27話 瞬殺
「あの魔法使いは任せる」
「うん。任せて」
『鋼鉄の爪』との決闘だが、負ける気はない。
城井は精神的に成長している。相手は凄腕の魔法使いだが、何とかすると言ったからには何とかしてくれるはずだ。
相手と広い体育館で対面する。
こっちは装備を何もしていないというのにあっちはダンジョン装備を身に纏っている。
「こっちの準備は終わりだ」
「逆らう気がなくなるまで、痛めつけてやるからな」
俺はあのハゲに注意を向ければいい。
「試合の合図をしてくれる人もいないし、さっさと始めるか」
「泣いて詫びても許さねえからな!」
斧を振り上げて走ってきた。
しっかり刃の方をこちらに向けているし、今回はあっちも本気という訳だ。
ただ、あまりに遅い。足の早さもそうだが、瞬発力が足りていない。
重たい斧を持ち上げる筋力はあっても扱い切れていないだよな。
間合いからあと数歩となった所で動き、顎に肘打ちをしてやった。
仮にも四等級パーティーのリーダーだ。この一発では倒せないはずだ。
念には念を入れて、追撃するか。
「拒絶の――って。おい」
ハゲが白目を剥いて倒れた。
あの一発で気絶した?
当たり所があまりにも良かった? いや、流石にそんなはずは……
倒れたフリの可能性も考えてとりあえず腹部を蹴ってみたが、特に反応はなかった。
マジか。たった一発で倒せてしまった。
「さて、城井の方は……おお、これは」
魔法使いの戦いはどうなっているか気になって見てみると、すでに魔法使いの女が倒れていた。
「からだ……が。うごか……ない」
「鬱状態って辛いよね。体は動かないし、頭は回らないし」
括った髪の先が真っ白になっていた。ゆーちゃんの時に使っていた鎮静化の魔法をあの女につかったのか。
強制的に気分を下げられて、動けなくなったみたいだな。
精神を支配する。かなりえげつない魔法なのかもしれないな
「くそ。が。由香里になんて負けるはずが……」
「そんな私に手も足も出ずに負けちゃったね。佐藤さんって意外に弱かったんだね」
城井の勝ちだな。
あの状態から逆転するのは無理だろう。仮に城井の魔力が尽きたとしても俺が追撃をしれば確実に戦闘不能にさせることができる。
「この程度で久木くんの隣に立とうだなんて傲慢過ぎるよ」
「なんで、力を隠していた? その力で私を倒すことはいつでもできただろ」
「隠していた? うーん。それはちょっと違うけど。それより、早く降参して欲しいな。じゃないとちょっと可愛いお顔を地面に擦りつけないといけなくなるからね」
動けない女の頭を掴んで持ち上げた。
「やってみろよ」
「私はね。復讐とかには興味ないよ。佐藤さんの顔を傷つけたくないんだよ」
「やれ! って言ってんだよ。チキンか。お前はよ」
引き時だな。
「城井。そこまでだ」
叩きつける寸前で腕を掴んで止めた。
「久木くんがそう言うなら」
さてと、この状況をどう収めたものか。
まあ、適当にしておくか。
「今回は引き分けでいい。今後、お前が城井をイジメようだなんて思わないだろうしな。もしも、俺たちのパーティーに入りたかったら最低でも精神的な強さが必要だ。覚えておけ」
「許してくれるの?」
「別に城井さえよければどうでもいい。あのハゲにはちょっと制裁をするかもしれないが、俺はお前に大した恨みはないからな」
この女の事は、もう城井にとってもトラウマではないはずだ。
ちょっと行動が過激な所があるが、それは十人十色だ。俺が口を出せる問題じゃない。
「……私、あの男に脅されてて。ごめんなさい。ほんと。私。由香里にも手を出したくなかったのに」
「いいよ。私は気にしてないから」
「そうか。じゃあ、あいつが元凶ってことですべて丸く収まるな」
ちょっと嘘臭いが、どうでもいい。
あのハゲに全責任がある方が俺としてもやりやすい。
「おーい。起きろ」
ハゲの頬をペチペチ叩いた。
「あ。お、俺は負けたのか」
「そうだ。先に言っとくが、あんた弱いぞ」
「な、なんだ急に」
「あんたにあるのは死ぬ才能だけだ。だから、さっさと退学してくれ」
この際。本音を言っておく。
別にこいつにどんな悪印象を持たれようとなんのデメリットもない。
