30話 特異ダンジョン 2
黒い皮膚をした鬼。ブラックオーガ。
こいつが出現するのは特級ダンジョンの中層だったはずだ。
変異ダンジョンと言っても、特級の魔物が出るなんてありえない。
特異化だな。
宝くじに当たるぐらいの確率で変異ダンジョンが更に変異し、こうなる時がある。
おそらく、俺たちが階段を下りている最中に特異化しやがったな。
特異ダンジョンは五等級上のダンジョンと同等だ。
特級ダンジョンは一等級と比べても別格だから、一等級の特異でも特級ダンジョンに及ばない。
五等級特異ダンジョンは一等級よりは上の等級のダンジョンという事になる。
どっちにせよ、遥か格上の相手だ。
《憤怒第三開放》をしていても勝てるか分からない。それほどの相手だ。
絶対絶命の状況だが、俺はワクワクしていた。
一対一でブラックオーガと戦うのは自殺行為だ。
だが、説明しにくいがどうしても興奮してしまう。
俺は佐月先輩ほどではないが、武術の才能がある。
一度見た動きは大体マネできる。コピーを可能にする身体能力もある。
だが、俺にはマネし切っていないことがある。
それは人格。キャラクターだ。
「城井。借りるぞ」
城井がゆーちゃんになり切っていた。あれも一種の技だ。
俺なりに調整した佐月先輩を俺の中に作っていく。
混沌の黒を使用した戦闘。
この装備の特徴は格上にも通用するという所だ。
使用者の技量さえ高ければ、非力な幼児でも魔物を殺すことを可能にする。
おそらく、あのオーガに俺の打撃は一切効果を示さない。
何度も触って混沌の黒に力をチャージし、攻撃を当てるしかない。
「掛かってこい。遊んでやるよ」
オーガが棍棒を構え、消えた。
やはり、移動する姿は目視不可能か。
だが、どこにどんな攻撃をしてくるかは手に取るように分かる。
少し後ろに下がると棍棒が目の前を通り過ぎた。
「なかなか。そう上手くはいかないな」
流すつもりで棍棒に触ったが、掠っただけなのに手がビリビリする。
先輩みたいにかっこよくはいかないか。
まあ、今は先読みが出来ただけでも十分だ。
佐月先輩の見ている景色はこんな感じか。
ほとんど未来予知じゃないか。
異能なしでこんな精度の先を見ている相手に勝てるはずがないな。
オーガは棍棒を振り回して来た。
やはり、目視は不可能。だが、来る場所が分かっていれば当たることはない。
一度でも当たればアウト。
それでも、俺は引かずに前に進む。
棍棒の先端よりは相手の腕の方が流しやすい。
何度も腕に触れながら躱す。
今の所、俺の方が優位だがこのままだと体力が尽きる。
オーガは警戒しているのか腕振りのみであまり大きな隙を見せてくれない。
倒す為には相手が大技を出してその隙を狙ってチャージを増やす必要がある。
「ストック十五。雷撃」
胴体に向かって電撃を放った。
あまり威力はないが、これでいい。
オーガにとっては静電気に触れた程度のダメージだろうが、不意を突かれたせいか一回後ろに下がった。
これで、あいつは俺の危険度を少し上げたはずだ。
オーガは棍棒を投げて来た。
これはまずいな。
投げられた棍棒の対処は難しくはないが、その後がやばい。
どう避けても、追撃でやられる。
先が見えすぎるのも困りものだな。
棍棒を流し、少し移動する。
するとすぐ隣を拳が通り過ぎて行った。
下手していたら俺の片腕が消し飛んでいた。
なんとか首の皮一枚つながった。
だが、幸運な事にオーガはほとんど全力で拳を振るったみたいで大きな隙を見せてくれた。
すぐに指で何度も触れながら、反撃されにくい背後に回り込んだ。
これは威力は関係なしに回数のみが重要視されるこの装備特有の動きだ。
あまり戦闘での派手さはないが、これも戦い方の一つ。
誰にも文句は言わせない。
オーガは俺に攻撃されたとは思わずにそのまま棍棒を取りに行った。
あの魔物は多少の知能がある。
なら、ちょっとした演技も効くかもしれない。
「チッ。いってーな」
攻撃は当たってすらないが、まるで掠ったかのように腕を抑える。
魔物の知能はそれほど高度ではない。学習能力のみと言っても過言ではなく、人が嘘を吐いているなんて考えもしない。
俺がダメージを負ったという報酬を与えれば、それを正解の行動だと思い込んで同じ行動を繰り返す。
あの棍棒を投げてから、追撃をするという行動は避けるのは運任せになってしまうが相手の隙が大きくなる行動だ。
だったら、何度も繰り返させるために俺はダメージを負い疲労する姿を見せる。
よし。
同じ行動をしてきた。
飛んできた棍棒を流し、追撃を……
してこない!?
