15話 片腕の生徒会長
あれから、俺たちは城井と食材の買い物に付き合った。
その後、一晩泊めて貰って翌朝早めに起きてから帰宅した。
着替えてから登校した。
「最近、魔石を狙う奴らが現れている。相手が新魔教団を名乗ったら殴っても蹴ってもいい。それ以外は逃げろよ。不用意に手を出すと後始末が面倒になる。じゃあ、これでホームルームは終了する。あと、久木。お前後で職員室な」
諸々注意をした後にカノちゃん先生が教室から出て行った。
するとすぐに洋介の奴が俺の所にやってきた。
今朝は絡んでこなかったのに急に絡んでくるな。
「カズキっち。何やらかしたんだよ」
「別に。心当たりはあんまりない」
「まあ、もし怒られても慰めてやるからなー!」
こいつはいつも冗談ばっかり言っている。
入学式の日もこんな感じで絡んで来たっけな。
「お前の慰めなんていらない」
「あー。例の彼女がいるもんな」
「彼女じゃない。仲間だ」
否定するのは面倒だったが、ここで変な噂でも広まったら城井に申し訳ない。
「じゃあ、俺は職員室に行ってくる」
どんなことを言われるかは分からないが、職員室に行くか。
職員室は魔法科との間にあって、どっちの教師も同じ所を使っている。
下駄箱前を通るから冬場は寒そうだなと思うが、今の時期は寒くはない。
「そこの冒険科の男子。少しいいか」
一人でとことこ歩いていると外から声を掛けられた。
光莉さんみたいに真っ白な髪に小柄な体の女だ。
片腕がないのか一方だけ袖がだらんとしている。
下徳の制服じゃなくて黒っぽい制服を着ているし、他校の生徒だろうか。
「私は帝東西高校一年。生徒会長の氷藤美祢という。生徒会室までの道を教えてくれないだろうか?」
首から入校許可証みたいなのをぶら下げているし、怪しい人物ではなさそうだな。他校の生徒会長なら、うちの生徒会に用があっても不思議じゃないな。
「生徒会室だな。分かった」
生徒会室は普通科のある校舎にあってちょっと遠いが、道の説明をするよりも俺が直接案内した方が楽だ。
職員室に呼び出しを受けているが……まあ、なんとかなるだろ。
「案内するから来てくれ」
外に出て、道を案内し始めた。
「よく、俺が冒険者だと分かったな」
何も会話しないのは素っ気ないし、帝東といえば《隻腕の氷結姫》についても知りたい。
三等級ダンジョンをソロで攻略した化け物と聞いた。
まあ、あくまで興味があるだけでどうしても知りたい訳じゃない。適当な会話をするだけでも問題はない。
「私は昔から鼻が良くてな。嗅げば分かる。その相手がどんな性格かある程度の思考は体臭から漏れ出ているものだ」
「……警察犬みたいなものか」
「どうだろうな。ただ、君の場合は冒険者特有の死の匂いが薄く。その先に私の好きな匂いがある。これは……」
氷藤が俺の腕に顔を近づけた。
「君、強いだろ」
「えっ」
驚いて声を上げてしまった。
「その反応。強さを見抜かれたというよりかは前に同じようなことがあって驚いている感じだな」
そうだ。俺は前にもほぼ初対面の相手に同じことを言われた。
『白の珈琲』の魔法使い川谷さんだ。
「このタイプの力に気付けるのは、川谷のお兄さんぐらいだろう。合っているか?」
「合っている。匂いだけでそこまで分かるもんなんだな」
「あの人が認めるということは、将来有望ということだな。私好みの匂いもするし……連絡先を交換してくれないか?」
よく聞こえなかった部分があったが、連絡先を交換したいということは伝わった。
「悪いな。今はスマホを持っていない。代わりといっちゃあなんだが、俺は冒険科一年の久木和希だ」
「なるほど、和希と呼ばせてもらおう。私の事は美祢と呼んでくれ」
美祢か。悪い奴じゃないし名前は覚えておくか。
「この校舎の二階に生徒会室がある。あそこの階段から上がればすぐだから分かるはずだ」
「貴重な時間を割いて貰って、感謝する。東京に遠征する時は帝東西高校に来るといい。道案内ぐらいはする」
「その時は頼む。じゃあな」
東京に遠征する時に帝東高校に挨拶ぐらいはしに行くか。
「よし、少し急いで戻るか」
