プロローグ ブラックパーティー追放
懐中電灯もないのになぜか明るい洞窟。ダンジョン。
すでに二人の先輩が死んで彼らの装備であった剣と杖が地面に転がっている。
そして、俺ともう一人の生き残りであるリーダーの禿げた先輩が残るだけだ。
「このダンジョンの攻略はもう不可能だ。なんでか分かるか?」
「二人が死んだからですね」
次の瞬間。俺は横腹を蹴られて壁に激突した。
「お前のせいだ!」
ハゲは壁を蹴り、俺を上から睨みつけた。
「あの時、お前が死んででも魔法使いを守っていれば! こんなことになってねえよ!」
「守ろうとしましたが、荷物が重くて……」
「年下のくせに言い訳すんな!」
今度は俺の顔に向かって蹴りをしてきた。
この人はいつもこうだ。
俺を荷物持ちにして戦力から外しているくせに都合のいい時だけ戦うように言ってくる。
「だいたいお前が荷物を下ろして戦っていればいいだろ」
それ前回やって『荷物を守るのがお前の仕事で余計なことはするな』と言って殴ってきたのはどこのどいつだ?
だが、いくら文句があっても口にはしない。
このいけ好かない奴ともあと一か月辛抱すれば、おさらばできる。あと一か月さえ過ぎれば、このパーティーに半年いたことになるからな。
「クソが!」
この後、何回も頭を蹴られたが抵抗はしなかった。
頭から血は出るし鼻血は止まらないしで、痛みもあるが流石に慣れがある。
こうやって、蹴り殺されることなんてダンジョンに潜っていれば頻繁に起きる。
ちょうどオーガが棍棒を振り上げている。これなら一振りで二人死ねるな。
ダンジョンで死んでも未成年なら入った時と同じ姿で外に吐き出される。だから、このハゲも俺を殺す気で蹴れた訳だ。
入学した頃は痛みも死も怖かったが、毎回自分のレベルに合っていないダンジョンに特攻するこのパーティーに入ってからは何度も何度も死んで来た。
もう死ぬことには慣れた。
――――――
翌日。昼休みに小さな教室に呼び出された。
「和希。お前はクビだ」
「は? 先輩。何言っているんすか?」
俺は学校でも上位に入るほどのパーティー『鋼鉄の牙』に所属している。目の前のスキンヘッドで図体のでかい男はそこのリーダーだ。
「お前は使い物にならない。だからクビなんだ。分かるか?」
「ちゃんと先輩たちの為に荷物持ちとか、盾だって言われた通りしっかりやってますよ。なんで……」
このパーティーは上級生で作られたパーティーで年功序列的に一年の俺は雑用をやらされている。
本当は前衛でバリバリ戦いたいが、下積みだと思って耐えて来た。
なのにこんな急にクビだなんて冗談じゃない!
「じゃあ、お前は魔法は使えるか? 異能は? 何もないだろ」
「でも……」
「お前じゃついてこれねぇっつってんだよ!」
ドンッ!
机を拳で殴って威嚇をしてきた。
うちのリーダーは自分の意見が通じない時とかイライラした時にいっつも物を叩いて威嚇する癖がある。
何度もやるもんだから、ビビることもない。
「……もしかして、他の人間を入れるつもりですか?」
「ああ。そうだ。魔法科の一年がここに入ることになっている。だからお前は用済みなんだよ」
今のパーティーメンバーは四人で新たに魔法を使える奴を入れる為に俺は外されるらしい。
金銭の関係やらでパーティーの人数は四人ぐらいが丁度よいとされている。だが、四人ぴったりである必要はない。
特に俺の上位互換みたいな奴を入れるならまだしも、非力な魔法使いを入れるならまだ俺が在籍する価値はある。
こいつに少しでも考える頭があるなら分かってくれるはずだ。
「魔法使いが入るなら盾役がいないと不便ですよ」
「うるさい! とにかくお前はクビだ! 装備を返してからとっとと別の場所に行け」
まずいな。この筋肉ハゲダルマ。癇癪を起こしている。交渉の余地があればいいが。
ここで、理論的なことを言ったとしても理不尽に怒って俺を追放してくるだろうし、情に訴えるにも俺は元から愛嬌がなくて嫌われている所がある。今更、媚びても遅いだろう。
……あれ、詰んでね?
