ただ、四時間ぶっ続けでやっても体力はそこまで減っていない。
ダンジョン攻略をするならこの状態をキープした方が楽に行けるかもしれない。
ただ、集中力が低下した状態で一番危険なのは対人戦だろう。動きの精密さが命取りになることも十分考えられる。
時と場合によるが、怒りを開放しない方が戦闘しやすい場合もあるかもしれない。
「お寺周辺で攻略できるダンジョンはほとんど攻略したね」
「ああ、そろそろ他の奴らが来るかもしれないから帰るか」
「最後に私も魔法を試してみていいかな。ゆーちゃんになったら魔力の質が変わって、真逆の魔法が使えるようになる気がするの」
確かに、あのハゲを壊そうとした時にゆーちゃんが出てきてから急に理性を取り戻せた。
城井は髪の色を銀色に変えて、髪を解いた。
「じゃあ、行っくよ! 『憤怒鎮静』」
「おっ」
体が重たくなった。
「どうどう?」
「これはすごいな」
俺の理性を外すだけじゃなくて、戻すことも出来るとは……
城井がいれば、三つある弱点の内、二つがクリアできる。
「よかった!」
ゆーちゃんが抱き着いて来た。
完全にゆーちゃんというキャラクターを演じきっているな。
胸が当たっていて、ちょっと反応に困るから止めて欲しい。
「ところで、和希くん」
「なんだ?」
「いたずらしにいかない?」
確か、ゆーちゃんの設定は『いたずら好きの天使』というものだったな。
「内容にもよる」
「この十等級の魔石を他のダンジョンに置いておくの。そしたらそしたら、次に来た人たちがびっくりするでしょ?」
十等級の魔石は八個手に入れた。別に一個ぐらいなら捨てても問題はない。
それに誰かに損害を与えるいたずらじゃないし、俺もやってみたいことがある。
「分かった。そのいたずら、やってみようか」
「ありがと! 和希くん。大好き!」
本当に役への入り込みが凄いな。
「あっ。その前に今日の戦果をSNSに上げてもいい?」
「ああ」
ゆーちゃんは魔石と自分をツーショットにして自撮りをした。
「これから七等級のダンジョンに行く。そこで、昨日と同じ怒りレベルまで上げてくれ」
七等級のダンジョンは壁とも呼ばれており、一年生で攻略出来ているパーティーは少ない。
二層からなっており、ダンジョンの長さも魔物の強さも数段上がっている。怒りレベル三で攻略できる長さなのかは知っておいた方がいいだろう。
ゆーちゃんは俺の発言を聞いて、髪を黒に戻し髪を結って城井に戻った。
「七等級って行っても大丈夫なのかな?」
「魔石を置いてくるだけだし、バレないだろうから問題はない」
俺たちが攻略していいのは八等級までだが、七等級のダンジョンに入れないなんてことはない。
もし、魔石を持ち帰ったりしてしまったらバレてしまって怒られるだろうが、逆に魔石さえ持って帰らなければバレることはない。
「他の奴らが来る前にいこうぜ」
七等級のダンジョンはすぐ近くにある。誰かに見られる前にさっさといたずらをして帰ろう。