19話 逃避デート
今日は学校をサボって城井。いや、ゆーちゃんと川沿いを歩くことになった。
目的地も何も決まっていない。ただ、何もない場所を歩いているだけだ。
ゆーちゃんは上機嫌なのかさらさらの銀髪を揺らしながら歩いている。
笑顔を絶やすことなく、黒髪だった頃の人見知りそうな顔は全く想像が出来ない。
はっきり言って、ゆーちゃんの状態の方が人気は出るだろうな。
だが、城井は多重人格者でもないし、あくまで演じているだけだ。
ゆーちゃんという人物を演じて、現実逃避をしている。
ゆーちゃんは何も言わないが、俺はそう感じてしまった。
「和希くんはなんで下徳高校の冒険科に来たの?」
唐突にそんな質問された。
俺が、冒険者になろうとする理由は世界最強のパーティーを率いる佐月先輩に憧れたからだ。あの人みたいになりたいから同じ高校、同じ学科を選んだ。
「佐月先輩に憧れたからだ」
「へー。どんな所に憧れたの?」
どんな所か。
言葉を上手くまとめられるか分からないが、思いついたものを言うか
「主には強さと優しさだな。中学時代の俺を鎮静してくれたのもあの人だし、気にかけてくれたのもあの人以外にはリコ助ぐらいだったな」
「憧れってなんだろうね」
ゆーちゃんが立ち止まった。
「私は光莉先輩に憧れて、あの人みたいになりたい! なんて思っているけどね。実際の所はインターネットの不特定多数からチヤホヤされたいだけなんだよ。承認欲求ってやつを満たしたいだけなの」
ゆーちゃんは明るい口調で言っているが、かなり重いことを言っているな。
俺と城井は『白の珈琲』の先輩たちに憧れて冒険者を目指している。
俺は佐月先輩みたいな強さを。城井は光莉さんみたいにSNSで世界を照らせる人間になりたい。
この欲求で頑張ろうとしている。
未成年はダンジョンで死ぬことはない。
だから、今の所冒険者というものに命を懸けている訳じゃない。なにか使命を感じている訳じゃないし、自分勝手に色々やっているだけだ。
「憧れだからっていい感じに言えるけど。私は結局、主体性がないだけだよ」
「主体性? どういうことだ?」
「自分なりにゴールを決めずに他人の真似事ばっかりしてしまっているってこと」
なんか、難しい話になり始めた。
主体性とか言われても俺にはピンとこない。
「ごめんね。ちょっと川の流れを見ていて、自分って何だろうって疑問に思っちゃっただけだよ。特に深い意味はないよ。あっ! この匂い。たい焼きの移動販売だよ! 一緒にいこ?」
ゆーちゃんは俺の手を引っ張った。
相変わらず非力だったが、俺はその手引きに逆らうことは出来なかった。
――――――
「甘くてあったかくておいしいね」
「ああ。そうだな」
たい焼きを食べるのは久ぶりだったが、やはり出来立ては美味しい。
「和希くんはつぶあん派? こしあん派?」
「どっちでも。味は変わらないんだろ」
「えー。確かにそうだけどー」
ゆーちゃんがほっぺを膨らませた。
それに対して、俺はどんな反応をすればいいか分からずに首を傾げた。
「ははははっ。和希くん。その反応面白いね」
「そうか?」
なにかよく分からなかったが、ゆーちゃんが笑ってくれた。
まあ、変な空気になるよりかは全然いいか。
「ふっ」
「あっ。笑った」
俺の顔を指差して来た。
そんなに変なことだろうか?
「和希くんって表情に出ないから、楽しいか不安になるんだ。笑顔なんて、なにげに初めてみたかも」
「そ、そうなのか」
確かに俺はあまり気持ちを表情にして出すことはあまりない。
リコ助も昔、「アニキは感情が表情に出ない」って言っていたな。
「でも、これからは私がいるから、毎日笑っちゃうかもねっ!」
ゆーちゃんがニコリと笑った。
可愛いな。
ふと、そんな風に思ってしまった。
「じゃあ、デートの続きにいこっ!」
ゆーちゃんの手を握って、俺たちは再び目的地のない散歩に戻った。
――――――
次はなんとなく少し遠くにあるショッピングセンターに向かって歩いていた。
昼近くになっていることもあって、人通りが増えている。
ゆーちゃんの銀髪は珍しく、時々通行人がこちらを見てきている。
ただ、髪色以外にもゆーちゃんの状態となった城井は明るく、見た目がかなりよく見える。
あまり他人の容姿とかを気にしたことはなかったが、こうして見ると城井は元々可愛いんだな。
「んー? 顔に何かついているのかな?」
「いや、なんでもない」
じっと見つめてしまっていたみたいだ。
「あっ」
誰かと方がぶつかった。
不注意過ぎたな。
だが、混雑している訳でもないのになんで、ぶつかった?
