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9話 いたずら

 魔石を置きに行くといういたずらの為だけに俺たちは七等級のダンジョンに入った。


 出入口付近で、城井と距離を取った。


「確認だが、俺に魔法を掛けたらすぐにダンジョンを出ろ」

「うん」

「俺がダンジョンから出てきたらすぐに沈静化の魔法を掛けてくれ」


 このダンジョン攻略において一番怖いのは死ぬことではなく、俺がダンジョンを出てから手当たり次第にすべてを破壊してしまうことだ。

 それをゆーちゃんの魔法で止めて貰うことにした。


「じゃあいくよ。《憤怒第三開放》」


 城井が魔法を掛けた。

 俺の視界の端っこが黒いもやに覆われた後、消えた。


 昨日と同じ感覚だ。力が漲ってきてすべてを破壊したくなる。


「じゃあ、行くか」


 七等級の魔物は武器を持ったボブゴブリンだ。

 しかも、身体能力は一般人よりも高く、耐久力も大人より数段高い。


 普通の筋力だと、鉄パイプ一振りでは死なない場合も大いにある。


 剣を持った奴が俺の前に立ちふさがった。


「邪魔だな」


 武器を振り上げる前に横腹を蹴り、壁に叩きつけた。


 魔物には血が通っていないからくじゃぐじゃになった肉片が血の代わりに壁に広がった。

 やはり、この程度の奴らでは相手にならないな。


 これ以上痛めつけても楽しめそうにない。


 ダンジョンは基本的に一本道しかないせいで、魔物と出会ったら戦闘をしないといけない。

 だが、魔物を回避して進めば戦闘する必要はない。


 ここの魔物たちはあまりにも弱すぎる。


 いくら剣や棍棒を持っていようとも、早さと力がなければ俺にダメージを与える所か攻撃をすることすら出来ない。


 走るまでもない。これはただの散歩だ。


 全部の魔物を無視してダンジョンマスターのいる場所まで進んだ。


 七等級のダンジョンマスターは豚顔のオークだ。

 人型のデブで耐久力と攻撃力が特徴的で、一撃で人を殺すほどの怪力である。


 動きがノロいから回避は簡単だが、普通の奴らは死と隣り合わせになっているせいで緊張しながら戦いよく小さなミス一つでパーティーを全滅させてしまう。


 とりあえず、オークが動く前に魔石を捨てた。


 これで、ゆーちゃんのお願いは達成できたな。


「さて、少し壊すぐらいはいいよな」


 俺を攻撃しようとしている以上は攻撃されても文句は言えねぇよな。


 オークの拳を受け止めた。


 そして、攻撃してきた腕を鉄パイプで切断した。


 本当はミンチにしてやりたい所だが、それだと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 俺は来た道を走って戻った。

