29話 特異ダンジョン 1
美祢を運んだ後、俺たちは公園のベンチで休憩していた。
「ごめんね。ちょっと疲れちゃって」
「問題ない。俺も疲れていた所だ」
新魔教団は冒険者が苦労して取った魔石を狙う集団だ。
なんで、美祢が襲われた?
あいつが、ダンジョンを攻略した後で魔石を持っていたなら分かるが、今回は全く関係がなかった。
あのキョムと名乗った女の独断行動か?
だが、美祢は白陽財閥の関係者だし、身代金目当てだった可能性も……
「一回。彼女の事は忘れよう。ね? 私たちが関わるべき内容じゃないよ」
「いや、そんな訳にはいかない。あいつは友達なんだ」
「……そうなんだ」
城井は俺の手を掴んだ。
「私。怖いな。いつ新魔教団の人たちが襲ってくるか分からないから」
「そうだな。あいつらの目的が分からない以上は危険だ」
あいつらが襲ってくる目的が分からなければ、常に警戒をしないといけなくなる。
今までは魔石を学校に提出するまで警戒していればよかったが、目的が分からなくなるだけでここまで厄介な事になるか。
「い、一緒に寝てもいいかな? ほら、寝込みだって危険だから」
「寝ている間も危険だし、一緒の部屋にいるぐらいなら問題はないか」
一応、男女だし、同じベッドに寝るのは止めた方がいいが、同じ部屋で寝るぐらいだったら問題はないだろう。
「城井も怖いよな。俺も城井がいないとあいつに勝てる気がしない」
キョムという女に勝つには最低でも《憤怒第三開放》をする必要がある。
体力の都合でずっと開放しておく訳にもいかない。城井と常に一緒にいなければ、俺も襲われたら勝ち目がない。
「東京にいる間はずっと一緒にいようね」
「ああ」
美祢の事は一回忘れよう。
あいつほどの実力者ならば、俺がいなくても何とかするはずだ。
「あの! すいません」
「はい。なんでしょうか?」
知らない女性に声を掛けられた。
さっき公園で子どもを遊ばせていた母親だな。
「さ、さっき。ダンジョンが出現してうちの息子が入ってしまって!」
「分かりました。救出してきます」
子どもがダンジョンに入ってしまったのか。
公園に出現したダンジョンに子どもが入ってしまうのはよくある事故だ。
大人はダンジョンで死んでしまったら、生き返ることはない。だから、俺たち高校生に声を掛けたのだろう。
冒険家じゃなくとも七等級以下のダンジョンなら進むことができる。
「等級は五……あっ。変異した」
城井が指を指した場所を見ると地面が真っ赤に染まっていた。
「じゃあ、等級としては二等級か。まあ、問題はないな」
「でも、変異したから構造が変化しちゃって、お子さんがいる場所が深い場所になっているかも」
「なら急いだ方がいいな」
いくら未成年は死んでもいいとは言え、死ぬということは辛いことだ。
死を経験してしまって精神病になった日には人生が大変なことになる。
ここはスピード重視でいかないといけない。
「俺が城井を背負うから《憤怒第三形態》を掛けてくれ」
ダンジョンを攻略するだけなら城井を連れて行く必要はそこまでない。
ただ、今はすべてを疑わないといけない状況だ。
この母親が新魔教団の回し者で、俺だけがダンジョンに潜っている間に城井に何かをする可能性もある。
そうではないとは信じたいが、保険として城井を連れて行くことにした。
「息子をお願いします」
「救出できるかは分かりませんが、善処します」
ダンジョンの目の前で城井を背負った。
「《憤怒第三開放》」
「しっかり捕まっていろよ」
「う、うん!」
あっ……
重大なことを忘れていた。
いや、まあ。重大と言ったがダンジョンを攻略する上ではあまり関係のないことだ。
その問題は胸だ。
そりゃあ、背負っていれば当たるよな。
今は緊急で時間に余裕がないから城井は文句も言わずに背負われてくれたが……後で謝ろう。
ダンジョンの中を走って掛けていく。
現れる魔物は六等級変異ダンジョンのマスターだったあの消化液垂れ流しオークだった。
ただ、前の奴とは色が変化しており紫色になっている。
おそらく戦闘力は数倍に膨れ上がっている。
こいつらの面倒な所は通路のほとんどを塞いでいる所だ。
一等級のダンジョン装備である混沌の黒を装備しているが、こいつは手数で責めないとただの耐久力の高い手袋と変わらない。
だったら、正面突破をするしかない。
脂肪がある腹部を攻撃すれば、消化液が飛び散る。
なら、脂肪の少ない頭を一撃で破壊するのが一番いい。
壁を使って死角から頭に向かって飛び込む。
そして、全力で拳を振るった。
「あれ……」
オークの頭が切れた。
俺は確かに打撃をした。
そう、あくまで拳を振るっただけだ。
あんな綺麗な切断面になるとは、どんな威力で殴ればそうなる?
まさか、力が増しているのか?
あとで検証する必要があるな。
その後、子どもが隠れていないか探しながらダンジョンを駆け抜けていった。
ダンジョンは基本的には一本道だ。
もう死んでいる可能性もあるが、どんどん下に降りていく。
「あとは、ダンジョンマスターのいる階層だけか……。あっ。いた」
子どもはダンジョンマスター前の階段で気絶していた。
まだ、死んでいないみたいんでよかった。血も出ていないし、頭から出血したわけではないな。
だが、それと同時に俺の限界も近づいて来た。
制御が可能になり、残りの体力が大体分かるようになった。
「城井。解除してくれ」
「うん! 《憤怒鎮静》」
体が一気に重たくなった。
メンタルは無事だな。
これならまだ戦える。
「これから、ダンジョンマスターを討伐する」
「えっ。このまま引き返すのはダメなのかな?」
引き返すにはあのオークと戦わないといけなくなる。それも一戦ではなく何回も戦わないといけない。
流石にそれは難しい。
ダンジョンは魔石を取ってしまえば、魔物を出現させることは出来なくなる。
複数体を相手にするよりもダンジョンマスターだけを相手にしていた方が楽だ。
「この装備があれば、倒せる。城井はここで待機してこの子を保護していてくれ」
ダンジョンの階段には魔物は現れない。ここなら安全なはずだ。
「うん。待ってるね」
本当は気絶しているこの子を意識が戻る前に殺した方が後々楽なのだが、そんな提案はしない。
俺は単身。ダンジョンマスターの待つ部屋に入った。
そこにいたのは真っ黒い皮膚をした黒鬼だった。
――こいつ。特級ダンジョンの魔物だぞ。
まさか、こんな所で出会うとは思わなかったな。




