16話 依存する彼女
城井が倒れたと聞いて保健室まで走った。
「あれ、久木くんじゃん。なんで、そろそろ授業が始まるのにどうしたの?」
保健室の前に昨日の昼に城井を侮辱していたギャルっぽい魔法科の生徒が立っていた。
「どけ」
こいつのことはどうでもいい。邪魔をするなら力ずくでも通る。
強気に歩いていると女が俺の足元に火魔法を放ってきた。
「私の名前は佐藤芽衣。あなたのパートナーとなる魔法使い」
――なんだこいつ。昨日とまるで別人みたいだ。
こんな場所で魔法をぶっ放す異常さもあるが、それ以上に目がヤバい。
これほどの狂気を孕んでいる視線を受けるのは生まれて初めてだ。
俺はこの女の事を全然知らないが、少し怖いとすら思ってしまった。
何があれば、たった一日でここまで変化するんだ?
「殴られたいのか?」
「勘違いしないで欲しいなぁ。私は久木くんから悪い虫に追い払ってあげているだけなんだよ」
こいつ。頭が可笑しいのか?
「私以外の女がいたって何にも意味はない。だってぇ。私だけが居れば十分でしょ!」
城井の奴。いつもこんなヤバい奴にイジメられていたのか。
俺ですら逃げてしまいたいと思ってしまうほどの圧がある。
こいつにイジメられたら、そりゃあ自己評価もあんだけ低くなる。
「由香里が作ったクソみたいな弁当は全部燃やしたから、今日は一緒に食事してくれるよね」
城井が倒れた原因はそれか。
殴って気絶させる手もあるが、ここで暴力を振るって面倒ごとになるのは良くない。
また先輩の技を借りるか。いや……
「処刑術。空蝉」
「まさか、外から――」
窓を開けて外に勢いよく飛び出た。
それほどの高さはなく、地面に着地してから、膝で衝撃を流して、すぐに窓際に隠れた。
女が駆け寄って来て、窓から顔を出した。
「早い。もう、保健室に行っているかも」
さっきの技名みたいなのはブラフだ。あれだけ、勢いよく飛び出れば高速で動く技か何かかと勘違いする。まあ、仮に見抜かれたとしても、窓の下になんているとは思わないだろう。
こいつには二つの選択肢がある。
一、窓から降りて、俺を追いかけようとする。
これをしてきたら足を掴んで転ばせてその間に扉側から保健室に行く。
二、下駄箱から外に出て、俺を追いかける。
これをしてきたら、普通に中に入ってから保健室に行く。
あれだけ俺に執着している奴が諦めたり、その場で立ち尽くすなんて考えられない。
「よし、下駄箱に行ったか」
一番楽な方にしてくれた。
これなら攻撃をするまでもない。
俺は保健室に入って、先生に城井のいるベットを教えて貰い。カーテンで仕切られた中に入った。
――城井が布団を頭から被って震えていた。
「城井。俺だ」
城井はゆっくりとこっちを見た。
そしてすぐに、土下座をしてきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
それは謝罪ではなく呪詛みたいだった。
昨日まであれだけ元気だった少女とは思えない暗く重い声だ。
「城井……」
近づくと俺の服を思いっきり握り絞めて決して離さないという意思が伝わってきた。
「私には久木くんしかいないの。お願い見捨てないで!」
可哀そうな奴だ。
俺は何も言わずに城井の背中に手を回した。
「私は攻撃魔法も使えなくて、何も出来ないのに、その上、久木くんの食べる弁当までダメにしちゃって。私の価値なんてないのに。気も弱くてコミュ症だし、そのせいで他の人たちも入れられなくて、こんな地味な見た目で陰キャで。拘束しようとしたり、自分の血を飲ませたりして。メンヘラで久木くんの愛を受けようだなんて考えたり。好き。久木くん。好き好き好き。起きている時も寝ている時もずっと久木くんのことばっかり考えてる。実家はお金持ちで将来安泰だから、久木くんの為ならなんだって差し出すし、この体も好きにしていいよ、ううん。好きにしてどんなことだって、久木君の為なら受け入れられるよ。だから、見捨てないで。性欲のすべてを私にぶつけてもいいから。暴力をいくら振るってもいいから、私、わたし、久木くんの為なら何でもやれるよ」
