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23話 安定

 知らない天井だ。


 この消毒液の独特の匂いから病院であることはすぐに分かった。


「あっ。起きた」


 隣には城井が座っていた。


「気分はどうかな?」

「あまりいい状態ではないかもしれない」


 体が全然動かない。

 前の筋肉痛の比にならない程の痛みだ。


 骨が痛い。


「お医者さんが言うには全身骨折する寸前だったらしいよ。しばらくは絶対安静なんだって」

「そうか……あの後、どうなったんだ?」


 リコ助が俺を抑えた後、いい感じにやってくれると言ってくれていた。あいつならかなり都合のいい感じにしてくれているはずだ。


「まずは、落ち着いて聞いてね。久木くんは二日ほど寝ていたの」

「二日か」


 まあ、あれだけの怪我を負ったし、《憤怒第五開放》もしたから疲労も合わせて俺の体が休憩を必要としたんだな。

 これは妥当といえば妥当だ。


「それでね。あの後、下徳高校の校舎が新魔教団に襲撃で破壊されちゃったの」

「あいつら……」

「そのせいでしばらく休校になるみたい」


 下徳高校の警備はそれほど高い訳じゃなかったが、校内には松枝先輩と光莉さんがいたし、そう簡単に襲撃をできる環境じゃなかった。

 それにあの時は《隻腕の氷結姫》の二つ名がある美祢もいた。あれほどの魔法使いがいれば人数が多くても対応できたはずだ。


 だが、結果は校舎が破壊される所までいっている。


「それでね。警察からいろいろ聞かれたけど。お咎めはなくて、逆に教団の幹部を倒したことで表彰状を貰えるみたい」

「よかった」


 これで、警察に捕まったら面倒だ。


 相手が新魔教団の奴らとはいえ、片腕を損傷させたことは何か言われるかと思ったが何とかなったみたいだ。


「警察の方は気にしなくてもいいよ。いざとなったら実家の()()()()()()()()()()()()()。それで、被害はこんな感じなんだって」


 城井がテレビをつけると、昨日のニュースが流れた。


「なんだこれは」


 冒険科と魔法科のある校舎を含め、体育館などの関連施設までも空爆でもされたかのように壊されていた。


『昼過ぎに下徳高等高校にて、新魔教団と名乗る集団による襲撃で軽症者150名。校舎の半壊などの被害が発生しました。この事件での重傷者、死者はいないとのことです』


 アナウンサーがそう言っている。

 死人が出なかったのは良かったが、怪我人が多いのはあまり良くはないな。


『犯行声明によると、この事件はこれから特級ダンジョンを攻略する『白の珈琲』への警告を目的といる模様です。今回の事件を受け下徳高校は――』


 謝罪会見に切り替わるタイミングで録画が終了していた。


 『白の珈琲』への警告か。あいつらは佐月先輩に痛い目に合わされているし、恨み込みでの行動なんだろうな。


「これでしばらく休校なんだって」

「そうか」

()()()一緒にいられるね」


 休校になったのはラッキーだな。

 この体じゃ学校なんていけない。


「あと、リコちゃんが久木くんと電話したいって言ってたから、ビデオ通話してもいい?」

「ああ」


 城井が机を出して、そこにスマホを置いた。


『もしもしー。大丈夫っすか?』

「ああ。なんとかな」

『それは良かったです』

「今回の件は助かった」


 結果として俺はリコ助の奴にかなり助けられた。

 もし、あの時俺を止めてくれなかったら、今頃町を破壊して警察病院にいたことだろう。


『全然、いいっすよ。こっちも好きでやっているんで』

「ありがとう」

『話は変わりますけど――』


 リコ助が何かを喋ろうとした所で病室の扉が開いた。


「カズくーん。お久しぶりー」


 入ってきたのはふわふわの髪にふわふわした服を着た全身的に角がない女だった。


 俺はこいつを知っている。


 中津由宇(ゆう)

