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34話 不安

 目が覚めると真っ暗で頭がくらくらする。


 体の痛みからして、どうやら寝すぎてしまったみたいだ。


 窓がない部屋だと自然な目覚めが出来ず、寝たいだけ寝てしまった。


 時間感覚が狂っている。

 時計も見えない。


 暗闇の中で、俺の腕に何か柔らかいものが当たっていることだけが分かった。


 昨日、寝る寸前まで城井がいたし、城井だろう。


「城井。起きているか? 起きていたら、電気を点けてくれないか?」


 この暗闇の中で下手に動きたくない。

 この家にあるものは大体高級品だ。何かに当たって壊してしまうのが怖い。


 住み慣れている城井ならこの真っ暗な空間でも電気のスイッチがどこにあるか分かっているはず。


「久木くん。ごめん。昨日の夜。睡眠薬入りの紅茶を飲ませちゃった」

「別に気にしてはない。後遺症もないしな」


 頭はくらくらするが、これは薬によるものじゃなくて寝すぎによるものだ。


 多分、城井も俺が早く体を休めるように薬を盛っていたんだろうし、責める気はない。


「私。不安だったの。久木くんが他の子に盗られちゃうって。由宇ちゃんは私より胸が大きいし、帝東西高校の生徒会長さんは私より魔法使いっぽいし……久木くんに捨てられたら私。生きていけないの」


 ん? よく分からないが。城井は不安を口にした。


 俺が城井を捨てる? そんなはずないのにな。


「俺は城井を捨てない」

「だよね。久木くんは優しいもん。そう言ってくれると思ったよ。だから、不安なの。久木くんはかっこいいから、いろんな女の子が久木くんに好意を持つと思う。久木くんは優しいから、誰も見捨てずにハーレムを作るかもね。それは全然、いいよ。久木くんは私一人で収まる器じゃないから。でも、私よりいい子なんてこの世に腐るほどいるの。久木くんは私の事をを愛してくれるんだろうかって、不安なの」


