7話 肩慣らしダンジョン
ハゲから離れた後、城井は髪の色を黒に戻して髪を結った。
髪の色を変えてゆーちゃんという別存在を演じている時と今では雰囲気からして違うな。
「とりあえず今日は早退したほうがいいだろう。俺も早退する」
城井はイジメられているし、今日は俺が加害者に油を注いでしまった。
知り合いにイジメの証拠を入手させるための調査依頼を出したが、それも明日以降の情報収集になってしまう。
「そんな。私一人で十分だよ。久木くんには迷惑掛けられないよ」
ただ早退するだけなら城井だけにさせていたが、今日は家に帰る訳じゃない。
「今からダンジョンに行く」
「今から?」
「ああ。少し試したいことがある」
ダンジョンに行くといっても、十等級から八等級の誰でも攻略できるダンジョンしか行かないから準備とは特に要らない。
「分かった。じゃあ、一緒に早退しよ」
冒険科と魔法科はダンジョンに行く場合にも早退したり休んだりすることが容認されている。
勿論、サボり過ぎたら勉強についていけなくて留年になってしまうが、そこの辺りは自己責任だ。
担任から許可を貰い早退しようと職員室に行った。
俺のクラスの担任は元冒険者で顔の半分を仮面で隠している少しだらしなく見える男だ。
入学式の日に仮面を外して片面だけボロボロになった顔を見せられた時のことは半年近く経った今でも覚えている。
あまりにだらけすぎていて、舐められているのか嘉納という名前からとってクラスの大半からカノちゃん先生なんて呼ばれている。
「聞いたぞー。上級生のパーティー。追放されたんだってな」
「まあ、そうっすね」
「んで、さっきパーティー申請書を見たが、仲間の名前を見てびっくりしたぞ。ダンジョン向きの魔法を使えないのにダンジョンに行こうとする魔法科の問題児って教員の間で有名な奴じゃないか。結成早々、問題児を引き込む所とか所を見ると、一年の時の中津を思い出すな」
確か、佐月先輩も一年のこの時期にパーティーを作っていたらしい。
「今からダンジョンに行くんだろ? あそこにある鉄パイプ、持っていけ」
「いいんですか?」
「俺の所有物だから、ボロボロになってもちゃんと返せよ。お前が有名になったら、高額で転売したいんだ」
教師としてどうなのかとは思うが、ここで武器を貸して貰えるとかなり楽だ。
学校全体としても魔石と交換で武器の貸し出しをやってはいるが、あれは手続きが面倒だし、申請から数日かかってようやく貸して貰えるような所だ。
鉄パイプぐらいは近所のホームセンターでも売っているが、買いにいくのは面倒だった。
「あと、魔法使いの子にはこれを持たせろ」
「これは鉄の盾?」
「笹見が使っていた奴だ」
「えっ!」
俺はびっくりし過ぎて受け取った盾から手を放してしまった。
「おいおい。落とすなよー。売る場所に売れば数千万はする代物だから大事にしろよ。はは、数万円ぽっちの盾が有名人が使っていたというだけで超高価になるなんてほんと笑えるよな」
光莉さんが最初期に使っていた装備なんてマニアの人からすれば、いくら出しても欲しい代物だ。
おそらく、今後、『白の珈琲』が特級ダンジョンを攻略すれば歴史的偉業を成し遂げたパーティーとして、あの人たちが使っていた道具は博物館に展示される可能性すらある。
「俺はな。お前たちは『白の珈琲』みたいに化けると思っている。だから、投資は惜しまない。せいぜい先生を稼がせてくれよ。ははは」
この人は冗談をよく言っている。
転売するだのなんだの言っているが悪意は感じない。
「あっ。話は変わるけどさ、お前らは中津たちのラストラン同行枠を目指している?」
「はい」
「そうかー。今の所、下徳と岩先には化け物は出ていないが、帝東には一人化け物が出た。一年生なのに三等級ダンジョンをソロで攻略して《隻腕の氷結姫》なんて二つ名まであるらしいぞ」
ライバルの情報はいくらあっても損ではない。
帝東《隻腕の氷結姫》か。一応、覚えておくか。
「ありがとうございます」
職員室を出る間際に――
