41話 起点
美祢の実家はまさに西洋のお屋敷みたいな家だった。
「これが家なのか?」
「さすが、白陽のトップって感じだね。郊外でもこの土地は相当すると思うよ」
俺が想像できないような金額なのは一目でわかる。
建物に入ると、年が近そうな男が出迎えてくれた。
「初めまして。いつも姉がお世話になっております。弟の氷藤秋芳と申します。今日はうちの姉の為にお越しいただきありがとうございます。案内しますね」
美祢の弟を名乗った男は、美祢とは違い髪が黒く、少し控えめな感じがする。
歩き出してしばらくしてから再び口を開いた。
「実は僕がこの家の跡取りなんです。変な話ですよね。本当は優秀な姉が継ぐ予定でした。でも、冒険者になると言い出して、そこから全部を投げ出したことで、僕に家の相続が回ってくることになりました」
「美祢さんの噂は私も聞いたことがあるよ。完璧超人で、白陽財閥を飛躍させるって確実視されていたよね。なんで冒険者になりたがったんだろうね」
「《白の珈琲》の榎本さんは知ってますか?」
「うん」
「うちの姉はあの人に憧れたんです。正直な話、自分よりも劣った人間に憧れるなんて変な話だと思うんですよ。こんなになってまで執着する理由が分からないです」
《白の珈琲》は世界的にも人気のあるパーティーだ。勿論、国内での人気も凄まじい。
例年、倍率が十倍を超えないぐらいだった冒険科の入試倍率が先輩たちが台頭をした年には百倍を超えた。
美祢も先輩に憧れた一人だったのか。
「今の姉を見ていると、あの時、自分が死んででも冒険者になる道を止めるべきだったと思います。はは、すいません。お客さんにする話じゃなかったですね。こちらが姉の部屋です」
扉の奥から冷気が漏れ出ている。
「久木さんだけ入ってください」
「城井は精神安定の魔法が使える。役に立つと思うが」
「すいません。この状態の姉の姿は誰にも見せたくないんです」
「……分かった」
俺は部屋に入っていった。
――――――
「和希。来てくれたのか」
寒く広い部屋で美祢がベットの上で布団に熊って縮こまるように座っていた。
「ああ、それでどうした? お前はたった一回の負けで怖気づくような女じゃないだろ?」
「流石だ。私の事はお見通しってことだな。もっと近くに来てくれないか?」
「ああ。分かった」
近寄ると美祢は俺の手を掴んだ。
「やっぱり、これだったんだ。和希。この手はもう離さない」
「どうした?」
「お前はお前ていないかもしれないが、私には和希しかいないんだ」
強く言い放つ美祢だが、その手はか弱く。震えていた。
生命力が感じられない、まるで病人のような儚さを放つ腕だ。
「病気なのか?」
「病気? ああ。そうかもしれない。その上、片腕もない」
弱音。その言葉が、繋がれた手により強固で振りほどけない鎖を巻き付けて来る。
「私は悪い女だ。和希は私のような人間を放っておけないことを知った上でこんなことをしている。悪い気持ち悪かったな」
手の力が緩んだ。
それに対して俺は強く引っ張って、ベットから引き出した。
「俺の知っている氷藤美祢は強い人間だ」
立ち上がった美祢はどこか遠くを見ていた。
「……私は強い人間じゃない。周りの人間よりかは強いかもしれないが、私だって一人の人間なんだ。さっきから変な気持ちなんだ。私が私じゃなくなるような」
「俺だって強い人間じゃない」
ふと、クソみたいな先輩たちのパーティーにいた時を思い出した。
「城井に出会って、先輩に力を見出して貰うまではその辺の奴らと大差なかった。だが、美祢。お前は違う。元々才能があって、一人でなんでも出来る人間だ。そんな人間が『自分は弱い』と言うのは傲慢じゃないのか?」
「傲慢だと! なんで、お前まで私の苦悩を分かってくれないんだ!」
美祢が感情に任せて俺の胸倉を掴んだ。
「それだ。その強引さがお前らしい。俺に認めさせてみろよ。お前の弱さって奴を」
「ああ。意味が分からない。私を怒らせて何をしたいんだ?」
