表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/42

2話 暴走

 先輩から無茶ぶりされて三等級のダンジョンのダンジョンマスターを倒すように言われてしまった。


 正直、勝てる気はしない。


「中学の時のイライラをあいつにぶつけろ。そうすれば勝てる」

「イライラですか」


 あの頃は何かにつけてイライラしていた。

 何度も佐月先輩に喧嘩を吹っ掛けていた。


 だが、中二になるまでにはイライラが静まった。今はそんな感情が湧き出て来ることはない。


「いざとなれば助ける。やれるだけやってこい」

「分かりました」


 ただ、これはいい機会でもある。『鋼鉄の爪』にいた時は雑用ばかりでろくに戦闘に参加させて貰えなかった。

 まともに戦ったと言えば、パーティーが全滅した後に自害するつもりで何体か魔物を狩ったぐらいだ。


 今回戦う魔物は三等級のダンジョンマスター。前のパーティーで攻略した最高の等級は五等級。はっきり言って敵は格上だ。


 パーティーでも倒せるかは分からない相手だが、先輩に勝てるかもと言われたらやる気が出てくる。


 牛頭のミノタウロスの目の前に立った。

 俺の身長の倍はあって羨ましいほどの筋肉を誇っている。巨大な斧も持っているし、パワーは相当なものだろう。


 ミノタウロスが斧を振り上げた。


 ……中学の時のイライラを思い出せ。すべてを壊したいと思ったあの頃だ。


「無理無理!」


 俺は振り下ろしを避けた。地面を割れる威力で叩かれ、飛び散る瓦礫ですら痛い。


 いくら武器があっちよりもグレードが上と言ってもこんなパワーに差があったら意味がない。


 死んでもいいし、刺し違える覚悟で特攻することも考えたが、先輩のアドバイスを実践してからじゃないと死ねない。


 イライラする。ただ、ムカつくだけなのに全然あの頃の感覚にならない。


 必死にイライラを呼び覚ませるように理不尽を探す。

 ……前のパーティーのあの禿ダルマが一瞬思い浮かんだ。だが、少しムカつくだけなのか、力が出てくることはない。


 今の所、ミノタウロスの動きは早いが予備動作が大きいお陰で集中していれば躱すのは難しくない。


 別の事を考えていると、ミノタウロスが急に行動パターンを変えて突進してきた。

 斧ばかりに意識が行っていたせいで急な動きに対応が遅れ、突進が掠って地面を転がった。


 倒れた相手にミノタウロスは容赦なしに追撃を仕掛けようとしている。


 ――ヤバい


 倒れた状態だと回避はできない。斧を振り上げたミノタウロスを睨むことしかできない。


「い、《イリテイト》」


 一瞬。黒いもやが俺の視界の端を包んだ。

 同じ見学をしていた女が何か言っていたが、そいつの仕業か?


 ただ、今はそんなことはどうでもいい。


 ミノタウロスの動きがゆっくりスローになって見える。

 パラパラ漫画を一枚ずつ見ている気分だ。


 先輩たちの方に視線を向けると、徳人さんが放った光弾も見える。

 俺を守ろうとしているのか。


 ただ、そんなことはどうでもいい。


 ああ。この感覚だ。中学生の時はふとこうなる時があった。


 視界に映るすべての物をぶっ壊したい。

 そんな気分だ。


 理性があるはずなのに自分を制御できない。


 なんだ? この邪魔な()

