39話 黒幕ちゃん
「久しぶりー」
何種類もの異能を使う化け物染みた女が和希の故郷にいた。
私はすぐに警戒態勢を取った。
「なぜ、お前がここに」
「んー? ここ私の地元だよー」
「なっ――」
マズい!
瞬間移動か何か分からなかったが、背後を取られた。
最高火力で牽制し、離れなければ……
「可愛いー」
「ひゃ!」
化け物は私を抱きしめると愛玩動物でも可愛がるように頭を撫でまわした。
「うちに行こー?」
「……分かった」
これは脅しだ。
正体を知る私が逃げられないようにしている。
敵意は匂わない。私を攻撃しようとかは考えていないはず。
ここは下手に暴れて周辺に被害が及ぶよりかは大人しく従った方がリスクは低い。
一応名乗っておくか。あわよくばあちらも名前を晒すかもしれない。
「私は氷藤美祢という」
「中津由宇だよー。よろしくねー美祢ちゃん」
中津由宇だと……
この名前は知っている。和希と幼稚園から中学卒業までずっと同じクラスにいた女だ。
そして、あの中津佐月の妹。
由宇は私を家に連れ込んだ。
家には誰もおらず、生活風景は分からないが、特に変な所はないごく普通の一般家庭のように見える。
こんな環境から化け物が二人も生まれたのかと驚愕してしまう。
「ここがお兄ちゃんの部屋ー。散らかっているねー。あー。これカズくんが使えそうだから持って行こー」
由宇は佐月さんの部屋を私に見せた。特に見所がある部屋ではなかったが、由宇は黒い手袋を取っていった。
あの手袋は私も知っている《混沌の黒》と呼ばれる一等級のダンジョン装備だ。《白の珈琲》の代名詞ともいえる装備の一つで、佐月さんが長い間使っていた装備。
それを冷蔵庫のプリンを取るよりも気楽に取っていった。
隣の部屋は由宇の部屋で、そこは全体的にふわふわしている優しいめな女性の部屋だった。
「いっぱいお話しようねー」
「お前は何者なん――」
「ユウって呼んで欲しいなー」
「由宇。お前は何者なんだ?」
変な所にこだわりを持つ女だ。
「んー。難しいねぇー。普通の女の子だよー」
「その強さはなんだ?」
「生まれつきだよー」
生まれつき。才能か。
これだけの才能を持って正常でいられるはずがない。
私が感じる限り、この女の力はまさしくチートと呼ばれる類のものだ、その才能は私よりもはるかに孤立するような圧倒的な力のはず。狂気がないとは言えないが死ぬことに対して感情が揺さぶられることがなかった私に比べれば十分幸せそうな人生をしている。
「納得がいかない。私は、才能に苦しめられているが、由宇はそんな感じがしない。そんな圧倒的な武力を持っていて周りとの違いに違和感はないのか?」
「べつにー」
「お前がそう言えるのは和希がいた影響だろう?」
「もしかしてー。カズくんのことが気になるのー?」
「……ああ。そうだ」
私も分かっている。この女が幸せに生きていられるのは和希のお陰だ。私も幼い頃にあの男に出会っていれば何か変わっていたかもしれない。
「人間ってねー。ある程度自立できるようにできているけどねー。完全な自立は出来ないんだよねー。鳥さんにしてみると翼がちょっと小さい鳥さんかなー。でも、私たちはー。完全に自立できる鳥なんだー。だから、ひとりぼっちと思いこんじゃうよねー。それでね。カズくんは鳥さんでいうと、片方の翼だけすっごく立派なんだよねー。片方だけが良くても飛べないよねー。だからねー。私はカズくんが飛べるようにしてあげたいんだー」
和希は暴力という一点においては圧倒的だったが、危うい所が多かった。確かに和希は一人では生きていける人間ではないが、一分野においては突出している。
それは知っている。だが、気に食わない。誰かを支えることは私だってやっている。それなのに全く満たされない。
