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37話 孤独なお嬢様

 生まれつきあらゆるモノが与えられていた。


 膨大な魔力に実質的に魔力を二倍にする《魔力反転》の異能。

 そして、国の経済を牛耳る財閥の一つである白陽財閥を支配する家。


 大昔から国の政治を裏から操る川谷一族の分家で、由緒ある高貴な血。


 そして、一族の人間の中でも一部のみが発現する相手の中身を見抜く五感のうち嗅覚を持っていた。


 富。地位。才能。すべてを生まれた時から与えられていた。


 百年に一度の天才。そう言われ、両親から向けられる期待は異常なまでに重いことは自覚していたが、それすらも凌駕する才能と能力が私にはあった。


 幼少期は病弱でほとんどの時間を()()()()()()()が、私にはハンデにもならなかった。

 その当時からあらゆる才能。そして支配者の片鱗を見せつけ、()()()に競う相手は存在しなかった。


 同年代のトップに立っていた私が増長しなかったのは私以上の化け物を知っていたから。

 その人物は川谷一族の本家で私より三つ年上の川谷徳人という今は『白の珈琲』で魔法使いをしている人だ。


 あの人は私の完全上位互換だった。


 氷と火の魔法しか使えない私に対して、5歳にしてこの世に現存する魔法をすべて使いこなしたらしく、おまけに身体能力も大人の倍はあったと言われていた。


 そして、相手のすべてを見抜く目。


 目は五感の中でも圧倒的な格上とされる。


 すべてにおいて負けていたが、劣等感すら抱かなかった。単純に家の関係上、本家の人間の方が優秀であった方が角が立たずに済むというのもあるし、同年代や下の世代にさえ負けなければいいと思っていた所もある。


 徳人の兄さんとは家の関係で何度が対面した。


 彼の匂いはミント系の刺激臭がする孤立を感じている匂いだった。


 やはりというか、彼も圧倒的な才能故に孤立しているみたいだ。


 私も同じ状況に置かれていた。

 周りの人間は支配するものであって、馴れ合うものではない……と周りに認知されてしまったせいで、自分と対等に話せる相手がいない。


 相手の下心すら分かってしまう私たちは表面上の付き合いはともかく、友達と呼べる相手はいない。

 友達がいない事に対する辛さは分からないが、それが今後どんな影響を及ぼすかは私とて知らなかった。


 だが、不安はなかった。

 私以上の才能を持った上に一歩先に産まれてくれた兄さんが私が辿る可能性が高い道を先導してくれている。


 あの人に何か問題が発生した時に対処を始めれば何も問題はない。

 そう無計画ともいえる楽観視で交友関係から目を背けた。


 それから12年後。私が中学入試を終えた秋。兄さんが中学三年で進路が決まりかけた所で事故に巻き込まれた。


 道標の一つを失ったが、さして問題ではなかった。


 半年後、兄さんが目を覚ました。

 一応、家の繋がりと個人的な繋がりから見舞いに行った。


 その時、私は兄さんの変貌ぶりに鼻を疑った。


(……才能が欠けている)


 徳人の兄さんは圧倒的な才能を失っていた。世間一般で天才と呼ばれる程度の知能とちょっと運動できる程度の身体能力。

 そして、魔法は便利でも強くともない《光弾》と呼ばれる光を飛ばすものだけとなっていた。


 一般からすればまだ天才の域ではあるが、一族からすれば平均より下。もう、川谷家に兄さんの居場所はないも同然だろう。


 そこからなぜか徳人の兄さんは用意されていた進路設計を捨て、田舎の下徳高校の魔法科に進学していった。


 はっきり言って意味が分からなかった。

 全盛期の力はなかったが徳人の兄さんの頭脳はどこの高校にも通用するレベルはあったはず。


 特に才能や家柄を持たないと入学できない帝東高校への進学も可能だった。


 兄さんが訳の分からない進路をした一年後。『白の珈琲』が頭角を現した。


 丁度、その時期になって徳人の兄さんと会う機会があった。


「やあ、美祢ちゃん。お久しぶり」

「徳人の兄さん。変わりましたね」


 兄さんの匂いは役者というか自分にすらいつわる道化のような、無理やり付けたような匂いだった。こんな匂いをするのは厳しい親などの指導者にそうなるように仕向けられた人間ぐらいなもので、決して幸せな匂いとは言えない。