「夜崎に何かやられたら俺に伝えろ。その時はあいつに教育的指導をしてやる」
夜崎とはあのハゲの事だろう。
この先生。普段はだらしないが、ちゃんと生徒の事見ているんだな。
装備を持って職員室の前で待っていると城井が出て来た。
「早退できたか?」
「うん。冒険科の嘉納先生が口添えしてくれていてあっさり認められたよ」
あの先生。どんだけ先を見て行動しているのか。
俺たちの行動が読まれていたことは恐怖すら感じてしまったが、俺が思っていたよりかなり優秀な人間なのかもしれない。
「じゃあ、光莉さんが使っていた盾を借りたから城井。お前が持っていろ」
「えっ! 光莉先輩の盾!? どうしてこんな物持っているの?」
驚くのも無理はない。俺も最初聞いた時、驚いてしまったからな。
「カノちゃん先生の私物を先輩たちも使っていたみたいで、それがこれらしい」
「すごい。でも、私が持っていていいのかな?」
「今日の所はその盾はお守り程度でしかない。俺ひとりでも攻略はできる」
今日は十等級から八等級までのダンジョンしか行かない。というか行けない。
俺たちのパーティーは十等級から始まる。
本来、等級よりも上のダンジョンには行くことが出来ないが、冒険者の壁と言われている七等級ダンジョンまでは一般人でも武器があれば攻略できるという点から等級関係なしに入ることができる。
八等級は暴走形態にならなくともソロで攻略できる程度のダンジョンだ。
「等級を上げるのもあるが、城井の能力と俺の能力を確かめることが主な目的だ。魔法の威力は調整できるよな」
「うん。ちょっとずつやってみるね」
スマホで近くのダンジョンを検索する。
「観光名所の寺周辺に結構いい感じに密集しているな」
下徳高校の周辺はクソ田舎もいい所で、観光名所といっても平日には全然人はいない。
ダンジョンが頻繁に発生する地域である事以外は特にぱっとしない所だ。
まあ、変な奴が出にくい分、都会よりは冒険者として活動はしやすい。
――――――
まずは十等級のダンジョンに行くことにした。
地面から不自然に地下室への入り口みたいな階段が作られている。
これがダンジョンの入り口だ。
「まだ魔法は使わなくていい。素の力だけで攻略する」
十等級の魔物は足元ぐらいの小さなザコスライムしかいない。
こいつらは口に入れなければ特に害はなく、子供の握力で粉砕できる脆いコアを破壊すれば消滅する。
いざ、飲み込んだとしても腹痛になる程度で人を殺すほどの毒性はない。
鉄パイプの使用感を確かめる為にスライムたちを叩き潰しながら奥まで進んだ。
ダンジョンマスターは膝上ぐらいまであるスライムで、これも自分から頭を突っ込まない限りは死ぬことはない相手だ。
ただ、核が動いていて一発で当てるのには苦労をする。
だが、ちょっと集中すれば……
「よし」
フルスイングで核を砕いた。
ダンジョンマスターを倒すと地面から小指の第一関節ぐらいの赤い石が出て来た。
「この魔石を回収したら、終わりだ」
「お疲れさま」
「この調子で次に行くぞ」
次は距離的に八等級のダンジョンだな。
「次は怒りのレベルを一つ開放する」
「怒りのレベル?」
今日と昨日で気付いたが、俺の怒りには今の所、三段階ある。
今日、ハゲに襲われた最初の時の怒りは制御可能で、筋肉の硬度が上昇する程度の効果がある。
これをレベル一する。
それで、あのハゲをボコった状態をレベル二。ほとんど制御できないが、他人を殺すほどの暴走はしない。その代わりに更なる筋力上昇が見込める。
そして、レベル三は佐月先輩たちの前で見せたあれだ。あそこまでなると、脳にまで影響が及んですべてがゆっくりに見える。身体能力も更に上昇して先輩からは一等級のダンジョンマスター以上だと言われた。
ただ、レベル三は危険すぎる。人を殺すことに遠慮がなくなってしまう。
「怒りの強さによって制御の難しさと得られる能力が違う。それを怒りレベルって言ったが」
「う、うん。いいと思うよ。ただ、あとでいい名前を考えようね……」
怒りレベルというのは城井には不評だった。