一通り言い終わった後、城井は泣き始めた。
城井の言葉は一言一句聞き逃さなかった。
だが、これはすべて忘れる。
城井にとって、さっき吐き出したことは本音なんだろうが、まだ隠していたかったに違いない。
こんな弱った所で聞いた言葉なんて忘れた方が俺の為にも城井の為にもいいだろう。
俺としては城井が良い奴だってことは知っているし、多少の事は全部許すつもりではある。
別に手足を切断されたり、猛毒を飲まされたりしない限りは城井を見限る気はない。
城井は数十分泣いた後、疲れたのか眠ってしまった。
「俺はお前を信じている」
聞こえてはいないだろうが、俺は最後にその言葉を掛けた。
あれだけ感情を吐き出せれば、精神的には問題はないだろう。
後は保健室の先生がどうにかしてくれる。
それで、俺は今。
――非常に不愉快だ。
イライラとは違う。
城井みたいないい奴がなんでこんな目に合わないといけないんだという怒りはあるが、イライラとは違う。
この心を表す言葉が見つからない。
不愉快。俺の知っている語彙の中じゃあ、これが一番しっくりくる。
俺自身は何もされていないのにこんな感情になるもんなんだな。
このままじゃ不味いな。
学校の中だというのに自制がなくなり始めている。
今の気分はぶっ壊すじゃなくて、すり潰したい気分だ。
保健室から出ると城井をイジメた女が立っていた。
「聞いていたけど由香里の奴、酷いメンヘラだったね。あんなの……」
邪魔だ。
腕を振ると女の体は廊下の壁に激突した。
風圧だけでこれか。
別にこいつを殺してもいいが。いいが、それはダメだ。
俺は何とか心を保って外に出た。
学校の近くにできた五等級のダンジョンへ向かって行く。
あそこならいくら暴れた所で誰にも邪魔されない。迷惑にもならねえ。
一歩進む度に体が軽くなっていく。だが、それに反比例するかのように足音が重くなる。
学校の校舎を粉砕したい。砂になるまで粉砕したい。
破壊衝動が収まらない。全部、全部を捻り潰したい。
自分を抑圧しながら歩く。
ダンジョンの入り口が見えた。あそこにさえ入れば、好きなだけ暴れられる。
「おや。こんな時間にうろつくとは不良生徒だったのか?」
白い髪の女。
美祢。
「死の匂いが消えて。ああ、最高の匂いだ。やはり、和希。君は――」
「のけ」
手を振るった。
風圧だけであいつぐらいの背丈なら吹っ飛ばせる。
「私の《氷壁》を一撃で。三等級のダンジョンでも通用したのだがな」
当たる前に氷の壁が出現しぶっ壊れた。
「不快と憤慨の匂い。怒っているのか」
いちいち、うっさい奴だな。
その可愛い顔をぐちゃぐちゃになるまで殴ってやろうか。
「通常、怒りの持続時間は十五分と言われている。なるほど……」
パチンッ
女が指を鳴らすとダンジョンまでの一本道が作られた。
誘導されているみたいで癪だが、何とか残っている自制でダンジョンに向かった。
ダンジョンに入る前に氷の壁を腕を一振りしてから破壊した。
――――――
ダンジョン内でのことはよく覚えていない。
視界に入るすべてに攻撃し、ぐちゃぐちゃにしていく。
たったそれだけ。気分は全く良くならない。
ちょっと大きな雑魚を殺して現れた石を本能で握り締めダンジョンを出た。
「ごめん。時間稼ぎしかできなそう」
「あれは本当に人間なのか?」
ダンジョンを出ると光莉さんと松枝先輩が武器を持って待ち構えていた。
『白の珈琲』のメンバーが二人も相手をしてくれるなんて光栄だな。
先輩たちなら抑える必要もないな。