意図的に俺にぶつかったのか、ながらスマホとかでぶつかったのか?
ちょっとした疑問から俺は振り返って、ぶつかった相手を確認しようとした。
「いてぇな。どこに目がついてんだ。ったく最近のガキは……」
スマホは持っていないし、ながらスマホの線はないな。
さらに、ジャンプ。いや、ステップを踏みながら構えた。
どうやらこれは意図的なぶつかりだったみたいだ。
「SNSは楽しいかもしれねぇが、そんな目立つ容姿でやっていると俺たち新魔教団に狙われるぞ」
「城井。少し離れていろ」
「うん」
こいつ。かなり大きい。
俺の頭一つ分高いし、服の上からでも筋肉が見える。
相手の構えからボクサーっぽいのは想像が着く。腕の長さ的に打ち合いでは俺の方が圧倒的に不利だと言わざる負えないな。
ゆーちゃんとデートをしてからメンタルも肉体もかなり回復している。戦えないことはないし、様子見をしてから逃げるか戦うか決めるか。
俺もガードを上げて構えた。
「俺と打ち合おうっていうのか! 面白れぇ」
佐月先輩の動きを意識する。
どれだけ強い攻撃だろうと、流してしまえばダメージは最小限に抑えられる。
相手が動いてからじゃ遅い。
一手先を読む。
あの構えからして相手は打撃しかしてこないはずだ。
タックルとかをされて倒れた所に組技を仕掛けてくる可能性も捨てられないが、距離を詰め過ぎなければ対応はできるはずだ。
男は近づいてきて、すぐに右ストレートを放ってきた。
ある程度予測できた動きだ。
拳を横から叩いて直撃しないように流した。
「おっと」
男はバランスを崩した。
追撃のチャンスだが、攻撃はしなかった。
理由は単純、これは罠だ。
「攻撃しなくてよかったのか?」
こいつ。足運びはプロっぽい感じがするが肝心の殴りは素人まるだしの攻撃だった。
足運びだけが得意。かなり異質な体術をやっている。
足運びも素人だったら、俺もここまで警戒はしていない。
ここから考えられるのは、相手は異能を利用した戦闘を得意としていることだ。
あと、これはあくまで直感なのだが、こいつかなり強い。
どんな異能を持っているかは不明だが、こんな正面から戦ってくるということはそれだけの自信があるということだ。
まあ、単純に筋肉の量に圧倒されているだけかもしれないが、少なくとも昨日の奴らよりは強い。
警察や他の冒険者が来るまでは防御を優先した方がいいかもしれないな。
「死ぬまでサンドバッグしてろォ!」
男は素早い動きから素人臭い力任せのパンチを何発も放ってきた。
対人戦はあまり得意ではないが、流石にこんな相手のパンチが直撃することはない。
佐月先輩の様に流して流して流しまくる。
「はぁはぁ」
数分せずに男は疲れて汗を大量に流し始めた。
それもそうだ、あんな無駄ばかりの動きをしてれば、なんてどれだけ体力があってもすぐなくなる。
「これはあいつらがやられるワケだ。だが、内臓破壊をするような残虐性はねぇよな。だれが、あいつらをやった?」
あいつら? ああ、昨日襲ってきた奴らか。
まあ、あの程度の相手だったら憤怒開放を使わなくても倒すことは出来た。
憤怒開放をしていたせいで、相手をオーバーキルしてしまったがそれは不可抗力だ。
どうやら、奴は俺じゃなくて別の人間が内臓を破壊するほどの攻撃をしたものだと勘違いしている。
事実は知っているが、何も教えるつもりはない。
「知らないな」
「まあ、お前がピンチになったら来るかもな」
その打撃はもう受けな――
なんだこれは、男から圧が出ている。
何が何だか分からないが、何か来る!
咄嗟に両手でガードを構えて後ろにジャンプした。
瞬間。
目の前が爆発した。




