5話 愚かな者たち
昼休みになった。
食堂で城井と待ち合わせをしていたが、城井は先に座っていた。
「待たせたな」
「全然大丈夫。これ、久木くんのために作ったから良かったら……」
城井は大きめの二段弁当を差し出して来た。
「久木くんっての体重って大体、七十キログラムぐらいだよね。骨格的にはもう少しあってもいいと思うの。だから、栄養バランスも考えていっぱい作ってみたの」
中を開けると中にはいろんな料理が詰まっていた。
男子高校生とはいえ、流石にこの量を一食に食べるのはきついかもしれない。
だが、残すわけにはいかない。俺の事を考えて作ってくれたものだし、なによりほとんどが手作りなのだ。
見た目で手作りかどうか分かる。
これだけの種類と量を作るには数時間は掛かる。この弁当を作る為に城井は朝、相当早く起きて作っているということだ。
「ありがとう」
少し薄い感じの味付けだったが、塩分を少なくしようとした結果こうなったのだろう。
かなりいい感じだ。
「美味いな」
「良かった。健康が大事だから塩は少なめになるように調味料は少なめにしちゃって。気に入ってくれて良かった」
もくもくと食べていると、後ろから声が聞こえて来た。
「あの根暗女。また食堂に来ているわよ」
「魔法使いのくせに攻撃魔法の一つも使えないくせにねー」
「「ハハハは!」」
その声が聞こえた後、城井が下を向いてしまった。
「気にすんな。今はお前の凄さが分からない可哀そうな奴らだ」
城井には一般的な魔法使いの役割は期待できないが、俺なら有効活用できる。
それにダンジョン攻略でも城井のように弁当を作れる人間は重宝する。
長時間に及ぶ戦いにおいて食事は重要な要素だ。
多分、城井の事を知っているし、後ろの奴らは魔法科の奴らだろうが、こんな場所で本人に聞こえる形で悪口を言う奴がいるんだな。
「あれ? 久木くんじゃん!」
さっきの女の一人が俺に話しかけて来た。
染めた髪に服装のスカートの丈の短さからしてもかなり不真面目そうな奴だな。
俺はこいつを知らない。
「私さ。『鋼鉄の爪』に入ることになっているからさ。よろしくー」
こいつが、俺を押しのけてパーティーに入る奴か。
「そうか」
「きゃー。久木くんってクール系だよね。あれ? それ手作り弁当? 料理できるんだ。マジ、ギャップ萌えじゃん」
急に馴れ馴れしい奴だな。
「ねえ。もう少し話さない? これからの話もあるしたいしさ。……ねえ、そこ邪魔だからどいてくれない?」
城井にどけと言い始めた。こいつは俺が『鋼鉄の爪』に所属していると考えて話しかけているなら俺は追放された身だから何も話すことはない。
「俺はパーティーを追放された。悪いがお喋りは他所でやってくれ」
「えーそんなー。じゃあさ、もう別のパーティーに入ったりしたの? あっ。もしかして、もう独立とかしちゃったり!?」
こっちが食事中だということが分からないのだろうか?