 それなのに、目の前にいる兄さんは楽しそうな匂いをしていた。


「才能を失ったからですか?」


 前と今で才能が違う。

 兄さんは化け物染みた才能を失ったから幸せになれたのか。私はどうしても気になってしまった。


 「幸せになれたのは」と主語を言えなかったのは才能を否定する答えが返って来るのが怖かったからだ。


 主語を抜いた質問でも、兄さんは理解して答えてくれた。


「聞きたいことは分かるよ。答えを言うけど、才能なんて関係ないよ。僕は相棒と呼べる人間に出会えたお陰で人生を楽しめているだけだね」


 相棒。それが兄さんの答えだった。


「それは……よかったですね」


 この日、私が道標にしていた人間が目の前から完全に消えてしまった。


 ――――――


 半年後、兄さんが個人的に私に会いに来てくれた。


「才能が戻っていますね」


 兄さんの才能は事故に会う前よりも強大になっていた。

 しかし、それ以上に狂信者特有の異常な匂いが強い。


「君には僕の駒になってもらう」


 有無を言わせぬ声色。どうやらこの私をしても逆らえないようだ。

 支配者の素質を持つ私ですら、屈服を余儀なくされる。

 

 これが、国を裏から支配する川谷の血の力か。いや、これは徳人の兄さんの才能だ。化け物と罵倒したくなる。


「分かりました。あなたに使われるのならば本望です」


 家の関係的にも私はどんな要求だろうと逆らえない。

 だが、命令を受けるのは強制されただけではない。

 

 才能を取り戻した兄さんがどんな結末を辿るかを知りたい。何をするかは分からないが、これを手伝えば私は自分が辿る一つの可能性を知ることができる。


 そして、兄さんに命令されて来た先は田舎の山奥にある大きな廃工場だった。


「君は部屋に入って来る人を倒せ。最悪、足止めでもできれば上出来だ」

「分かりました」


 この廃工場には強者が招集されている。壁越しからでも分かるほどの自信とそれを裏付ける実力に満ちた強い人間特有の匂いが漂っている。


 流石、兄さんが集めただけはある。おそらく、対人戦においてはその道のトップレベルが集められている。


 目的も今からここにやって来る相手のことすらも知らないが、兄さんが本気であることだけは十分に伝わった。


 しばらくしてから戦闘音が聞こえ始めた。侵入者がいる。

 強者同士の争いは音でも判別ができる。


 私もそろそろ戦闘準備を……


 と思った矢先に扉が切断された。


「氷ノ―ー」


 相手の姿は見えなかったが、ほとんど反射的に周辺を一帯を一瞬で凍らせる魔法を使おうとした。


 しかし、既に遅かった。


 私は切られていた。


「すまぬ」

「榎本……松枝」


 私を切ったのは兄さんと同じ『白の珈琲』に所属する《断罪の処刑人》榎本松枝だった。


 体が動かない。

 だが、痛みはない。これは――


「切られたと思い込んで」


 実際には切られていないが、切られたと本気で錯覚して倒されてしまった。


 圧倒的な戦力差。私では足止めすら出来ない。


 兄さんも人が悪い。私たちなど捨て駒。いや、無駄に用意された置物と相違ないじゃないか。


「みぃーつけた」


 なんだ!? この匂いは……


「甘ったるい」


 さっきまで匂いの欠片もなかったのに、扉の前にフードで顔を隠した女が立っていた。


 こいつはさっきまでこの建物にすらいなかったはずだ。こんな甘ったるい匂いをしている奴がこの強者が集う場所で目立たないはずがない。物理的に遠くにいなければ私の鼻は確実に感じ取っていた。


 それにこの女。強い。それも、私が今まで出会ってきたすべての中でだ。


 この世の者とは思えない程の力を持ち、そのくせ孤独を感じていない。

 なんなんだこの女。正常な部分が何一つない。まるで、神の寵愛を一身に受けたかのようなツギハギのような人間だ。


「誰だ。邪魔をするなら切る」


 榎本松枝もあの女の異常さを察している。


「恋愛敗北しゃー」


 女のその一言で怒りの匂いと共に殺気と共に放たれた居合。そして、攻撃をしたはずなのに壁に叩きつけられていた榎本松枝の姿。


 私の目では何も分からなかった。


 次元が違う。


「よわーい」


 女は自分を切らんとしていた刃を捨てた。

 そして、ゆっくりと壁に向かう。当然だが私の事なぞ眼中にもないらしい。


 先ほどの攻防は目視すらできなかった。

 だが、残り香から使われた異能は分かる。


 あの女は最初の言葉に異能《小鬼こおに小言こごと》を使っていた。口で相手を煽る能力で戦闘系能力ではないが、相手を感情的にさせる効果がある。


 そして、居合の対処は異能すら使わず素の力のみ。あの音速を超えたであろう刃が届く前に一撃殴った。身体能力だけでも世界を取れるのではないか?


