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21話 逃げない覚悟

 どうしよう。どうしよう。

 久木くんが死んじゃう。


 あの男の人。本気で殺す気だ。


 打撃のはずなのに一発殴る度に久木くんの体から血が飛び散っている。


 なんで。なんでこうなっちゃったの?


 いや、原因なんて分かり切っている。


 全部私のせいだ。


 あの人は私のSNSから私たちを特定してから襲ってきている。

 だったら、全部私が原因で久木くんはこんな暴力に晒されているの。


 なのに久木くんは私に魔法を使う様に指示しない。


 多分、久木くんも気づいているはず。


 私がゆーちゃんという存在の後ろに逃げてしまったこと。


 お願いされなくても《憤怒開放》をしてあげた方がいいことなんて分かり切っている。


 でも、ゆーちゃんの状態だと私は《憤怒開放》を使えない。


 すぐに髪色を戻して魔法をかけてあげたい。あげたいんだけど……


 体が震えて動かない。

 異能なんてちょっと意識すればできるはずなのに全然、髪の色が変わらない。


 こんな大事な時にも逃げて、私。私なんて。


 久木くんが私にかまってくれる要因の魔法と料理を完全に失ってしまった。


 こんな私なんて久木くんは見向きもしてくれない。

 もし、関わりがなくなってしまったら……


 今すぐ、消えてなくなりたい。


 この世に元から存在なんてしたくなかった。


 だって、だって、久木くんがいない私なんて相手を不快にさせる魔法しか使えない役立たずなんだから。


 おまけに根暗な私は魔法が使えないと隣にいる価値なんて皆無なんだ。


 でも、ゆーちゃんの状態だったら久木くんは好きだって言ってくれた。

 だから、私は今後ゆーちゃんとして生きて久木くんの為に生きたいと思っている。


 ゆーちゃんだったら、久木くんを笑顔にさせてあげられる。あれだけ見つめてくれたし、夜の方もきっと満足してくれる。


 私に存在価値はないの。ゆーちゃんという付加価値を付けてようやく久木くんが認めてくれる。


 どうしよう。久木くんが私を庇ってずっと粘っている。


 こんな時、ゆーちゃんだったら……


「また、悩んでいるの?」

「私なんて。ダメ人間だから……」

「大丈夫だって。君はダメなんかじゃないから」


 私を励ましてくれるのは天使の羽が生えた銀色の髪をした少女。


 いつも、辛いことがあった時に私を励ましてくれるこの子は顔も見えない。


「魔法も使えないで久木くんの足を引っ張ってばっかりなの」

「じゃあ、なんで指示に通りに逃げないのかな? だって、それは君がまだいけるかもと思っているからだよね。魔法を使えるかもって」

「でも、でも……」


 この子は私の思っている所を的確についてくる。


 久木くんに言われた通り逃げた方がいいことは分かっている。

 でも、もし逃げた結果、久木くんが死んじゃったらどうしようって考えて何もできなかった後悔を背負い込むのが怖い。


()()()()考えるといいよ。君なりの答えが出せればそれでいいじゃないかな」


 ゆっくり。ゆっくり考えて……


 この子はいつも甘い言葉で誘惑してくる。


 そういえば、久木くんも私が欲しい言葉を常に言ってくれていた。

 甘い甘い。私の大好きな言葉と行動の数々。


 十五年も生きてきて、ようやく分かった。


 私って甘い言葉に弱くてすぐに依存しちゃう人間なんだ。


 私が大好きな甘い甘い砂糖を奪う奴は許せない。

 ただ依存しているだけじゃダメだ。


 私が独占して()()()()()それだけの気兼ねがないといけない。


 そして、もう一つ。私は甘え過ぎていた。


「今までありがとう。あなたにはいっぱい励まされた」

「それが君の選択ならいいと思うよ。私は全部肯定するよ」

「あなたに会うことはもうないと思う。本当に、今までありがとう」


 私には久木くん()()いればいい。


 この子。ううん、ゆーちゃんに頼るのはもうやめる。


 甘さ(ゆーちゃん)を捨てる代わりに私は強くなる。誰にも久木くんを渡さない。

 例え、佐藤さんであっても負けたりはしない。


 この世のすべてを敵に回しても、この世のすべてに見捨てられても私は久木くんの為に動く。


 久木くんは頑張って成長をしている。そんなすごい人の隣にいる私も強い心を持っていないといけない。


 強い心を得るには甘えたままじゃダメなの。だから、私は捨てる覚悟を決めた。


 銀髪の天使が消えていく。もう、彼女は要らない。


 もう、何も怖くない。

 要らないものをすべて捨て去って、私は久木くんの為だけの存在になる。


 光莉さんへの憧れよりも、今は久木くんへの想いの方が強い。


 髪を括って、前に進む。


「嬢ちゃん。いい目になったな」


 両手を広げて血まみれで満身創痍の久木くんの前に立った。


「ただ、いくら覚悟を決めた所で力の差はひっくり返らない」

「あぶない」


 久木くんが私を押し倒して、男の人の攻撃を避けた。


 倒れた久木くんの体は既にボロボロで、優しく触っても骨が折れていることが分かるほど。


 私の決断が遅くなってしまったせいでこんなにしてしまった。

 でも、もう悩んだりしない。


 私は久木くんにキスをした。


「久木くん。大好き」


 これが私の想い。ありったけの魔力を込めた告白。


「おれもだ」


 弱々しい声だったけど、久木くんが返事をしてくれた。


「結局、心以外は強い奴はいなかったな。もう楽にしてやる」


 私たちを殺そうと手を差し出して来たおじさんの手が()()した。


「なっ。お前――」


 久木くんから黒いもやが溢れ出ている。


 そして、ゆっくり静かに立ち上がった。



 

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