 走る意味はない。ただ、これもまた意味はないが背を向けている魔物の頭を鉄パイプで殴りながら進んでいった。


 完全に無意味な行為なのは分かってはいるが、こうでもしないとイライラが収まらない。


 ダンジョンを出るまでに三十秒も掛からなかった。


「誰だ。お前ら?」


 ダンジョンから出ると、知らない男たちがゆーちゃんを取り囲んでいた。

 とても高校生には見えねぇ見た目だな。


「我らは新魔教団しんまきょうだんの者です」

「うっせぇな。俺のツレから離れろ」


 新魔教団か。

 噂程度に聞いたことがあるが、冒険者から魔石を強奪する奴らだ。


「それは出来ません。魔石は神への供物。彼女が持つ魔石は我々が譲り受けるのが自然なのです」

「ごちゃごちゃうるせぇ奴らだな」


 柄の悪そうな男たちが俺の前に出て来た。


「なんだこのガキ。痛い目を見ねえと分かんないみたいだな」


 一人が殴ってきた。


 あくびが出そうなほど遅いストレートだな。


 軽くキャッチをしてやり、握ってみた。


「いてェェ!」


 拳を必死に引っ込めようとしているが、全く意味がない。


「面白くないな」


 この光景を見て他の男たちも委縮してしまっている。


 この程度じゃ、壊す価値もない。

 腕力のみで地面に投げ捨てた。


「こ、こんなの割に合わねえよ。撤退だ撤退!」


 男たちが逃げ始めた。

 逃げた以上はどうでもいい相手だが、今の俺は何かを殴りたくて仕方がない。


 ――逃がさねぇよ。


 鉄パイプは使わない。余っている左腕で男たちの腹部と胸部に打撃を加えた。


「弱い連中だな。んで、新魔教団さんや。お前はどうするんだ?」

「取引をしませんか――」


 何かを提案しようとしているが、別にそんなことはどうだっていい。


 俺はただこいつを殺したいだけだ。交渉の余地なんて最初はなからある訳がねえ。

 蹴りを打ち込んだ。


「野蛮ですね」

「あ? 磁石みてえな野郎だな」


 俺の蹴りを避けられた? いや、あいつは確実に反応出来ていなかった。


「異能。『反力』。魔物のように広範囲を潰す相手には弱いですが、相手が人ならば私に攻撃を当てるのは難しいですよ」


 なるほどな。マジで磁石みたいな能力だな。

 俺が近づけば勝手に横にずれている。


 こっちがいくら早くて強くても当たらなければ意味がない。


「これだから対人戦は面白れぇ。これから、()()()()()()()()()()()()()()()


 拳を振り上げた。


「どんな攻撃でも、無駄です」


 こっから奴が驚き、絶望に染まるのが楽しみで仕方がない。


 今から地面を本気で殴って、瓦礫を飛ばす。これなら磁石みたいに躱そうとしてもいくつかには当たるだろ。


「それはダメ。《憤怒鎮静》」

「うっ」


 力が一気に抜け、膝を着いてしまった。


「おやおや。体力切れですか。あなたは危険です。悪いですが、しばらく入院して貰いましょう」


 男が包丁にしては長い刃物。ドスみたいなものを取り出した。


 急に力を失って相手がドスを取り出した。だが、こんな状況で俺の脳は意外と冷静さを保っていた。


(この場は弱者を演じて、油断した所を一撃で仕留める)


 あの男の持つ異能は敵の接近によって効果を発動するようにオンオフを切り替えているはず。

 じゃないと、あっちもドスなんて近距離装備で俺を攻撃できない。


 つまり、俺を刺そうとした瞬間に相手が気絶する一撃をお見舞いしてやれば倒せる。


「ひぃ。来ないでくれ」


 鉄パイプを捨て戦意を喪失したように見せかけて、体勢を低くする。


 今回は松枝先輩の居合のやり方を真似する。


「安心してください。殺しはしませんよ」


 俺が怯えている事に優越感があるのか、男はにやけながら一歩ずつ向かってきた。


「ふぅー」


 怯えるフリをしながら、呼吸を整えて意識を集中させる。


 相手より後に動いて先に打つ。


 踏み込みはこっそりと静かに……





 今だ!


 腕を振り上げて、すぐに戻した。


 ――決まった。


 手の痛みが俺にそう伝えて来た。

 初めてやったせいで無駄のある動きだったが、この程度の敵(ザコ)になら通じたみたいだ。


 ドスを持った男が地面に倒れた。


「処刑術。居合。とでも名付けるか」


 これでまた一つ憧れに近づけた気がする。


 とまあ、技の感触に浸っていると、空から半面を仮面で隠した男が落ちて来た。

 担任のカノちゃん先生だ。


「大丈夫かぁ? って、倒してしまったのか」


 俺が返事をする前にカノちゃん先生は倒れている男たちの体を蹴り始めた。


「通報を受けて来たんだが、お前らが無事でなによりだ。所で、いきなりで悪いが、()()を先生にくれないか? 代わりに警察の事情聴取はやっとくからさ」

「いいんですか?」


 先生は手柄を横取りするみたいに言っているが、それは全く違う。

 警察が関わって来る面倒ごとをすべて引き受けてくれるということだ。


「こういう面倒ごとは大人に任せておけ。あと、鉄パイプは返してくれ。何かあると面倒だからな」

「分かりました」


 男たちを蹴っている先生に鉄パイプを返した。


「じゃあ、警察が来る前にさっさとずらかれよ」

「あ、あ、あの。すいません」


 髪の色を戻した城井は先生に袋を差し出した。


「ああ、魔石も提出していいですか?」


 何をしているのか少し疑問に思ったが、すぐに城井が極度の人見知りであることを思い出して俺が言葉を続けた。


「おっと。これは配慮が足りていなかったな。勿論、俺が責任を持って預かろう。さて、お前らの収穫を一足先に見せて貰うか」


 先生は袋の中身を覗いた。


「おお、かなり頑張ったみたいだな。これなら明後日には七等級への格上げができるな。お疲れさん。今日と明日はゆっくり休んどけ」



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