35話 意味
久米がキョムという新魔教団の大幹部であることを意図的に伝えてきやがった。
少しだけ手を合わせたが、通常の状態だと俺がキョムに勝てる可能性はほぼゼロに近いだろう。
《憤怒第三開放》でようやく身体的には互角と言った所か。
しかも、あいつは俺と同じように感情の波によって身体能力を上げている。
もし、俺の《憤怒第五開放》レベルの身体能力を得られるというのなら俺の勝ち目はないだろう。
いくら身体能力が高くともただ暴れるだけだと、大振りな攻撃が当たるはずがない。
決闘までの二日で最終形態を制御するのは難しい。
チッ。やはり、あいつは厄介な相手だ。
「久木くん。大丈夫? すごい悩んでいるけど」
「そうだな……少し聞いてもいいか?」
今回は城井の力を借りるしかない。
「《憤怒第五開放》は鎮めることができるか?」
「どうだろ。あの時は私も必死で全部の魔力を使っちゃったから、どうなるかは分からないけど、難しいかも。どうしたの? あの状態になりたいの?」
「いや。そういう訳じゃない」
なるほどな。《憤怒第五開放》は使えたものじゃない。
「キョムとの戦闘をどうしようか考えていてな。城井はなんか案があるか?」
「うーん。元も子もない事言っちゃうけど、逃げてもいいと思うよ。実家が警備会社だから、匿うことも出来るよ」
逃げるか。確かに戦いから逃げるのも悪い手じゃない。
キョムの標的が城井を含む俺たちパーティーだったら逃げることも視野に入れていた。
だが、あいつは俺を狙い撃ちにした。
俺が逃げないのは、純粋に力比べをしてみたかったというのもある。
まあ、表向きな事情を言えば、美祢に謝罪をさせたいというのはあるが、本音は戦ってみたいというのが強い。
「逃げるかはともかく、戦う場所ぐらいは決めないとな。広くて人目がない場所が理想だな」
俺たちが本気で戦えば、周辺に影響が及ぶ。
最低でもダンジョンマスターのいる部屋ぐらい広くないといけない。
更に警察が来たりして勝負が流れるのも警戒しないとな。
だから、なるべく屋内。それも地下室とかの頑丈な場所が望ましい。
「この辺だと、難しいかも。駒威財閥の傘下企業が持っている物件にいくつかいい場所があるけど、難しいかも。うちは複数の企業の共同体みたいなもので、権力があまり通じないの」
「それは仕方がない。場所はどうにかなる」
まあ、場所はそこまで重要じゃない。適当に広い場所を見つければいい。
そう思っていると、電話が鳴った。
「リコ助か」
スマホの表示を見ると莉子と書かれていた。
美祢に関係があることを話していたし、噂をすればなんとやらで電話が来たと思ったが、予想が外れたな。
「久木だが、どうした?」
『ビデオにして貰ってもいいっすか?』
「ん? ああ分かった」
指示された通り、ビデオ通話にしてみると、画面に前髪で目を隠したリコ助とそのリコ助の頭の上に胸を乗せたユウが映った。
「ユウもいるんだな」
『リコちゃんの家だよー』
『うちじゃなくて、由宇さんが連絡をしたんですよね』
『うんー。でもー。リコちゃんがー話してー。わたしー。話すのがおそいからー』
『そ、それはいいですけど。この体勢はちょっと困るというか。うちに対する当てつけっすか?』
向こうで楽しくやっているが、早く要件を言って欲しいのだが。
『関係ないことは置いときますね。さて、本題なんすけど。アニキ。変な奴に絡まれたらしいっすね』
「キョムの事か」
『ええ。その件なんですが、面倒だったら由宇さんのお兄さんが出られるみたいです』
ユウのお兄さんは俺の尊敬する先輩である佐月先輩だ。
『白の珈琲』のリーダーで新魔教団を相手に何度も勝利をしている人だ。
先輩は対人戦闘においては神の領域に達している。
きっと、キョムにも勝てるだろう。
「佐月先輩の迷惑になる。あの人は今、特級ダンジョンを攻略する為の大事な時期だ。今回の件は俺の手で終わらせる」
『それなら、由宇さんが出るそうです』
「いや、それは止めとけ」
佐月先輩が来てくれるのは、まだいい。先輩の迷惑になることはあまり好ましくはないがユウが出るよりかはマシだ。
「由宇ちゃんが危険だもんね」
何も知らない城井がそう言った。。
まあ、普通はそう考えるよな。
「逆だ。ユウが出ると相手が危険になる」
「えっ。そんなに強いの?」
「ああ。しかも、手加減を知らないから相手は植物状態になる事もある」
昔、ちょっとしたことがあってユウは同級生の背骨を損傷させて、そいつは今も寝たきりになっている。
殴り合いをしたとかならまだ分かるのだが、ユウがやったのはちょっと押し出したぐらいだった。
突き落としたとかじゃない。ほとんど不可抗力でその威力だったらしい。
「だから、あんまりユウに戦闘はさせたくないんだ」
「そうなんだね。そんなに強いんだ」
『今はー暇だよー』
「止めてくれ。ユウはリコ助の護衛でもやっていてくれ」
『えっ。それは勘弁して欲しいっす。うちの命何個あっても足りないっすよ』
『ひどいよー』
会話を聞く感じ、ユウは強引にでも来る気はないみたいだ。
「そっちも警戒しとけよ。新魔教団は最近、変な行動が目立つ。冒険科以外の奴らにも手出ししてくるかもしれない」
『その辺は大丈夫っすよ、うちらかなり強いんで』
「頼もしい言葉だな」
『それで、この件はおしまいっす。あと、一つ聞きたいんすけど、制服のボタン捨てましたか?』
「ああ。ダンジョンで捨てたな。それがどうした?」
『いや、なんでもないっすよ。ボタンは意外と値段がするので捨てない方がいいっすよ』
リコ助がなんで、ボタンを捨てたことを知っているかはわかっている。どうせ、俺の服に盗聴器を仕掛けている。
別に盗聴されることに大した嫌悪感はない。相手が分かっているからな。
「そうか。用事がないなら、切るぞ」
電話を切った。
「由宇ちゃんってなんで冒険科に入らなかったのかな? それだけ強かったら、いい仕事になるのに」
「それはどうだろうな。まあ、ユウにはユウのやりたいことがあるんだろ」
人生なんていろんな選択肢がある。
別に強くても冒険者にならない人間は大勢いる。
俺の場合は先輩に憧れていた事と、他にやりたいことがなかったから冒険科に進んだ。
「とりあえず、魔石の提出をしてくる」
「うん。待ってるね」
俺はキョムの理由もなく行動している事を狂っていると言った。
だが、俺も冒険者になった理由はなかったかもしれない。
一応、佐月先輩の後をついて行きたいという目標があるが、結局それは他者に依存した考えだ。
先輩がいなかったら冒険科に行っていただろうか?
そう考えると俺には他人に依存しない強い意志があるとは言えないな。
まあ、深いことを考えても俺の頭じゃ処理しきれないし、ここまでにしておく。
「お前は。昨日の……」
魔石を提出しようと、職員室に行くと、入り口付近で美祢の護衛をしていた女が立っていた。
「少しいいだろうか?」
なんか、面倒事な予感がする。
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