22話 受け取る狂気
何度も殴られているうちに、城井が来て、庇って、告白されて、承諾した。
さっきまで起こっていたことを簡略化するとそんな感じ。
そして、今は夢の世界にいる。
目の前には真っ黒い人型の炎が立っていた。
「我を完全に開放してしまったな」
「ああ。そうだな」
こいつは俺のイライラの原因を擬人化したものらしい。前にも夢の世界で出会った。
「どうするつもりなのだ? 今までものとは比べ物にならぬぞ」
こいつの拘束を開放していくことで俺の力は強化されていく。その代わりに理性がなくなって、人間相手に容赦のない攻撃をしたりダンジョンで暴れたりしてしまう。
おそらくだが、今日の朝ごろの暴走は《憤怒第四開放》だった。
それで、今回が完全開放された《憤怒第五開放》だ。
第四開放の時は美祢の奴をあと一歩で殺そうとしてしまった。
あの時な何とかギリギリで理性を戻すことができたが、あれはゆーちゃんの顔を思い出した事と美祢と敵対していなかったことも殺さなかった要因になっていた。
だが、今回の相手は完全なる敵だ。
多分、このままだと一瞬で殺してしまうだろう。
別にあんな奴は殺してしまっても構わないが、それじゃあ俺は何一つ成長出来ない。
「城井が壁を越えたんだ。俺だって何かしら成長しないとな」
城井は葛藤の末、ゆーちゃんというキャラクターではなく。城井自身の言葉で俺に告白してきた。
「そうか。ならば、我が見届けようではないか。せいぜいあがいてくれ」
真っ黒い炎が俺と同化していくにつれて、意識が現実世界に戻っていった。
――――――
意識が戻った時には立ち上がっていた。
俺をバカみたいに殴っていた奴の片腕は消し飛んで断面から栓の外れた水道のように血が溢れ出ていた。
ただ、そんな冷静な状況分析ができたのはこの一瞬だけだ。
一瞬で、世界が変わった。
城井以外の存在がすべてなんというか表現しにくいが、美しくない。
幻覚を見ている気分だ。
やはり、完全開放が格が違う。
壊したいとかいうものではない。全部が触れたら消えてしまいそうな脆く醜いものに見える。
とりあえず、もう目の前の人間なんて脅威でもなんでもない。
「化け物め。やったか」
首を掴んで城井から離れると体を覆いつくす爆発をしてきたが、なんだこれ。そよ風にもならねぇぞ。
「殺せ! お前みたいな化け物に殺されるなら本望だ!」
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――
いや、殺したらダメだ。
優しく。優しく地面に叩きつけた。
コンクリートの地面に罅が入ってしまったが、こいつは自分で頑丈だと言っていたし死ぬことはないだろう。
さて、こっからが問題だ。
なんとか理性を取り戻したいが、どうすればいいかまるで分からない。
時間が経つにつれて近くにあるモノすべてを壊したくなる。
今なら軽く拳を振るえば辺り一面を更地にすることも可能な気がする。
クソ! 俺の自制はここまで低かったのか!
