6話 彼女のために憤怒し、彼女に鎮静される
さっきまで元いたパーティーのリーダーに教育と題した暴力で襲われていた。
あの後、俺を数回蹴ってから満足したのか帰っていった。
勿論、イジメる為だけの蹴りなんて俺の体にダメージはなかったが、屈辱的ではあった。
あそこで反抗していても良かったが、あんなクソ野郎殴る価値もない。
「はあ、服が汚れてしまったな」
服の汚れを払ってから食堂に戻った。
想像以上に城井を待たせてしまった。
急いで戻ると、城井に二人の女子が詰め寄っていた。
そして、城井は頭を抱えて下を向いて震えていた。
一人はさっき俺にうざ絡みをして来た奴だ。
「は?」
俺の体が勝手に動いていた。
あと少し、理性が戻るのが遅かったらあの二人の女を殺してしまっていた。
どうやら一時的に理性を失ってしまっていたみたいだ。
今、あいつらを殴った所で何もいいことはない。それよりも城井の救出を先にした方がいいな。
「行くぞ」
城井の手を引っ張り強制的に立たせた。
弁当箱も回収して、外に出て行った。
「今日はもう早退するぞ」
今日一日は耐えて貰おうと思ったが、そんな無理はさせたくない。
それにこれは俺の責任でもある。
城井のイジメが過激になるのは俺が余計な口出しをしてしまったからだ。
「もういいよ。私なんて……」
城井が足を止めた。
「私なんて、久木くんの足手まといになるだけなの。こんな奴、要らないよね」
かなり弱気になっているな。
「あの二人に何を言われたかは知らないが、俺にはお前が必要なんだ」
俺ひとりじゃあ、力の制御が出来ない。
いつかは補助なしでも制御できるようになればいいが、最低でもそれまでは城井の魔法が必要になる。
それに、城井には栄養バランスを考えた食事を作れるという希少価値もある。ここまでできる高校生はあまりいない。
「私よりもいい人はいっぱいいるよ。精神に干渉する異能も多いし、代わりになる人もいるよ」
「知るか。お前は光莉さんみたいになりたいんだろ? ゆーちゃんとしていろんな人の心を照らせる奴になるんだろ? その為に俺を利用しろ。俺も佐月先輩みたいになる為にお前を利用する」
「……私。頑張っ――」
「よお。女を侍らせて元気そうじゃねえか。教育が足りなかったか?」
クソ。折角、いい感じに説得できそうだったのに邪魔してくんなよ。ハゲが。
「ちょっと待っていてくれ」
「うん」
あの先輩……いや、ハゲダルマはさっさと退場させるしかない。
「おい。ハゲ。いい加減にしろよ」
「先輩に対してそんな口を聞いていいと思っていいのか?」
年功序列なんて、正直どうだっていい。今はイライラして仕方がない。
「教育が必要みたいだなッ」
斧による打撃。あっちはダンジョン装備で俺は素手。この程度はハンデとは言わない。
「卑怯だぞっ! 放せ!」
斧を掴み取ってやると、ハゲは斧を回収しようと柄を両手で引っ張った。
あの時のミノタウロスよりも滑稽な姿だ。
「死ぬ気で引っ張ってみろよ。無駄に肥大化した筋肉が泣いているぜ」
「調子に乗りやがって。武器がなくとも拳を使って――」
「バカか? お前にこの距離から打撃を撃つ技術はないだろ?」
斧を手放して打撃をする前に距離を詰めておいた。
普段から魔物しか相手にしていないような奴は目の前に相手がいるこの距離に慣れていない。できることは距離を取るか体当たりぐらいだ。
光莉さんの技を借りるか。
「来るか引くか。選べ」
俺はハゲの腹部に拳を置いた。
「何のマネだ?」
「早く選べ。三、二、一」
あいつが選んだのは体格差を使った体当たりだった。
引いていればまだマシだったのにな。
まあ、こいつの心配なんてする必要もない。
ゼロレンジから最小限の動きで相手に打撃を叩き込む。
足から腕に力を一瞬で移動させる。
武術で言うところの寸勁。あれが光莉さんが俺を吹き飛ばしていた時に使っていた技術だ。