「チッ! お前や中津みたいに才能のある奴はいいよな。俺みたいな凡人は数を量をこなさないと強くなれないんだよ。俺だって、強くなれるなら強くなっている。だがな。この世には才能ばっかりだ。俺だって『白の珈琲』の奴らみたいに世界最強だなんて言われてみたかった」
才能。才能か。
まあ、間違ってはいない。俺だって《憤怒開放》という他人にはない力がある。
これだってある意味才能だ。
佐月先輩だって、天才中の天才の人間だ。
今までまで武術を一切習っていなかったのに一方的に俺をボコしていた。
あの人は素手で武装した新魔教団の襲撃を何度も退けている。
そのすべてにおいて、力押しなど一切使わず、未来予知じゃないのかというほどの先読みと精密機械を彷彿とさせる打撃の正確さのみで敵を倒していたという。
それらすべての動作を「勘でやっている」と、あるインタビューで言っていた。
天才の所業だ。
そんな人間と同学年になってしまったハゲの嫉妬は分からなくもない。
「どうせ。お前も俺の頭を見てハゲだと思っただろう。これはダンジョンの魔物に毛を溶かされた後に出て来たからだ。あれは俺が一年の頃で、上級生の奴隷をやっていた時だ。お前みたいな才能を潰せなかったのは後悔しているぜ」
「そうか」
「お前は成れはしないさ。あの化け物にな」
こいつの戯言は聞く価値もない。
「じゃあな。先輩。次会うときはエナジードリンクを差し入れに行きますから」
これ以上はまともに相手にしてやるつもりはない。あいつがあれほど弱いことが分かれば、軽くあしらう事ができる。
俺たちは学校から出て、東京行きの新幹線に乗った。
――――――
久木たちに負けた後、二人は体育館に残っていた。
「パーティーは解散する」
そう言ってから夜崎は外に出て行こうとした。
しかし、入れ替わりで入ろうとした中学生ほどの男に押し戻されて体育館に戻された。
「てめぇ。誰だ?」
「新魔教団大幹部。『先導』のサページ。コードネームだけど、親切に教えてあげたよ」
「なんで、新魔教団なんかがこんな場所にいるんだ!」
「君。煩い」
触れられてもいないのにも関わらず、夜崎は吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられた。
そして、サページと名乗った男は倒れている芽衣の元まで歩いて来た。
「やはり、君だ」
「な、なに?」
「《憎愛》の異能を発現させよう。好きに使うといい」
「い、痛い。やめ――」
頭を掴まれた芽衣は謎の力によって意識を落とした。
「これから帰る予定だけど、『白の珈琲』の川谷くん。君はただ見ているだけかい?」
「流石に対人のプロには分かっちゃうか。お久しぶり。先導くん」
倉庫からスーツ姿の優男が姿を現した。
「後輩がやられているのに見て見ぬフリ。世間が知ったら大事じゃない?」
「お気遣いなく。君との用事が終わったらその世間とお話するよ。マスコミの相手は僕の仕事だからね。さて、ここから本題なのだけど、今のトップは誰なんだい」
「今の新魔教団は一枚岩じゃない。でも、一番強いのは《虚無》のキョム。彼女の力はもしかしたら死神だったり、君の所の中津くんに届くんじゃないかな?」
「知らない名前だね。最近入った子?」
「彼女が入ったのはほんの一か月前。《先導》で力を発現させてやった訳でも、特異な異能を持っている訳じゃない。ただひたすらに冷静で残酷。仲間は少ないが、彼女がその気になれば『白の珈琲』すら潰せるだろう」
話を聞きながら、川谷は空中に光の弾を生成した。
「彼女の標的は帝東西高校の生徒会長さんらしい。君らには最後にだってさ」
「情報提供ありがとう。帰っていいよ」
「人使いが荒いなぁ。川谷くんとやり合うと今後に響く。僕は帰るよ」
《先導》のサページは扉から出て行った。
「一応、連絡入れとこう」
それを確認してから、川谷は電話を掛けた。
他校は授業中だったのか留守電であった。
「美祢ちゃん。徳人だけど。君が狙われているらしいから、強い子送っておいたよ。折り返しはいいから」
電話を切った。
「さて、リーダーの為に汚い仕事を少し片づけないとね」
そう言って、校内から出て行った。




