13話 魔法使いの嫉妬
「クソ! 和希の奴! 俺に逆らいやがって」
放課後、男は小さな部屋で机を何度も叩いていた。
『鋼鉄の爪』リーダーの夜崎である。
「おいおい。そろそろ落ち着けよ。新人の女の子が来るんだからさ」
「チッ」
部屋の扉が開き、魔法使いが入ってきた。
「ちーす。魔法科一年の佐藤芽衣でーす」
明らかにやる気のない声色で挨拶をしてきたのは、学食で城井に詰め寄っていた少女だった。
「俺は四等級パーティー『鋼鉄の爪』のリーダーをしている三年の夜崎だ。やる気がなさそうだな」
「これがデフォなんで」
明らかに舐められた態度に怒りそうになったが、ぐっと堪えた。
「お前は広範囲の攻撃魔法を使えるんだろ」
「詠唱に時間は掛かるけど。火力には期待してよ」
魔法を使うには鮮明なイメージが必要であり、大規模な魔法になればなるほどそのイメージを構築するのに時間が掛かる。
このイメージを固める時間を詠唱と呼んでいる。
高威力の魔法を使うには詠唱が長いということはこの世界では魔法使い以外も知っている常識であり、夜崎もそれは分かっていた。
「今から実力を見せて貰う意味も兼ねて五等級のダンジョンに行く」
――――――
「なんでだ! 俺たちは四等級のパーティーだぞッ!」
夜崎たちはダンジョン内で殺されて、ダンジョンの前に吐き出されていた。
「おい。女! お前、なんで魔法を使わなかった!」
「うわ。そんな言い方する?」
和希の時のように胸倉を掴もうとしたが、相手が女性ということもあり流石に手は出せなかった。
「そもそも、前衛が敵を受け止められてないの。こんなんじゃ、魔法使いが戦える訳ないじゃん!」
「うるさい!」
「久木くんさえいれば……」
小さな愚痴だったが、夜崎は聞き逃さなかった。
拳を芽衣のすぐ横を通り過ぎた。
「次言ったら。殺す。次は六等級に行くぞ!」
ダンジョンで死ぬことは覚悟していたが、パーティーメンバーに恐怖を感じたのは初めてだった。
――――――
「《獄炎》!」
約三十秒の詠唱が終わり、魔法が放たれた。
その威力は目に見える範囲をすべて焼き尽くすほどのものであった。
六等級のダンジョンマスターのオーガが一撃で消し飛んだ。
「う、うぅ」
しかし、既に他のメンバーは全滅。
そして、魔法を放った芽衣自身も片腕を失っていた。
ダンジョンマスターを倒した事によって魔石が現れたが、彼女は魔石を見てすらいなかった。
彼女の視線の先にあるのは剣士が落とした剣である。
残った手で剣を拾い首に当てた。
未成年ならば、ダンジョンで死んでも元の状態で地上に戻ることができる。
しかし、逆に言えば死ななかった場合は受けた傷はそのままということである。
そのため、再生不可能な傷を負った場合はダンジョンマスターを倒しても自害をすることで傷を直す場合もある。
今回、彼女は自害をすることを選んだ。
下徳高校の冒険科の入試に七等級のダンジョンに三回挑むというものがある。
七等級のダンジョンは中学生が武器なしで攻略できるレベルではなく、死ぬことを前提に考えられた入試になっている。
冒険科に所属する生徒はダンジョン内での死を恐れない人材でなければならない。
しかし、魔法科にはそんな入試は一切ない。
魔法科に所属する彼女には死ぬことに対する恐怖は強かった。
一瞬で殺されるならまだしも、自分の手で首を掻っ切ることに耐性なんてなかった。
重さか恐怖か。剣を持つ手は小刻みに揺れている。
「絶対に辞めてやる。あんなパーティー」
首から大量に出血して、激痛と共に意識を下ろした。
――――――
「私。このパーティーを抜けます」
ダンジョンから出てすぐにその一声を告げた。
「ダメだ。許可しない」
「はあ? なんでよ!」
「校則で決まってんだ。俺が許可しない限り、お前はこのパーティーを抜けられない」