走って職員室まで行った。
――――――
「ずいぶん遅かったじゃないか。まあ、いい。これを見てみろ」
職員室に着くなり、カノちゃん先生が数枚のレントゲン写真を見せて来た。
「肋骨の骨折と内臓損傷で全治半年。今は病院で寝たきりだ」
「これと俺とどう関係が?」
「昨日の奴らだ」
昨日の奴ら……ああ。あの新魔教団の奴らの事か。
「鉄パイプを使った訳じゃなくて、全員素手による打撃でやられている。これはお前がやったのか?」
「ええ。まあ」
ここまで重症になっているとは思わなかったが、あの時は憤怒第三開放をしていたのだからむしろ殺さずに済んでよかったと思う。
相手が新魔教団を名乗った以上は殺しても罪に問われることはないが、流石に殺してしまうのは後が悪い。
「周辺の監視カメラのデータを破壊したのもお前か?」
「いや。それは知りません」
監視カメラについては俺は何もしていない。
リコ助が勝手に消したのか。はたまた別の奴が消したのか。俺には皆目見当もつかない。
「そうか。ならいいんだ。あと、これについても聞きたい」
カノちゃん先生は鉄パイプを取り出した。
「昨日貸した鉄パイプだが、持ち手の部分が変形している」
確かに、パイプが変形している。
「実はこいつはただの鉄パイプじゃなくて、五等級のダンジョン装備だ」
「これが? ダンジョン装備なんですか?」
ダンジョン装備。その名の通り、ダンジョンで回収できる武器や防具だ。
装備にもダンジョンと同様に等級があり、大体取った場所の等級が付けられることが多い。
未知の物質で作られており、金属を加工するよりも遥かに頑丈だったり特殊な能力があったりするものもある。
そして、ダンジョン装備はその等級の一つでも十分通用するほどの性能を持っている。
だから、あの五等級のダンジョン装備である鉄パイプは四等級のダンジョンで振り回しても変形することはない。
「強度は異常に高いが能力は一切ない代物だ。三等級の魔物相手でも折れ曲がることはない。ここまで言えばこれの異常さは分かるな」
魔物の力は人間の遥か上を行く。そのハンデを埋める為に武術や魔法。そして異能が存在するのに魔物と同等の力を持っているということは異質だ。
「別にお前を責めたい訳じゃない。面白い提案だ。学校の近くにできた五等級のダンジョンをこいつ一本で攻略してみろ」
鉄パイプを差し出して来た。
「でも、俺のパーティーはまだ十等級です。五等級ダンジョンには入れないのでは?」
「あー。普通ならそうだが、今回は特例だ。ダンジョン攻略できたら、お前たちを五等級に引き上げる」
五等級への引き上げか。
一昨日までの俺だったらすぐに乗っていた話だろうが、今は事情が違う。
城井は魔法科の人間で死ぬことに慣れているはずがない。
上の等級になると自分の等級の二つ下までのダンジョンしか入れなくなる。
実力に似合わない等級をいきなり貰っても、ダンジョン攻略がいきなり死にゲーになるだけだ。
俺は何度も死んだことがあるから死ぬことは怖くとも何ともないが、城井に精神的トラウマになろうものなら問題だ。
あくまで理想だが、城井には一度も死んで欲しくない。
「仲間と相談してからでいいですか?」
「……これは中津たちが提案してきたことだ。あいつら程の影響力は国レベルだ。今回みたいな特例も強引にねじり込める」
佐月先輩たちが俺たちの事を評価して、早めに等級を上げられるように手配してくれたのか。
これは受けないと先輩たちのメンツを潰すことになるな。
「あーあ。先生もそんな力が欲しかったな。ほんと若いって羨ましいなー」
「これで、話は終わりですか?」
「ああ。まあ、そうだが」
「じゃあ、失礼します」
とりあえず、そろそろ一時限目が始まるし、教室に戻るか。授業が終わったら城井に事情を話してダンジョンに行くのがいいだろうな。
教室に戻ると洋介が慌てた様子で駆け寄って来た。
「ようやく来たな。お前の彼女倒れたらしいぞ」
「今は保健室か?」
「あ、ああ」
城井が倒れた? 何があったかは分からないが、これはもう授業どころじゃない。
俺は教室を飛び出た。