「俺たちは恋人なんかじゃない。ライバルだ。お前が腑抜けると張り合いがないぞ!」
「ライバル……?」
「ああ! そうさ。先輩たちのラストラン。それに同行する権利を争うライバルだ」
俺は美祢の事をライバルだと思っている。
だから、こんな腑抜けた状態の美祢には会いたくなかった。
「そうか。そうだな。私たちはライバルだ。こうしてはいられないな。ダンジョンを攻略して実績を積まないとな」
美祢が立ち直ったみたいだ。
流石に強いメンタルを持っている。
「キョムと戦うと聞いた。私が所有するシェルターを使うといい。そこならお前たちの戦闘にも耐えられるだろう」
「ああ。助かる」
「もたもたしていると抜かすから覚悟しておくことだな」
そうして俺たちは別れた。
「ありがとうございます。姉がより神々しくなりました。こちら謝礼です」
「お金はいらない。じゃ、元気でな」
――――――
帰り道、一人の女が俺たちの前に現れた。
岩先第一の久米だ。
「お久しぶりですね。いや、昨日会っているので、そんなに間はないですね。いやー。なぜか長く感じましたよ」
「何の用だ?」
「いえ。大した用ではないですよ。明日の決闘についてお話でもと」
「お前がキョムだったのか」
「まあ、隠す気はないです。今は新魔教団としてではなく一個人としてお話したいことがあったので、来ました」
警戒を強めたまま、俺たちは誰もいない公園まで移動した。
「それでは本題なんですが、こっちから持ち掛けておいて難ですが、明日の決闘をなかったことにしませんか?」
「は?」
「いや、そう怒らないで下さい。私は新魔教団を壊したいと思っています」
「話が見えてこないな。どういうことだ?」
「私は川谷徳人に追従するために新魔教団に入りました。当時は彼が教団を実質支配していましたから。しかし、彼は新魔教団を使い中津佐月との決闘をし、負けてしまいました。本来なら強力なリーダーの消えた教団なんてすぐに解散するはずだったのですが、一人の女が介入してきました」
唐突な情報に俺の頭は混乱した。
どういうことだ? 徳人先輩が教団を支配していた? そんな事誰も知らないぞ。
「その女の名前は中津由宇。あなたの幼馴染の女の子です」
「ユウが? そんなわけな……」
「呼んだー?」
このおっとりとした声は。
「なんでお前がここにいるんだよ?」
ユウがどこからか現れた。
「彼女こそ諸悪の根源。新魔教団を支配して私と久木さんを対立させようとしていた存在です」
「そんなはずないだろ。ユウがそんなことをするはずが」
「全部、ボクのせいだってー」
「ち、違うんだよな」
「ううんー。全部、ボクがやったよー」
どういうことだ? ユウが新魔教団を支配している?
信じられない。
「私は少しだけ抵抗します。まあ、おそらく無駄でしょうけどね――」
「そうだねー。無駄だねー」
久米の首が腐り落ちた。
「久木くん! 逃げようっ!」
「おい。お前は誰だ!? ユウじゃねえだろ!」
「うーん? それはカズくんが一番分かっているよねー?」
俺には分かる。こいつは俺が幼少期から一緒に過ごしたユウだ。偽物だとかそういうもんじゃない。
「なんで、そんな顔をするのー?」
「だって、お前。だって」
「カズくんに最後の選択肢をあげるねー。その子についていくか、ボクについてくるか。どっちにするのー?」
ここで城井の手を放すという選択肢はなかった。
「お前のことは絶対に更生させてやる。今は勝てなくても絶対に勝ってやるからな!」
「うん。楽しみにしてるねー」
俺たちは逃げ出した。
「さっきの子。この前会った子だよね。私、魔法の都合で人の気持ちが少し分かるんだけど、あの子、すごい怒っていたの」
「どういうことだ? ユウはどんなことがあっても怒らないのが取り柄なのに。どうしてああなってしまったんだ?」
「久木くん。今は私たちにできることを頑張ろう」
「ああ。そうだな」
この日からの記憶が少し曖昧だ。