 俺はそんな女たらしではないのだが、城井が言っている以上は否定しても意味はないな。


「どうすれば、安心してくれるんだ?」

「今から私を抱いて」


 抱く。意味は分かっている。


 抱き枕みたいに抱きしめることじゃない事ぐらい俺でも分かる。


 こういうのは大人になって経済的、精神的自立をした後にしたかったが城井が望むのなら仕方がない。


 真っ暗で何も見えない中、城井の体を頼りに覆いかぶさった。


「避妊はどうする? 俺の方は何もできていないが」

「ほ、本当にやってくれるの?」

「ああ。俺の方は準備できている。服はどうする? 脱がせようか?」


 城井の表情も体も見えないが、問題はない。

 目の情報がなくとも、他の感覚で補えばいいだけだ。


「まずはキスがしたいな」


 俺はすぐにキスをした。

 口の位置は吐息から分かる。


「ありがとう。私の我儘に付き合ってくれて。ここまでして貰えるなら捨てられないって分かったよ。電気つけるね。続きをしたかったらやっていいよ」


 ……さて、どうしたものか。


 正直、どっちでもいい。このまま体を重ねても、何もせずに終わっても。


「やりたい所だが、避妊はしないとな。()()時期じゃない」


 俺は城井の事が好きだ。

 前もほぼ告白みたいな感じで愛を伝えあったが、その時は緊急事態だったこともあって少しうやむやになりかけていた。


 城井は自分を卑下することが多いが、実際の所、城井の容姿はかなりいい部類だ。

 胸の方はまあオマケだが、男子の目線はかなり集める。


 据え膳だったが、俺は手を出さない事にした。


 部屋の電気が点いた。


「大人になったら子供いっぱい生むから。私、一人っ子できょうだいが欲しかったの」

「それは楽しみだ」


 ただ、俺は現実を知っている。


 高校生のうちに付き合っても結婚する可能性は低い。

 城井だって、もっといい男と出会えばそっちに行くだろう。


 だから、俺は恋愛は好きじゃない。

 だが、城井がその茶番で百パーセントのパフォーマンスを出せるのなら俺はいくらでも付き合う。


「気を取り直して、今日もダンジョンに行くぞ」

「うん!」


 城井の表情には曇りがなかった。


 ――――――


 三等級ダンジョン。最下層。


「一撃だったか」


 ダンジョンマスターのミノタウロスを《憤怒第三開放》の状態で倒した。


 前は五発掛かっていたが、今回は拳一発で済んだ。


 イライラのコントロールが可能になったことで、ただ力任せに殴っていた頃よりも威力と持続力が上がっている。


「これなら、もう一個行ける」

「そうだね。これならすぐにでも三等級パーティーになれるよ」


 三等級ダンジョンは楽に攻略できるようになった。


 流石に二等級以上に行くつもりはないが、このまま成長を続けていけば三年生になる前に一等級ダンジョンを攻略できるかもしれない。


 ダンジョンを出るとドクロの仮面をした黒いローブで全身を隠した人間が立っていた。

 気配に気付けなかった。


「二時間三秒。いい。いい。監禁。拷問。洗脳。たの。楽しみ」


 そう物騒なことをぶつぶつ言いながら、町中に消えて行った。


「なんだあいつ?」

「都会には変な人もいっぱいいるから。気にしない方がいいよ」

「それもそうだな」


 新魔教団の奴らじゃなかっただけマシだと思わないとな。


「久木さん。ダンジョン攻略お疲れ様です」


 声を掛けられた。

 昨日出会った岩先第一の久米だ。


「久米か。そっちもダンジョン帰りか?」

「ええ。もし、よろしければ、ご一緒してくださいませんか? 最近は新魔教団の活動も活発で、あの《隻腕の氷結姫》も倒されたと聞きました。私も不安なので」

「それはいいが、お前の仲間はどこにいるんだ?」

「仲間。仲間ですか……今はいません。帰ってしまいました」


 なかなか複雑な事情を抱えたパーティーそうだが、俺が口出しすることは出来ない。


「なぜ、久木さんは冒険者になろうとしているのですか?」

「『白の珈琲』って知っているよな。そこのリーダーの佐月先輩に憧れてこの世界に飛び込んだ」

「そうですか。素晴らしい理由ですね」

「そういう久米はどうなんだ?」


 冒険者は命を捨てる覚悟がいる仕事だ。相当な理由がなければ続けていくことは出来ない。


「……ないです」

「ない? 別に金が目的でも軽蔑しないぞ」

「いえ、本当に何もないです。意味なんてありません」


 意味がないと言われると、キョムの顔を思い出してしまった。


 意味もなく人を傷つけるのはサイコパスぐらいしかできないが、冒険科に入るのはサイコパスでもやらない。


 病的なドⅯとかならまだしも、常人には考えられない選択肢だ。


「死ぬのは怖くないのか?」

「はい。意味のない死に感情はありません」

「こう言うのはいけないかもしれないが、狂っているんだな」


 死は誰だって怖い。

 ダンジョンだったら生き返れるということを頭では分かっていても殺される現実を前に足がすくんでしまう。


 俺だって最初の頃は死ぬのが怖かった。


 死をあっさり否定できる人間はそれこそ、死んだことのない人間ぐらいだ。


「よく言われます。私も他人みたいに意味のある人生を歩んでみたいものです」


 話しているうちに高校に着いた。


「先にどうぞ。私は少し寄り道をします」

「そうか。まあ、なんかあったら話は聞くからな」

「無意味……ではないかもしれませんね。では、()()


 最後の会話が噛み合わなかったが、久米はそのままどっかに行ってしまった。


「やっぱり、あの子。感情がないみたいだったよ」

「なるほどな……」


 感情がない。


 行動に意味がないと言い張る。


 流石の俺のでも分かる。キョムは久米だ。



 

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