1話 先輩たちの実力
今日は佐月先輩の率いるパーティー『白の珈琲』のダンジョン攻略を見せてもらう事になっている。
楽しみ過ぎて集合時間の三十分前に来てしまった。
待ち合わせ場所の駅で待っていると和服を着た女性がやってきた。
あの和服が特徴的な真面目そうな人は『白の珈琲』の榎本松枝さんだ。
下徳高校の生徒会長をしているほどの人で女性からの人気も高いかっこいい人だ。
「もしや、久木殿か?」
「はい! 今日はよろしくお願いします」
松枝先輩は刀で戦う人でどんな大きな魔物でも一撃で首を刈り取る姿から《断罪の処刑人》という物騒な二つ名がある。
今日を有効活用できるように何度も先輩たちの戦闘動画を見た。そして、誰から何を得たいかを事前に用意してきた。
松枝先輩からは隠密行動を学びたい。彼女の動きは首を切る所が印象的だが、それ以上に五感が鋭い魔物相手に死角を取る方が異常な動きなのだ。
どんなやり方で気配を消しているのか実物を見られる機会は滅多にない。
「佐月と同郷の後輩と聞いた。よければ、中学時代の佐月について少し話をしてはくれないだろうか?」
「分かりました。ただ、ちょっとお恥ずかしい話なんですけど……」
俺は中学に入ってから反抗期か何か分からないが常にイライラしていた。ちょっとでもムカついたらすぐに手が出てしまった。
だから、友達なんていうのも出来なかったし、教師からは腫物扱いをされていた。
ある日、何かがきっかけで教室の机やら椅子やらを散らかして暴れた。
同級生や教師が避難していく中、あの人は現れた。
『まるで獣だな。まだやり足りないだろ?』
これが佐月先輩との初対面だった。
当然、そんな挑発をされて逃げるような時期じゃなかった。あの時の俺は本気で殴りかかった。
今思えば、軽く遊ばれていただけだった。俺の攻撃は一度も当たる事なく体力切れするまで遊ばれていた。
すべての攻撃を流され、地面に倒れた時、俺のイライラはなくなっていた。
「まあ、こんな感じです。その後はイライラが溜まったら佐月先輩にボコられに行ってなぜか仲良くなりました」
「あの佐月に何度も挑むその心意義は流石」
「先輩には感謝してもしきれないです」
今の俺があるのも佐月先輩のお陰だ。
あの人が止めてくれなかったら今頃、少年院にぶち込まれていただろうな。
「松枝。その人は?」
榎本さんと会話していると白髪の小柄な少女が来た。
彼女は笹見光莉さん。『白の珈琲』で《純白の大盾》と呼ばれ、盾役をしている人だ。
一年生よりも小柄に見える光莉さんだが、パワーは凄まじく何十倍も大きく重い魔物の攻撃でもビクともしない。
「さっくんの後輩?」
「えっ? あっはい。そうです」
さっくんは佐月先輩の事だな。一瞬、反応が遅れてしまった。
光莉さんは『白の珈琲』のSNSも投稿していて、今の口調をそのまま文字にして書き込みをしている。
あまりネットの世界に興味のない俺でもフォローしているアカウントだ。
「写真をネットに上げたい。顔は隠す」
「勿論いいですよ」
光莉さんからは盾の扱いを学びたい。あの人の持つ力は再現できないが技は再現できるはずだ。
「中学でのさっくんの話。聞きたい」
「えっとですね……」
「光莉。後輩をいじめるなよ」
俺が話始める前に佐月先輩と川谷さん。そして、もう一人見知らぬ女子がいた。昨日言っていた俺以外の一年生だろう。
「いじめてない。お世話してた」
「冗談だよ。場を和ませようとしただけだ」
「さっくんの意地悪」
佐月先輩と光莉さんは恋人みたいに見える。距離感も会話の仕方も他の人と話している時とはまるで違う。
目の前でいちゃつかれても大して不快に思わない。
そんな二人に視線が集中している人物がもう一人いる。
俺と同じ見学組の一年の奴だ。一応、挨拶はしておくか。
「俺は久木和希。今日はよろしくな」
長い黒髪を後ろでまとめた女に挨拶をした。
黒いローブを着て、いかにも魔法使いっぽい姿をしている。
俺と目を合わせてくれないし、何か警戒でもしているのだろうか?