「一か月だけでもお願いします」
いろいろ考えてはみたものの、最終的には頭を下げる事しかできなかった。
「ダメだ。寄生する奴なんて要らねえからな」
チッ。これ以上は無駄だな。打つ手もないし、うちの校則だとパーティーのリーダーが持つ権力はかなり強い。仮に他の先輩たちが反対していたとしても、追放は避けられないな。
あと一か月で半年所属したことになったって言うのに。
これまでの苦労を返して欲しい。
だが、ここで粘っても意味はない。
「……分かりました。今までお世話になりました」
怒りで拳を握り締めたが、前に出したりはしなかった。
後先を考えて、ここで手を出すのはデメリットでしかないことなんて分かり切っている。
昔だったら手が出ていた。
俺も大人になったな。
そう自分で自分を慰めるしかなかった。
――――――
部屋を出た後、俺は食堂にある掲示板を見ていた。
パーティーを追放された以上は別のパーティーに入るしかない。
俺の通う下徳高校は日本に三校しかない冒険科のある学校の一つだ。
冒険科は世界各地にあるダンジョンと呼ばれるものを攻略して最深部にある魔石を入手する冒険者という職業になる為の学科だ。
魔石は発電に利用され、世界の電気のほとんどは魔石から得ている。
そんなダンジョンにはファンタジーで出てくるような魔物がいる。
そいつらが冒険者の命を狙ってくる。
俺たちは魔物を仲間と共に撃退しながらダンジョンを攻略していく。
一部の化け物みたいな例外を除けば、パーティーに入ることは必須だ。
今は九月。魔法科の一年がダンジョンに入ることができるようになる時期だということもあって、魔法使いの募集しかない。
あったとしても特定の異能を持つ人間の募集ぐらいだ。
この時期に追放されたのは良くなかったな。
もういっその事、自分でパーティーを作るかとも考えた。だが、何の実績もない状態だと仲間が集まるか分からない。
あと一か月さえあれば、四等級パーティーに在籍した実績を示せたのに……
今更、あのハゲへの憎悪が増してしまった。いくらあいつを恨んだって何も変わらないのにな。
「はあ」
大きなため息が出てしまった。
悩んでいると肩を叩かれた。
振り向くと、そこには大物の人物がいた。
「あれ? 和希。だよな」
「ッ!? 佐月先輩。なんでこんな所に?」
俺に話かけて来たのはこの学校でトップいや、世界的にも最上位に位置するパーティー『白の珈琲』のリーダーの佐月先輩だった。
世界中のダンジョンを攻略する関係であまり学校にはいないはずだが……
まさかこんな所で会えるとは思ってもいなかった。
「何か困っているみたいだな。俺でよければ相談に乗るぞ。まあ、座れよ」
「ありがとうございます」
佐月先輩とは中学が同じでその時からお世話になっていた人だ。あのハゲとは違って本当に尊敬している先輩で俺が冒険科に入る決心をすることになったきっかけの人でもある。
「それで、大きなため息だったがどうした?」
「今日。パーティーを追放されました」
「えっ? 追放された? 抜けたじゃなくて?」
先輩は頭を抱えた。
まさか、こんなに真摯に聞いてくれるとは。
世界トップの人になっても、相変わらず優しい人だな。
「いや、悪い。確かお前がいたのは『鋼鉄の爪』だったよな」
「はい」
「なるほどな……この時期だとパーティーに入りにくいだろ」
一年の九月。同級生たちは上級生のパーティーに入るか自分たちでパーティーを作って安定し始めている頃だろう。
魔法使いみたいに新たな役割が入ることは出来るが、誰かの役割を奪ってまで他のパーティーに入ることは人間関係的に難しいだろうな。
佐月先輩が言う通り、再加入先のパーティーを決めあぐねていた。
「リーダー。その子は?」
佐月先輩をリーダーと呼びながら来たのは『白の珈琲』の魔法使い《光弾の貴公子》の二つ名を持つ川谷徳人さんだ。
爽やかなイケメンで女子からの視線が一気に増えた気がする。
「こいつは同じ中学の後輩の久木和希。今、パーティーを追放されて困っているみたいでさ」
「へえ、リーダーの後輩なんだ。僕は川谷徳人。よろしくね」
川谷さんも席に座った。
すると、すぐに俺に目を合わせて来た。
そんなにまじまじと見つめられるとちょっと怖いんですが……
「和希くん。君。強いでしょ?」
急にそんなことを言われた。
俺が強い?
そんな評価をされても、せいぜい同学年の中では強いというぐらいで上級生と比べるとそうでもない。
川谷さんには戦っている姿を見せたことはない。
今日が初対面で、俺のことは何も知らないはずだ。
どうやって俺の力を評価したのか分からないし、返答しにくかった。
「見れば分かる。君にはうちの光莉ちゃんと松枝ちゃんにも負けない才能を感じるよ。今、暇しているなら、僕らのダンジョン攻略でも見学するかい?」
「いいんですか!? 俺、雑用でもなんでもします!」
『白の珈琲』の戦闘はネットに上がっているものがある。その映像を一つ見るだけでも、この人たちは同じ人間とは思えないような強さを持つことが分かる。
今、ここにはいない《純白の大盾》の光莉さんも《断罪の処刑人》の松枝先輩も化け物染みた力を持っている。
ネット上にある動画だけでも十分勉強にはなるが、やはり動画で見るよりも生で見てみたい。
「そうだな。明日の三等級のダンジョンなら問題はないな。近場だし」
「ありがとうございます!」
「参考になるかは分からないが……少し待ってくれ、電話だ」
よし。憧れの先輩たちの戦いを見ることができる。パーティーを追放されたことは痛手だったが、とんだ幸運が舞い込んできた。
「もう一人一年生が来るけど、それでもいいか?」
「はい! 大丈夫です」
パーティーを追放された時は散々だなと思ったが、追放されたお陰で目標としている先輩たちの動きをこの目で見られるというのなら安いものだ。