「今の時期は魔法使いの募集ばっかりだろうし、パーティー作ったんだよね。ねえ、私を入れてよ。広範囲の炎魔法使えるから役に立つよ」
俺がパーティーを追放されたことも知らなかったくせに、変に頭の回る面倒な奴だな。
「俺はそこにいる城井と組むことにしている。今の所、他のメンバーを募集するつもりはない」
城井が初対面の相手に会話すらできないほどの人見知りである以上はメンバーは誰でもいいとは言えない。
少なくともこの女は明らかに城井を見下しているし、城井も怖がっている。
いくら優秀でもこんな奴は俺のパーティーには要らない。
「えー。由香里は役に立たないよ。気分を悪くする魔法しか使えなんだよ!?」
「役に立つか立たないかを決めるのは俺だ。お前じゃない」
「ひどい!」
名前も知らない女はさっきまで一緒にいた別の奴を連れて離れて行った。
はあ、かなり迷惑な奴だったな。
「……ありがとう」
「ん?」
「あの……私、あの子にずっといじめられているから。あの、その。すっきりした」
あの女。城井を見下すだけじゃなくて他にもいろいろやっているのか。
なるほど、あの女が来てから城井の表情が恐怖も含んでいたのはイジメをしていた相手に近づかれたからか。
「教師に相談は?」
「一応したけど、証拠がなくて」
「分かった。じゃあ、知り合いに頼んで情報を集めさせる。しばらく辛抱できるか?」
「えっ? えっと。嬉しい。でも、迷惑は掛けたくないからいいよ。私なら大丈夫。まだ耐えられるから」
別に迷惑とかじゃない。俺の知り合いに盗撮、盗聴が三度の飯より大好きな犯罪者がいるからそいつに任せればイジメの瞬間を捉えることなんて難しくもない。
それにイジメをする奴が同じ高校にいることが許せない。
「ごちそうさま。美味しかった。電話をするからちょっと待っていてくれ」
「あの。いじめについては本当にいいよ。迷惑になるでしょ?」
「俺は迷惑だと思っていない」
城井は何やら遠慮がちだが、俺はパーティーメンバーの抱える悩みをどうにかすることに迷惑だなんて思っていない。
食堂から外に出て、電話を掛けた。
「もしもし――」
『キシシシッ。アニキ。話は聞きましたぜ』
「また盗聴してたのか。まあいい。それでやってくれるよな」
『うちはアニキのお願いならなんでも引き受けますよ』
電話の相手は阿武莉子。機械関係に強く、小学生の頃からパソコンの虫をやっていたと本人は言っていたほどだ。
今は下徳高校の機械情報科にいる。
こいつとは中学生のイライラしていた時期になぜか仲良くなって、ずるずると仲が続いている。
「頼んだぞ。リコ助」
『了解っす。では。調査結果は適宜報告します』
電話を切った。
「ひとまずこれで、何か動きがあれば証拠は押さえられる」
あいつは盗撮と盗聴のプロだ。
しっかりとした犯罪だが、跡を一切残さないリコ助にとっては問題はない。証拠がなければ警察だって手は出せない。
だが、リコ助と言えど準備には時間が掛かる。おそらく明日には魔法科の教室に監視カメラが設置されているだろうが、今日は難しい。
城井には悪いが、とりあえずは様子見だな。
「おい。和希」
今日は運がない。
面倒な奴。二人目だ。
『鋼鉄の爪』リーダーのあのダルマが話しかけて来た。
しかも、武器の斧を持っているし、戦闘訓練と称して俺を殴りに来たのだろうか?
「はあ、なんっすか先輩。人待たせているので後にして貰えません?」
「生意気言うようになったじゃねえか。なあ、いつからそんなに偉くなった?」
こいつ、斧を振り上げやがった。
「これは、言うこと聞かない後輩へのしつけとかじゃねえぞ。先輩から後輩への戦闘教育だ」
ダンジョン外でこんな露骨に暴力を振るうなんて思ってもいなかった。
流石に、刃のある方じゃなくて裏の方を使うつもりみたいだが、あんなのを振り回されたら骨が折れるぞ……
「死ねや! オラァ!」
ほぼ全力の振りをしてきた。
避けることも考えたが、対人訓練をあまりやって来なかったせいで足の動きが間に合わなかった。
咄嗟に腕でガードしたが、あまりの威力に吹っ飛ばされ地面を転がされた。
「あれ? 全然痛くない」
衝撃こそ凄かったが、腕の表面のみがほんのり痛くなるだけで威力が骨まで浸透していない。
腐っても四等級の『鋼鉄の爪』のリーダーが武器を使って放った打撃だ。全力じゃなかった可能性も……いやないな。振る時のハゲの表情からして全力で振るっていた。
それなのにこの程度のダメージしかないのか。
俺が成長しているのかそれともイライラが俺に力を与えているのか。その真偽は分からないが、今は好戦的にはなっていない。理性で制御出来ている。
とりあえず、あのハゲに悟られないように痛がる演技でもしてさっさと開放させるか。
「アアアァ! 痛い! 痛い!」
腕を抑えて転げ回った。
「悪りぃな。骨折っちまったみたいでよ。でも、これはお前が望んでやったことだからな。誰かにチクれば分かるよな」
「すいません。誰にも言いませんから!」
「ふん。そうやって底辺を這いずり回ってろ。一生な」
今は我慢だ。こんな奴を殴った所で何もリターンはない。