どこに消えた?
あいつはどこに――
俺は咄嗟にしゃがんだ。
すると、さっきまで頭があった場所に棍棒が通り過ぎていた。
あいつ。自分が投げた棍棒よりも早く動いて、棍棒をキャッチしてそのまま攻撃したな。
やはり、特級ダンジョンで出てくる魔物だ。
相当高い知能を持っている。
同じ攻めではなく、少し行動を変えて来るとは。
だが、悪手だ。
俺はオーガの足を掴んだ。
蹴りたくなるだろ?
足を掴まれたオーガはそのまま蹴り上げて来た。
流石に分かり切っている攻撃だ。簡単に避けられる。
そして、片足になったオーガの足に向かってタックルをした。
いくら筋量で負けているとしても蹴り上げた後の不安定な体勢なら簡単に崩せた。
こいつはもう立たせない。
倒れたオーガの体に何度も触れる。
相手が人間だったら、組技を仕掛けに行きたい所だが、ここは我慢をする。
ちょっとでも掴まれたら肉体を引きちぎるような相手に組みに行く勇気はない。
まあ、仮に綺麗に関節技が決まったとしても力の差がありすぎてすぐに外される。
「ストック百。雷撃」
「ガァァ!」
ストック百の雷撃は効いたらしく、動きが止まった。
動かない間にストックを貯めて、百の雷撃を放つ。
静止している間に百以上のストックを貯められる。
おそらく、この雷撃ハメは長くは続かない。
生物が慣れるようにこいつら魔物も電気に慣れを起こす可能性がある。
だから、今回で決める。
「ストック千! 燃焼!」
オーガの顔目掛けて、拳を振り下ろした。
「ギャアァァァァ!!」
オーガの顔が燃え、暴れ始めた。
まだ油断はしない。
「ストック百。斬撃」
駄目押しに首に一撃入れてから暴れるオーガから離れた。
「これで終わ……りじゃねえか」
ブラックオーガは立ち上がって、頭をこっちに向けた。
どんな攻撃をしようと先読みをすれば負けるはずが……
瞬間。俺の頬を光線が通り過ぎ、背後で爆発した。
「よ、読めないだと」
口からビームを吐き出した。
それは分かっている。問題は全く分からなかった所だ。
もしかして、先読みが可能なのは人型の相手のみでしかも、人間にできる行為までなのか。
ああ。だから、先輩たちは佐月先輩のことを『対人戦なら無敵』と言っていたのか。
真実はまた教えて貰うとして、俺は俺のやることがある。
どうやら、あの黒鬼は俺の事が見えていないらしい。
目は焼けて、首もダメージを負って砲撃の照準が定まっていない。
だが、俺に近い所に向かって攻撃をしていた。
残っている五感で俺を狙うために触覚、嗅覚、聴覚のどれかを使ったな。(流石に味覚は使えないだろう)
この停滞した状況から考えると、耳を使って俺の場所を把握しているな。
他の二つなら俺が動かなくとも攻撃をしてくるはずだし、間違いないだろう。
一応、ブラフの可能性も考えて制服のボタンを一個外して、遠くに投げた。
俺の予想通り、オーガはボタンが落ちた方向にビームを放った。
……なるほどな。
これなら、佐月先輩の動きをマネるよりも光莉さんや松枝先輩の動きを使った方が相性がいい。
相手の攻撃は強力だが、隙も大きい。
おそらく。いや、確実に次の一撃でこの勝負は終わる。
一手間違えれば詰み。
俺の死は仲間の死を意味する。
負けられない戦い。
緊張感も高まってきた。
さて、どっちが死ぬか勝負しようじゃねえか。