「冷静さを欠くと痛い目を見る。久しぶりに思い出した」


 匂いで分かる。もう、榎本松枝は戦える状態じゃない。


「壊れなくてえらいねー」


 はっきり言って、戦いになっていない。


 このままだと、死人が出る。それは望ましくない。


 女出す甘ったるい匂いを吸い込み。弱点を探す。


 異能はあるが、あまりに複雑で能力の特定ができない。


 感情も複雑で分かりにくいが、殺意はない。むしろ、逆に守るという感情がある。

 それに年齢は……私と同じ……だと。


 同年代に負けたのはこれが初めてか。嫌な気分だ。

 だが、今は感情は捨てろ。


「そいつの目的は足止めでも殺害でもない!」

「あれー? 誰にも言ってないってー」


 抵抗するなと伝える為に言ったが、あの女は私に殺気を向けて来た。


「バレるといやだからー。死んでー」


 死。

 私は初めて死と対面した。


 怖いが、これはあくまで生理的なもの。死ぬはそこまで怖くない。


 防御も間に合わないし、したところで無意味に終わる。


 次に人生があったら、才能よりも心通じる友達が欲しい……


 肉と骨が砕ける音が部屋に反響した。


「何で……」

「ぐはっ!」


 松枝さんが私を庇って攻撃を受けた。


 胴体に受けて、口から血を吐いた。

 致命傷だ。


 私はこの人の邪魔をしようとした人間なのに、それでも助けてくれた。


 自分が瀕死であったにも関わらず、私の前に飛び込んできた。


 分からない。なんで、私を庇って……


「佐月なら……こう動いていた」


 《白の珈琲》のリーダー。中津佐月。

 松枝さんは「あの人ならこう動く」という理由だけで私を助けた。


 はっきり、言って頭がおかしい。


 気になる相手の行動を真似るミラーリングなんて心理があるが、ここまで異常なものは初めて見た。


 この人は常人じゃない。でも、なんだか()()()しまった。


「うーん。ごめんねー。もうおしまーい」


 女が手を上げると薄い膜が張られた。


 そして突如、空から雨のように光の玉が降り注いできた。

 光弾は工場を破壊し尽し、すぐ目の前まで迫った。


 一発一発が銃弾よりも早く貫通力を持っていたが、女が張った膜によってすべて吸収され、消えていく。


 あの光弾は川谷の兄さんによるもの。

 あの女は私たちを守ったのか。


 女が使ったのは異能《大気の法衣(アースケープ)》。偉人が持っていたと言われるほどの希少な異能だ。範囲内の魔法による攻撃を完全に防ぐ異能だが、本来は服を纏うほどの範囲しか守れないはずだ。なのにあの女は建物全体に範囲を広げていた。


「お仕事おしまーい。じゃあねー」


 女が手を振ると同時に消えた。《テレポート》か。これまた希少な異能だ。

 結局、何が目的か分からない奴だった。


 とにかく、今は瀕死状態の松枝さんをどうにかしなくては。


 私の氷で痛みの緩和と止血程度は出来る。


「大丈夫だ。痛みはない。どうやら、あの者は治癒も扱えるらしい」


 あの女。

 転移に加えて治癒も行うなんて。


 戦闘に特化しているとは言え、才能の桁が違う。


 しかも、私と同い年。これが何よりも許し難かった。

 強さの一点のみだが、私は同い年の人間に敗北した。


 今まで年上以外には負けたことがなかったせいか、この悔しさは私の感情の深い所まで突き刺さった。


 後日、この工場での出来事は権力によってなかったことにされた。

 川谷の兄さんが何をしたかったのかは分からなかったが、私は強さを追い求めるきっかけになった事件になった。


 憧れと悔しさを乗り越える為に、私は強さがすべての冒険者という道を目指し始めた。


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