 いらねぇな。


 先輩から貸して貰った刀だと分かっているが投げ捨てた。


 まあ、今はそんなことよりも殴りたい気分だ。


 徐々に世界の動きが早くなり始めている。


 敵が抵抗する方が断然楽しめる……


 立ち上がり、振り下ろされた斧を片手で掴んだ。


 デカブツはさっきまで逃げ惑うことしかできなかった奴に攻撃を止められて動揺している。

 無様にも両手で斧を引いたり押したりしている。


 まあ、もうこいつ()どうでもいい。


 空いている腕で胴体に一発入れた。


 デカブツはダメージを受けたのを隠しもせずに斧を手放し後退あとずさった。


 別に牛に恨みはねぇが。頭を潰した方が手っ取り早い。


 抵抗できないように両腕に乗っかり、頭を何度も殴った。

 魔物からは血しぶきなんてものは一切でない。返り血があった方が楽しかったかもしれないが、まあ、こいつはあくまで前座だ。


 五発目を叩き込む前に死体が消えた。


 こいつにはそんなに期待してはいない。


 俺の一番の楽しみは……


「矛先はこっちに向いたか」


 ここはダンジョン。そして、先輩たちは未成年。

 ここなら殺してしまっても罪にはならなねぇ。


 接近する前に牽制で光弾が足元に打たれた。


 バカみてぇにえ。今の俺でも残像しか見えなかった。


 だが、情けのつもりかは知らねぇが。今の一度を外した以上はもう俺には当たらない。


 ここの階は広い。狙わせないように動き続ければいいだけだ。

 徳人さんはいい目を持っているが、動体視力までいい訳じゃない。今の状況じゃただのお飾りだ。


 動き始めたら、徳人さんは俺を捉えられなくなった。

 他の三人は俺にぴったりと視線を向けているが、徳人さんは動いていない。


 じゃあ、まずは邪魔な同級生の女から退場させるか。


 接近し、女に貫き手をしようとした。


「ひぃ!」

「あ?」


 しかし、俺の攻撃は白い壁にさえぎられた。


「こめん。ちょっと痛いかも」


 そして、部屋の端っこまで吹っ飛ばされた。


 何をされた? ほぼゼロ距離から弾いてここまで押し飛ばした?

 分かんねぇ。分かんねぇが流石は光莉さんだ。


 あまり痛くはないが、かなり満足だ。


「光莉。どうだった?」

「かなり強い。人間じゃない」

「流石は俺の見込んだ後輩だ。あとは俺がやる。手を出すなよ」


 佐月先輩が前に出て来た。


 懐かしい。昔はよく一対一(タイマン)をしていた。

 ただ一度も勝てたことはないが、負ける気で挑んだことは一度もない。


 ――――――

 数分ぐらい経った後。


「はあ。はあ」


 呼吸は乱れ、片膝を着いてしまった。


 全く歯が立たなかった。


 佐月先輩は俺の攻撃をすべて流しきっていた。

 俺の方が早く動いていたのにすべて先読みされていた。


「落ち着いたか?」

「すいません。また迷惑を掛けて」

「気にすんな」


 先輩の足元にも及ばなかった。


「お前は強いよ」

「でも、先輩に歯が立たなかった」

「それは……お前が()()だからな。俺は対人戦には自信がある」


 やはり、佐月先輩は俺の目標だ。強いし優しい。

 俺もこんな人間になりたい。


 でも、現実は厳しい。多分、あの頃よりも差は広がってしまっている。


「和希の攻撃はどうだった?」

「ちょっと痛かった」


 ちょっとかぁ……


 攻撃の後、光莉さんは軽々と部屋の端っこまで俺を吹っ飛ばした。

 つまり、俺はそんなに強くないんだ。


 そうやって、落ち込んでいる俺に徳人さんが肩を叩いてくれた。


「君は強いよ。光莉ちゃんは一等級のダンジョンマスターの攻撃でも『弱い』とか言っちゃう子なんだよ。そんな彼女が痛いと感想を言うことは君の攻撃はそれ以上ってことなんだよ」

「そんなお世辞に決まってますよ」

「彼女はつまらない嘘は言わない」

「でも、佐月先輩には手加減されてお互いに傷一つないですし……」


 気分が重たい。体も動かなくなってきているし、メンタルも良くない気がする。

 まるで、力を出した反動みたいだ。


「対人戦はさっくんの独壇場。勝てなくても無理はない」


 光莉さんが頭を撫でて慰めてくれた。


「とりあえず、魔石を回収して飯でも行こうぜ。俺たちが奢るから好きなもん食えよ」


 肉食べたい。でも、なんだか食欲そのものが沸いてこない。

 なんだこれ。中学生の時はこんな反動なんてなかったのに。


「だ、大丈夫? 立てる?」

「すまない。あの時、お前を殺そうとした」


 俺は城井を先に殺そうとした。こんな奴とは話もしたくないだろう。


 なんて考えていると、城井は急に俺の腕を肩に回させて立ち上がらせようとしてきた。


「ふーん! はあはあ」

「何しているんだ?」

「だって、私が魔法を使ったせいで……」


 確か、俺が暴走する前にこいつが魔法を使っていた。


「お前は悪くない。俺が弱いから悪いんだ」

「そんなことないよ!」


 感情の籠った大きな声だった。


「だって、君は一人であんな怖い化け物を倒したんだよ。私なんて、人の気分を害する魔法しか使えないし、()()()必要とされていない人間だけど、君には()()()()()()()()才能があるんだよ」


 先輩には迷惑を掛けたが、俺は格上である三等級のダンジョンマスターを倒した。それも圧倒的な力で。

 まだ、佐月先輩には及ばないが俺には才能があると言われれば強く否定することは出来ない。


 このイライラがどう制御するかが今後の課題にはなるが、ひとまずは俺は思っていたよりも強かった。これだけでも満足するべきだな。


「……そんなに卑下ひげするな。お前のお陰で助かった奴もいるんだ」


 自分の足で立ち上がれた。

 肉体は限界に近いが動けないことはない。


 とりあえず、後のことは後に考える事にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