10話 信頼
「ごめんなさい。私のせいで……」
襲われた現場から離れていると城井が急に謝ってきた。
急に怒りを鎮火させたことで俺を危険に晒したとでも思っているのか?
「気にするな。あの程度の奴らなら素の力でも楽勝だ」
相手が対人戦特化の異能を持っていたり、相当な人数で来ない限りはあの手の奴らは怖くともない。
魔石を強奪しようとする奴らのほとんどはダンジョンから逃げた臆病者だ。
俺たちが負けるはずがない。
「私、何もできなかった」
ここで、気にする必要はないと言うことも考えたが、違うな。
「これからは最低限は動けるように一緒に訓練しような」
魔法使いが近距離で戦うことはなく、肉体の強化をなくてもいいという風潮がある。
だが、俺たちは『白の珈琲』を目標に頑張っている。
あそこでは川谷さんしか魔法使いはいないが、他のメンバーと同じ様に肉体訓練をしていたという。
ならば、城井にもある程度は運動をさせておいた方がいい。
「うん。こんな私だけど頑張ってみるよ」
「明日から頑張ろうな」
俺も暴走に頼った戦闘の欠点をいくつか見つけてしまった。
素の力を鍛えないと、今後苦戦してしまう相手が出るだろう。
特に佐月先輩みたいに圧倒的な格闘センスを持っている相手には単純な暴力は通じない場合がある。
流石にあのレベルの人間はこの世にはいないだろうが、異能による絡め手で時間切れをさせてくる相手は少なくはないだろう。
それに俺の肉体はまだまだ弱い。怒りに耐えられるほどの肉体を手に入れる為に更なる鍛錬が必要だな。
「うっ」
「久木くん! 大丈夫!?」
突如、全身に激痛が走り、倒れてしまった。
誰かに攻撃された訳じゃない。
この痛みには見覚えがある。
「ただの筋肉痛だ」
情けない事に指一本も動かせず、路上に倒れてしまった。
流石に四時間も力を得た状態で動き続けるのは無理があったか。
「どうしよう。私じゃ運べないよ」
昨日も俺を立たせようとして踏ん張っていたがあまり力を感じられなかった。
流石に城井の力で俺を持ちあげることは不可能だ。
「キシシシッ。アニキ。地べたで寝てどうしたんっすか?」
そう言いながら季節外れの緑のロングコートを羽織った前髪で目を隠した女がやってきた。
こいつは阿武莉子。盗聴と盗撮が趣味のイカれた友人だ。
「あっ。もしかして、筋肉痛っすか?」
「リコ助。お前。どうせ、全部知っているだろ」
何度も言うが、こいつは盗聴と盗撮が大好きな変態で、俺はこいつによく監視されている。
だから、こうやって来る時は既に事情をすべて知っている。
白々しく登場しやがったが、俺がこうなることを見越して行動していやがったな。
「うーん。うちは何も知らないっすよー」
そうはぐらかしながらリコ助は城井の方を見た。
「初めまして。うちは阿武莉子。そこで寝ているアニキが唯一の友達っす。リコ助って呼んでね。由香里ちゃん」
「あ……え。う、うん」
極度の人見知りの城井にとってこいつはあまりいい相手じゃない。
「あ、あの。リ、リコ助ちゃん。久木くんを運ぶの手伝ってくれないかな?」
「キシシシッ! ……いいよ。手伝ってあげる」
いつもの変な笑いだったが、少し嬉しさが感じられる声色だった。
こいつがこんな笑い方をするのは久しぶりに見た気がする。
とまあ、関心している内にリコ助が俺を米俵みたいに持ち上げた。
「えっ。えっ?」
貧弱そうに見えるリコ助が七十キロはある俺を軽々と持ち上げた事に城井は動揺しているみたいだ。
まあ、無理もないリコ助の力は特別なものだからな。
「こいつの異能は他人の身体能力をコピーするものだ。今は俺の身体能力と同じにしているだけだ」
リコ助の異能は『君の狂気を受け取って』というヘンテコな名前だが、その効果は他人の異能や魔法を含むすべてをコピーするというバカげた能力だ。
「アニキ以外の能力をパクるのは気持ち悪くなるんで、アニキの肉体以外はコピーしませんけどね」
誰もが欲しがりそうな異能ではあるが、本人がこう言って折角の異能を生かしていない。
「さーて。この人はどこに運ぼうかなー。学校もアニキの家も遠いんだよなー」
「あっ。わ、私の家が近くにあるから――」
「じゃあ、そこに運びましょう」
俺が何か言う前に即答しやがった。