 同級生で同じ小、中学校が一緒だった幼馴染だ。


 佐月先輩の妹で、昔から付き合いがある。

 だが、高校は別の場所に行っているはずだ。


「ユウ。なんで、ここに?」

「こっちも休校になってねー。カズくんのお母さんがここにいるよーって。だから、来ちゃったー」


 ユウはそのまま城井のいない方の隣に来てからテーブルに物を置いた。

 牛乳五パックと小魚とアーモンドが入った袋がたくさんある。


「牛乳とー。小魚だよー」

『げっ。この声は』

「? だれー」


 ユウが机に置かれていたスマホを覗き込んだ。


「わー。リコちゃんだー」

『あっ。え。あ。お久ぶりです』


 リコ助は隠れようとしていたが、見つかってしまい目を泳がせながら挨拶をした。

 なぜか、リコ助はユウを怖がっていていつも震えながら話している。


「あ、あの。どちら様ですか?」


 城井が突然現れたユウに質問をした。

 ユウも城井の事を知らないだろうし、共通の知り合いである俺が仲介した方がいいか。


「こいつは中津由宇。俺の幼馴染で佐月先輩の妹だ。んで、こっちが城井由香里。俺のパーティーの仲間だ」

「よろしくねー」

「う、うん」


 まあ、ユウもあまり知らない人間とは喋らない奴だし、人見知りの城井でもなんとかなるだろう。


「ストローさしてー。飲めるー?」

「なんとかな」


 紙パックの大きな牛乳をストローで飲むなんて考えたこともなかった。


 今は体が動かないからこれでしか飲めないが、もっとコップに入れるとかして欲しかった。


「あーん」


 口を開けると小魚を詰め込まれた。


 ユウは他人の扱いがあまりに雑過ぎる。

 今も俺の腕に体重を掛けていて、激痛がするし、食べさせ方がちょっと強引なんだ。


「わ、私がやるよ」

「んー? お願いー」


 城井が代わると言ってくれて、ユウが俺の腕から手を離した。


「飲みやすい様にコップ取って来るね」


 そう言ってから、城井が病室から出て行った。


「いい子だねー」

『由宇さん! わざと適当にやってましたよね!』

「んー? リコちゃんは可愛いこというねー」

『あっ。やめ。やめて下さい! 画面越しでも。ちょ』


 ユウはスマホの画面撫でた。


「カズくんは頑丈だから乱暴に扱ってもー。()()()()からいいよねー」

「普段はそれでもいいが、今日は止めてくれ。一応、絶対安静なんだぞ」

「んー? でも、大丈夫だよねー」

「お前の握力。俺よりも高い事忘れるなよ」


 ユウは佐月先輩の妹ということもあって、身体能力が非常に高い。


 こんなふわふわして運動なんて出来なさそうに見えるが、実際は俺よりも動けるし力がある。

 冒険科に来ていればかなり優秀な人材になっただろうな。


 ただ、本人の性格までふわふわしている影響で冒険科には来なかった。


「そーそー。おにーちゃんがこれ。あげるって」


 ユウが机の上に真っ黒な手袋を置いた。


「一等級なんとかって言っていたよー」


 一等級のダンジョン装備。

 この革製の手袋には見覚えがある。


 半年前まで佐月先輩が使っていた装備だ!


「なんで、こんなものを俺に」

「前のお手伝いのお礼だってー」


 前のお手伝い?


 ああ、三等級のダンジョンマスターを倒した時の事か。

 あの時は先輩たちとダンジョンに行けたこと自体が報酬だと思っていたが、こんな装備まで貰えるなんて、あまりに貰いすぎている。


「これは返しておいてくれ」

「えー。やだー」

「こんな高価なものは受け取れない」


 佐月先輩が使っていたという付加価値もあるが、この装備は一等級のダンジョンでしか入手できない装備だ。

 一等級の装備となると値段にすると億は下らない。


 そんなものを受け取れる訳がない。


 俺がやったことは三等級のダンジョンマスターを倒しただけで、この装備を受け取るだけのことはしていない。


「あげるー」

「だから――」

「あげる」


 ユウが俺の腕を掴んだ。


 ヤバい。こいつ断ったら折ってくる。

 ユウのゴリラ並みの握力を持ってすれば、今の俺の体を粉砕することなんて難しくもない。


「じゃ、じゃあ、ありがたく貰っとく」


 手が離されて恐怖から解放された。


「お待たせ。コップ持ってきたよ」


 城井が戻ってきてくれた。

 これ以上、ユウといると体がいくつあっても足りない状態になってしまう所だった。


「帰るねー。カズくんは頑丈だから明日には治っているよー。ばいばーい」


 ユウが出て行った。


『はあ、やっと帰ってくれました』

「ざんねーん。今からリコちゃんの家にいくねー」

『ひぃ!』


 一瞬で戻ってきたユウがリコ助を脅した。

 脅しの効果は抜群でリコ助は悲鳴を上げてから通話を切った。


「今度こそばいばーい」


 そう言ってユウは今度こそ帰っていった。


「さっきの子……いや、なんでもないよ」


 城井が俺の手を握った。


 一瞬、目が死んだような感じがしたが気のせいか。



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