腕を振り上げた。これを下ろせば周辺が綺麗になる。
「今日は由香里ちゃんが壁を乗り越えて、アニキが本来の姿になったいい日っすね。録音できていれば最高だったんですけど、まあ、よしとしましょう」
リコ助が姿を現した。
「に、げろ」
目の前にいる生物が非常に不快に感じる。
このままではリコ助に危害を加えてしまう。
「うちの異能をお忘れで? 制御できていない打撃ならうちでも対処可能っすよ」
ほぼ無意識に放っていた拳をリコ助が受け止めた。
『あなたの狂気を受け取って』で俺の能力をパクったから受け止められたのか。
すぐにリコ助は体が触れ合うギリギリの距離まで詰め寄ってきた。
距離が詰まった状態なら、俺の攻撃はかなり弱くなる。
だが、それでも人間を殺すには何も問題がない威力は出せる。
「アニキの身体能力を借りている時はなんだか、しっくりするんすよ。まるで、元からうちがアニキだったんじゃないかって程、馴染む。初恋の相手ですし、アニキの事を知れば自分の性が分かるかもって思ってます」
俺の打撃を捌きながら、リコ助は喋り始めた。
「クエスチョンニング。うちは自分が男か女か分からない人種なんすよ。この異能のせいか、性欲がないせいなのか。自分の事が分からない。だから、自分を知る為にアニキのすべてを知りたかった。盗聴も盗撮もアニキをすべて知る為にやってきました。でも、答えは見つからなかった。男の事を好きになっても私は自分の性に悩み続けていた。昨日、私はもう一人の子に恋をしました」
リコ助がタックルをして。俺を押し倒した。
「由香里ちゃん。心に闇を抱えながらも自力であがく彼女の姿に惚れました。更に今日の壁を乗り越えたシーンは最高でした。あっ。勿論アニキのことも大好きなままっすよ」
俺が暴れないように腕と足を抑えている。
リコ助の目を隠す前髪が重力に従って垂れ下がり、いつも隠れている目が俺の目をしっかりと見つめていた。
「それで、大好きなもの同士がくっついた時、尊いな。って初めてそんな感覚になりました。うちの悩みがどうでもよくなるほどの感動を与えてくれた。心の底から二人には幸せな家庭を築いて欲しいと思いました。だから、こんな所でアニキが暴れて咎められる訳にはいかない。安心してください。全部都合のいい方向にうちが持っていきます」
体が重くなっていっている。時間切れだな。
リコ助のお陰で被害はかなり小さいものになっている。
「あとはたのんだ」
視界が外側からゆっくりと確実に真っ黒に染まっていく。
流石に《憤怒第五開放》となると代償も重く、意識が強制的に落ちていく。
後の事はすべてリコ助に任せて俺は眠った。
――――――
戦闘が終わった跡地にはリコ一人しか立っていなかった。
「さーてーと。ここら辺の壊れたものは全部あのおじさんに責任を負って貰うとして……そこに隠れている人たちは出てきたらどうですか?」
「ふーん。よく分かったね。こっちは集団で透明化していたのに」
リコが視線を向けた先に数十人の武器を持った男たちとリーダーらしき中学生に見える男が現れた。
「まさか、一年生に負けるなんて同じ大幹部として恥ずかしい限りだ。君は一体何者なんだい?」
「何者? さあ、それが分かっていればこんな苦労はしていないっすよ」
リーダーの男は首を傾げた。
「死にたいの? この人数相手に勝てるなんて思っていないよね。警察も来ない。時間稼ぎも無駄になる」
「きゃー。怖いなー」
明らかな棒読みで挑発をした。
「面白い女だ。態度も顔も好み。胸がないのが残念だけど、それでもいい。君の目が見てみたい」
「なるほど、うちが普通の女だったらここは気持ち悪いと思うのが普通なんですよね。まあ、うちは普通じゃないので、よく分かりませんが」
「じゃあ、無理やり犯した後捨てていいんだ」
「論理の飛躍がお得意っすか? これでも勝てるのならトライなさってみては?」
リコは近くにあった街路樹に手を振るった。
すると、木が四本の線が引かれ切断された。
異能によるものではなく単なる身体能力によるものである。
風圧が刃物となっていた。
「なるほど、こうなりたくなければ見逃せと」
「逆っすよ。こっちが見逃してあげるんすよ」
「……お前ら。帰るぞ」
男が背を向けた。
「この人数差があれば勝てます。なぜなんですか?」
「バカか。中津ひとりに勝てない程度の戦力じゃあいつには勝てない。あいつは身体能力だけならあの死神に匹敵する」
「し、死神!? それはあまりに過大評価なのでは?」
「お前は僕の評価を疑うのか?」
外から見れば大人が子どもに恐怖しているように見えた。
「い、いえ。そんなことは」
「ならいい。あの緑コートの女は危険だと通達してこい」
「はい」
新魔教団はその場を去っていった。