彼女の表情は徐々に青ざめていった。
「今日は調子が悪い。もう帰っていいぞ」
「……さえいれば」
「あ? なんだ?」
「久木くんさえいれば! こんなクソみたいな所に入ってな――」
言い切る前に夜崎が芽衣の顔を殴った。
「どいつもこいつも。俺の事を認めねぇ。クソ! 全部、『白の珈琲』みたいな化け物と同世代になってしまったせいだ。クソ。俺だって頑張っているのによ!」
蹴りを入れようとした所で他の男たちに止められた。
「和希だって、俺じゃなくて別の奴を尊敬しやがって。誰がここまで育ててやったと思っているんだ!」
「おい。これ以上はヤバい。帰るぞ」
興奮気味の夜崎を他のメンバーが強引に引っ張り、帰っていった。
取り残されてた芽衣は恐怖と後悔で涙を流しながらも、立ち上がり男たちが行った場所とは真逆の方向に向かって歩き始めた。
誰にも顔を見られないように下を向きながら目的地もなく歩いていると河川敷に辿り着いた。
太陽が沈んでいる時間になっていることもあり河川敷には誰もいなかった。
誰もいないことを確認した後、彼女は河川敷に座って泣き始めた。
「グスッ。なんで、こんなことに……」
彼女は魔法の才能に恵まれていた。
小さい頃から、周りの魔法使いと比べて魔法の威力は誰にも負けたことはなかった。
魔法科の強い下徳高校に入ってからも彼女の魔法は誰にも負けなかった。
しかし、その高火力の魔法を利用できる職業が冒険者ぐらいしかなかった。
だから彼女は冒険者になることを目標にしていた。
魔法使いは詠唱の時間が掛かる為、必ずパーティーを組む必要がある。
勿論、彼女はいろんなツテを利用して学内にあるパーティーについて情報を集めた。
その結果、同学年の久木和希という少年がどの学年からも注目されていると知った。
聞いた人みんな口を揃えて「『鋼鉄の爪』は久木くんが入ってから等級を急激に上げた」と言っており、昇格時期のデータはそれを裏付けていた。
そして、久木に直接見た時に表情をあまり出さない顔に惚れてしまった。
同学年ということもあり、今後いいコンビになれるかもと期待していた。
だから、もっと上の等級のパーティーの誘いを断ってまで『鋼鉄の爪』に入った。
結果、このザマである。
久木は既にパーティーにおらず、しかも、リーダーのハゲは容赦なく殴って来る。
最悪のパーティーに入ってしまった。
泣き続けた結果、頭が疲れたのか涙が枯れたのか心が落ち着いていた。
帰ろうと立ち上がる前に会話声が聞こえてすぐに草むらに隠れてしまった。
泣いた跡を見られたくないというのもあったが、その声の主を知っていたから慌てて隠れた。
「久木くん。明日のお昼は何が食べたいかな?」
「城井が作ってくれたものだったらなんでも。おいしいからな」
「えぇー。うれしいなー」
その二人は久木と城井だった。
二人の表情はまるで恋人であり、お互いに緩んでいた。
(私が絶望の淵にいるのに由香里の奴……)
それを見た芽衣は城井に対して嫉妬と怒りを向けていた。
(あそこは本来、私がいるべき場所でしょ? ……あの泥棒猫。許さない許さない許さない許さないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさいいゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないユルサナイユルサナイユルサナイ――)
本人も気づいていないが、今まで城井をイジメていた理由に「弱いのにダンジョンに入って辛い思いをして欲しくない」という気遣いも混じっていた。
しかし、そんな優しさも彼女から消し飛んだ。
今あるのは純粋な憎悪。
自分に降りかかった不幸をすべて城井のせいにすることで精神の安定させてしまった。