光莉さんの技だが、技名がない。せっかく名づけるとすれば……
「拒絶の大盾」
ハゲの動きが途中で止まった。
そして、腹を抱えて倒れた。
チッ。光莉さんが使っていた時みたいに吹っ飛ばなかったか。
「ゴホッゴホッ。おっ。お前。こ。こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」
「ふーん。まだ余裕があるみたいだな」
さっきは光莉さんの技を再現する為に意識を割いていて威力自体はそこまで高くはなかった。
まだまだ虚勢を張るだけの余裕はあるみたいだな。
足でハゲの腹部を軽く蹴り、仰向けに寝転がらせた。
「な、なにを――」
「先輩。俺、昨日、ミノタウロスを五発殴って殺したんですよ」
腕を膝で押さえて抵抗しにくくした。
「三等級のダンジョンマスターは五発耐えた打撃を先輩なら何発耐えられますかね」
「や、やめろ。ここはダンジョンじゃねぇぞ」
「おや、さっきまで後輩の腕を折ろうと斧を振っていた男とは思えない発言ですね」
何か違う気がするが、これでいい。
俺はイライラしていて、こいつは俺に壊される口実を自分で作ってくれた。
「そこまでやっていない……」
「じゃあ、まずは腕からいっておきますか? せーんぱい」
「や、やめてくれ」
骨折は数週間じゃ治らない。特に利き腕を折られればしばらくダンジョンに潜ることなんてできない。
「じゃあ、頭からですね。お前なんか前座にもならないもんな」
ゆっくり。ゆっくりと腕を振り上げる。
上がる拳に比例してハゲの顔が歪み、涙を垂れ流し始める。
殺さないように手加減ができるかは分からないが、殺してしまったらその時はその時考えよう。
「ダメだよ」
「は? なんの真似だ」
城井が俺の腕に抱き着くようにして拳を止めようとしていた。
「こ、殺しはダメだよ」
「うっせえな。お前も殴るぞ」
今はイライラして仕方がないんだ。
昨日みたいにすぐに殺すという感じはないが、最低でも壊してやりたい感情が俺を支配しようとしている。
「それで久木くんが満足できるなら私はいくらでも殴っても蹴ってもいいよ。そのぐらいだったら私も役に立てるかもしれないから……」
なんか気色悪いな。
腕を振り払って城井に離れさせた。
やっぱりこのハゲを壊した方が楽しそうだな。
「待たせたな。これから殴るからな」
もう、暴れる気力も残っていないのか体に力が入っていない。
チッ。つまらないな。もっと抵抗してみろよ。
「待って!」
「髪色を変えてどうした。今度はなんだ?」
城井は異能によって髪の色を白にして髪を解いていた。
声色もさっきより明るくなっている。
「こんな楽なやり方だともったいないよっ!」
「もったいない?」
「いたずらの楽しい所はこれからなんだよ」
城井。いや、ゆーちゃんがハゲに近寄った。
「エナジードリンクって知っているかな? 最近いろんな人が飲んでいる飲料で、疲労感とかを和らげる効果のある飲料なんだよね。とっても便利な飲み物だけど、一日数本でも一気に飲むと体、特に肝臓にダメージがいくんだ」
確かに最近、学校でもエナジードリンクの取りすぎを注意するポスターがあった気がする。
「今後、無意味に和希くんに関わったら、その度にエナジードリンク十本を一気に飲んで貰おうよ。老後、肝臓がボロボロだとさぞかし生きずらいだろうねぇ」
ゆーちゃん。えぐいことを平然と言うな。
確かにそう考えると今殺してしまうのは面白くないな。
それにゆーちゃんと会話している間にイライラもどっかに消えて行って理性を取り戻せた。
「分かった。そうしよう。今後、俺たちに関わったらあんたにエナジードリンクを飲んでもらう。勿論、お前の仲間が何かしてきたらリーダーであるお前に責任があるからな」
「は、はひ」
開放してやるとハゲは腰を抜かして立ち上がることすら出来ていなかった。
これでしばらくは俺たちに関わって来ることはないだろう。