「ひゃ、よ、よろ。よろしくお願いしますぅ」
明らかにテンパっている。どうやら、ただの人見知りみたいだな。
まあ、見学する間の関係だし性格だのなんだのはそれほど気にする必要はない。
「名前を教えてくれるか? 呼びにくいとダンジョンで何かあった時に不便だから教えてくれると助かる」
「え、あっ。す、すいません。わ、わたしの。うっ……」
なんか、今にも吐き出しそうな感じになっている。
流石にここまでの人見知りには初めて出会う。
これ以上、人見知りで吐き気が悪化しないように離れようとしたら川谷さんが間に入ってくれた。
「彼女の名前は城井由香里ちゃん。見ての通りの魔法使い。闇魔法が使えるよ。あと、異能もあって髪の色を変えられる」
川谷さんが代わりに説明してくれた。
なんだろうな。川谷さんは人を見る目が凄い。
今回は俺でも分かったが、城井の奴。あと少しで吐きそうになっていた。俺は顔色から分かったが、川谷さんは顔すら見ずに反応していた。
「無理すんなよ。無理してまで俺と話す必要はない。俺たちの目的は先輩たちを観察して自分の糧にすることだろ」
極度の人見知りか。冒険者になりたい魔法使いにとっては致命的な欠点だな。
だが、それを俺が気にする必要はない。どうせ、今日だけの仲だ。
挨拶が終わると、佐月先輩が手を叩いて注目させた。
「よし、全員揃ったな。これから三等級のダンジョンに行く。俺たちの実力なら楽に攻略できるが油断はするな。後輩を守りながらになるが、昔やった護衛依頼よりも対象が強い分、楽にできる。命を大事にいくぞ」
ダンジョンは強さにバラつきがあり、それを等級で表すことになっている。最低の十等級はその辺の少し動ける高校生でも攻略できるが、一等級になると軍隊を投入しないと攻略できないほどになる。
今回行くダンジョンは三等級。これは本来、下徳高校のトップ層がギリギリ攻略できるレベルだ。
「俺、死ぬのには慣れているんでいざとなったら捨てて下さい」
ダンジョン内では未成年が死んでもダンジョン外に叩き出されてしまうだけで死ぬことはない。
『鋼鉄の爪』で下積みをしていた時にも何度も死んで流石に慣れた。
「和希。俺の前で楽に死ぬことは許さない。せめて、抗ってから死ね」
「はあ、分かりました」
死ぬことなんて冒険科なら当たり前のことだ。そこまで気にすることではない。
まあ、先輩に言われたし死なないように立ち回るしかない。
――――――
三等級ダンジョン九階。
やっぱり『白の珈琲』の人たちは格が違う。
歩くスピードでしか進んでいないが、一回も足を止めない。
何度も魔物が突っ込んできている。
だが、光莉さんが盾で受け流して転ばせ、松枝先輩が首を刎ねる。
この一連の流れだけで、二メートルはある赤い肌の鬼。オーガの群れを完封している。
一体だけでも厄介な魔物なのにいとも容易く流れ作業のように殺していく。
「強い」
動画で見ていても分かっていたが、リアルで見ると更に実感させられる。この人たちは強さの次元が違う。
「あの二人はリミッターを外しているから強い。技も技術もある人間が魔物以上の力を得た結果があの二人の肉体だ」
「リミッター……ですか?」
「ああ。そうだ。お前にも使えると俺は見込んでいる」
リミッターか。確かにあの二人の動きは人間のものではない。
松枝先輩は居合しか使っていないが、刀の残像が僅かに見えるだけで抜刀と納刀は全然見えない。
光莉さんに至っては重戦車だ。目の前の魔物が可哀そうに見えてくるぐらいの力の差がある。
俺もあの次元に行けるのだろうか?
先輩は俺もリミッターを外せると言っていたが、あのステージに立てるほど強くなれるのか。
俺が悩んでいる間にも進み、あっという間に十層目のダンジョンマスターのいる最終階層前の階段までやってきた。
ダンジョンマスターは最終階層に一体だけいる強い魔物だ。
こいつを倒せば魔石が現れる。
「松枝。ボスの特徴は?」
「少し大きなミノタウロスだ。斧を持っている」
「よし。和希。行ってみるか?」
多分、今かなり無茶ぶりされている気がするが先輩からの指示だ。逆らう訳にはいかない。
ただ、流石に素手だと勝ち目はない。
「やりたいのは山々ですが、武器がなくて」
「どんな武器を使いたい?」
「剣とか刃物があれば……」
「松枝」
「私ので悪いがこの刀を使うといい。一等級の装備だ」
そう言われて、一本の刀を渡された。
えっ。マジですか? 装備の性能は十分すぎるがそれを使う俺のスペックがまだ三等級のダンジョンを攻略できるほどないんですが?
「あの頃の獣みたいな暴力をぶつけてこい。死にそうになったら徳人が援護する」
「一瞬で魔物の足関節を破壊するからよろしく」
先輩の指示は断れないし、特攻するつもりで階段を下りた。