「支える事になんの意味がある。私だって、多くの人を支えて来た。だが、孤独感は変わらなかったぞ」
「そーなんだー」
そう言うと、由宇は背後から私を抱きしめ頭をなで繰り始めた。
「辛かったよねー。
頭がふわふわする。思考を抑制されているかのような。浮遊感にも似たような感覚に襲われた。
これは……
体の力が。何も考えたくなくなってくる。何か異能を使われたのか……
そう思っても、どんな能力かを思考できない。
「なにをする」
「カズくんのすごい所はね、成長する所なんだよねー。私だけだと足りないからー一緒に支えてあげよー。そうしたら幸せになれるからねー」
そこから先の記憶がほとんどない。
ーーーーーー
私は大事な何かを忘れてしまった気がする。
心の支えになっていたはずの何かがあった部分が空洞になっている。
虚しさを感じることはあるが、そこまで苦しくはない。
パズルの空きのようにそこの絶対に当てはまるものがあることは分かり切っているからだ。部屋のどこかに紛失してしまったのなら探せば必ず見つかる。
見つかることが確信出来ているからこそ、不安にならない。
今、私に必要なのは強さだ。
肉体的な強さは元々病弱な上、片腕を失った都合もありそれほど期待はしていない。やはり、魔法を伸ばすしかない。魔法理論に関しては、ほとんど完璧と言ってもいい。なら、魔力を上げて魔法の威力を上げるしかない。
一般的な魔法使いは周りへの影響を考えてダンジョン内で魔法の訓練をするが、私にはそんな手順は必要ない。
三大財閥である白陽財閥を実質的に支配する氷藤家の人間だ。
都内にある核にも耐えられる特殊なシェルターを使って、魔法の訓練をしていた。
一面を凍らせる大規模な魔法を使い、その後に《魔力反転》で炎を出し氷を蒸発させる。
その後、まだ実験段階の薬物を注射する。これは魔力の回復速度を異常なまでに早める効果のある薬物だ。
魔力の上げ方は筋肉と同じで使えば使うほど成長すると言われるのが一般的。私もそう思う。
私が使った薬物は筋肉で例えるならステロイドに近い。
魔力を強制的に上げる薬物。戦争利用するために各国で作られてはいるが、実践投入する国はほとんどない。
「あああああ!!」
副作用の初期症状として、激痛が襲ってくる。体が破裂寸前の風船のように軋む。
本来の器以上に魔力を入れている代償。
激痛に耐えながらも気を失えば、体が破裂する。増加する魔力を限界まで抑え、制御し、器を広げる。痛みに耐えながら繊細な魔力コントロールを要求されている。
耐えられなくなったら魔力を使い辺り一帯を凍らせる。そして、異能で氷を消す。
このやり方は激痛以外にも副作用がある。
それが、肉体の衰弱。魔力を鍛えた分だけ筋力が落ちる。いや、筋力ではなく生命力を失っているという感覚の方が近い。
この薬物は私ともう一人しか扱えない。そのもう一人が川谷の兄さん。
あの人もこの訓練で魔力量を補ったと言っていた。
死と隣り合わせの修行だが、私はダンジョンではやらない。
私は一度しか死ぬ気はない。
一日に何度も訓練を繰り返し、魔力の総量を増やした。
そんなある日、下徳で新魔教団によるテロが発生したと知った。
あそこには川谷の兄さんがいる世界トップクラスのパーティー《白の珈琲》がある学校。先輩たちは今、特級ダンジョンのあるインドネシアにいる。
不在を狙った犯行であることは誰の目から見ても明らかだった。
新魔教団は江戸時代ぐらい昔から存在していた魔石を他人から奪うことを教義とするカルト集団で、ここ二年でかなり悪名を知られた存在ではある。
元々、冒険者たちの間で噂される程度の存在だったが、《白の珈琲》の台頭によって活動が表沙汰になっていった経緯がある。
先輩たちは相当恨まれているだろう。
……下徳か。なにか引っかかる。