「城井の迷惑になるだろ」
「そんなことはないよ。むしろ、久木くんがいてくれた方が安心かな」
「か弱い女の子が怖い大人に襲われた後っすよ。不安になるのも当然っすよ」
確かに、言われてみればそうだな。城井は襲われた事に恐怖を抱いているかもしれない。
これは俺の考えが足りなった。
俺がいた方が安心できると城井が言うのならば、家に入れて貰っても問題ではないな。
「助かる」
俺はそのまま城井の家まで運ばれた。
――――――
「そ、そのベッドに入れて貰ってもいいかな」
「了解っす」
運ばれている内に痛みはマシになったが、その代わりに眠気が襲ってきた。
「あとで、少し話があるのでいいっすか」
「ここじゃダメかな?」
「アニキの事――すよね」
「あ、あ。う――」
眠たすぎて、二人の会話がよく理解できない。
授業中に寝てはいけないのにどうしても眠たくなってしまうあの時と同じ感覚だ。
聞こえているはずなのに相手が何を言っているか全然分からない。
「すまない。少し寝てもいいか?」
「あっ。えっと。さっきの話聞こえてた?」
「わりぃ。何かあったら叩き起こしてくれ」
人の家にお邪魔してすぐに寝るなんて図々しいにもほどがあるかもしれないが、俺は耐えかねて寝てしまった。
――――――
周りが暗い。
光が一切ない殺風景な場所に俺はいた。
なんか、体がフワフワするというか浮遊感がする。
ああ。これ、夢だな。とふとした時に気づいた。
なんというか。こういうのを明晰夢と言ったか?
初めての体験で自分自身でも、正直びっくりしている。
こんな殺風景なものだとは思わなかったが、少しだけワクワクもしている。
特にやることもなく彷徨っていると突如目の前に人型の何かが全身を発光させ、周辺を照らした。
「牢獄?」
そこは、日本ではありえないような冷たそうな石畳と強固そうな鉄格子で作られた牢獄があった。
一室だけの牢獄には炎みたいな紫の炎で全身を包んだ人型の物体が捕らえられている。
こいつの拘束の仕方はもう漫画とかアニメとかでしか見たことない両手両足と壁を鎖で繋ぐタイプの厳重っぷりだった。
「久しいな」
「っ!? 誰だ? お前」
謎の物体が語りかけて来た。口もないのに喋りかけてくるとは、少し驚いてしまった。
「我はお主が『イライラ』と感じていた物を擬人化したものだ」
こいつが俺の怒りの元となっているのか?
「違う。我は怒りなどという感情ではない。理性の檻に囚われた物だ」
「分かりにくい説明だな。もっと分かりやすく言えよ」
イライラは少し黙ってしまった。
「もう、こうなれば我の存在などどうでもよい。この檻と拘束が最近よく外される。どうした?」
イライラの元凶が俺の心配をしてくれるなんてな。
暴力的な印象しかなかったが、思っていたよりも優しそうな奴だな。
「ただ、力が欲しくなっただけだ」
「リミッターを外す為だな。それならいい」
リミッターか。
『白の珈琲』の先輩たちも同じことを教えてくれた。
リミッターを外せば光莉さんや松枝先輩のように強くなれる。俺はそう聞いた。
「もし、死にそうになったら、どうにかして足の拘束とこの胸に刺さっている拘束を解くといい。元に戻れるかはお主次第だが、これまでの檻と手までの拘束を解くだけよりかはリミッターが外れる」
これまで怒りレベル。いや、城井が言っていた憤怒開放にするか。
憤怒第三開放を最大値としていたが、まだ先があるみたいだ。
ただ、第三開放の時点で俺はブレーキが効かなくなって周りの物を壊そうとしてしまう。それ以上の開放になってしまったら、自分でも何をしでかすか分かったものではない。
もし、やるにしても最後の手段という形にしておくしておくか。
「うおっ。急に揺れ始めたぞ」
地震が起こったみたいに牢屋が揺れている。
「目覚めの時だ。最後に忠告する。我の拘束を外すのは好きにするといい。だが、心が脆くなればこの鎖も脆弱化していく。あくまで我はお主が作り出した幻覚。本物は我のように優しくはないぞ」
なるほどな。
メンタルケアをしっかりやっておかないと、中学の時みたいにイライラが止まらなくなって暴走マシーンになってしまうってことだな。
「まあ、気を付ける」
そう言い残すと同時に夢の世界は消えていってしまった。




