ライトノベル作家の平均年収8000万円という話
この物語はフィクションです。実在の人物や団体、年収とは関係ありません。
ライトノベル作家の平均年収8000万円というのは、事実である。
しかし、多くのライトノベル作家がデビューしても兼業を続けたり、数年で廃業してしまうのも、また事実である。
何故か。
莫大な経費が、かかるからだ。
ライトノベルでは、ファンタジーがどの出版社でも強い。
どの作品も、まるでみてきたかのようなリアリティがあって、ライトノベル作家となったいまでも、つい読みふけってしまうことがある。
何故か。
実際に、その場に取材に行っているからだ。
ここに、モノリスという機械がある。
縦は18センチメートル、
横は8センチメートル、
そして厚さは2センチメートル。
名前といい三辺の比といい、とある古典SF映画を元に作られたと思われるそれは、一見すると分厚い大きめのスマートフォンであるが、実際にはライトノベル作家にとって、なくてはならない道具である。
使い方は、簡単。
スマホのマップアプリと同じように行きたいところを選ぶだけだ。
行き先は、異世界から、平行世界、色々と制約があるが同じ世界の過去や未来へ行くことだって可能だ。
あとは出発と表示されたボタンをタップすると、普通のスマホではLEDライトになっている部分から輪っか状のビームがでて(余談であるが、本当にビームかどうかはわからない。なぜなら本来ビームは目ではみえないはずだから)、時空に穴を空ける。
あとは、使用者がその穴をくぐれば、希望した異世界なり、平行世界なりに到着できるという寸法だ。
この機械が、だいたい300万から500万くらいで買える。
値段が高いほど、細かい設定を行うことが出来るし、大量の便利なアプリをインストールすることもできるし、後述するリカバリーも早いのが特徴だ。
維持費は普通のスマホとあまり変わらない(USB-Cコネクタで充電できるのがありがたい)。
これだけなら、8000万の年収なら、たいした経費ではない?
その通りである。
だから、この先は私の失敗談を話そう。
十年近く前のことだ。
私はデビュー作にゆかりのある南の島の平行世界に行こうと画策していた。
平行世界の行き方は、簡単である。
1から255の段階で、今いる世界からの剥離度を設定すればいい。
1~10だとほとんど変わらない。
せいぜい、イギリスのアーサー王が男性から女性になる程度だ。
20~50くらいになると、我々の世界とはだいぶ異なりはじめる。
人間とは別の知的生命体がいたり、日常生活に魔法が使われたりしはじめる。
50~100になると平行世界というよりも異世界といった方が近くなる。
動植物の分布が変わっていたり、歴史が完全に別物になっているのはまだかわいい方で、神話上の神が健在であったり、異星といともたやすく交易していたりしていることもある。
100を超えると、どうなるか――当時の私は知らなかった。
ベテランのライトノベル作家になるまでは。決して設定しないよう、編集部から厳命されていたからだ。
だというのに、私は101で設定して、平行世界への扉を開いた。
100と101なら、たいして違わないだろうと思っていたのである。
緑豊かな島は、工場にあるような巨大な機械に覆われていた。
慌ててモノリスの画面から、この世界の情報を確認する。
・大気汚染:軽度
・病原菌汚染:ゼロ
・周辺の人口:ゼロ
・周辺の生命反応:ゼロ
・周辺の敵性反応:65536
大気汚染の軽度は現代社会の都市部と特に変わらないのでこれはいい。
病原菌汚染はゼロ以外だと危険だが、こちらは出発前に支給される万能薬があるため、それほど危険ではない(傷を負った場合は話が別だが)。
周辺の人口の周辺とは1平方キロメートルを指す。これもまぁ、地方に行けばありえることだ。
周辺の生命反応がゼロ。これはよろしくない。
これだけ機械に溢れているのに、生命反応がないとなると、考えられることはふたつ。
ひとつは、この機械群は健気にも主亡き後も稼働を続けている可能性。
もうひとつは……主に反旗を翻し、周辺の生命を駆逐した可能性。
周辺の敵性反応、65536。
これは本当に65536の敵がいるわけではない。
単純に、センサーが振り切れている訳だ。
周辺の生命反応がゼロで、敵性反応がセンサー振り切れ状態。
つまりこの機械群は、創造主に叛乱を起こしている。
それも、かなり悪い方に。
それを確認した瞬間、私はモノリスの電磁シールドアプリを起動した。
半径2メートルを光学兵器、実弾兵器から護る電磁障壁が展開する。
同時に生命反応遮断アプリも起動し、機械的な走査から私の存在を遮断する。
しかし、いままでの反応をさかのぼって消すことは出来ない。
――案の定、ドローンに光線銃とミサイルランチャーを取り付けたような物騒な機械が、数機私の方へと飛んできた。
既に20メートルほど移動しているのだが、索敵ドローンは最初に立っていた場所を執拗に飛び回り、急に飽きたかのように飛び去っていった。
どうやら、周辺に弾をばらまいていぶり出すような真似はしないらしい。
おそらくこの島全体が工場になっており、少しの損傷でも効率が落ちてしまうのだろう。
なにはともあれ、危機は去った。
私は島の中心(とおぼしき場所。なにせ変容しすぎてどこかどこだかわからない)から背を背け、島の外周部へと歩き出す。
同時に、モノリスのリカバリーアプリを起動させる。
このアプリは、緊急時に元の世界にもどるためのものなのだが、高性能のモノリスほど、そして世界の剥離度が小さいほど、早く帰ることが出来る。
しかし、私のモノリスは安物であり、この世界の剥離度は101とかなり大きな時間であったので――。
帰還可能になるまで、84分。
それまで、どうにか生き延びる必要があった。
――SFやハードな世界設定のライトノベルが、あるときふっと続刊がでなくなり、作者のSNSも、ふっと途絶えることがある。
そういうときは大抵……その世界で、行方不明になっているのだ。
私も、あと84分を生き抜けなければ、そうなる。
結果として、この日は大赤字となった。
電磁シールドアプリ、生命反応遮断アプリ、各種サバイバルキットに、緊急帰還用のリカバリーアプリの使用費……そして万が一の自衛用に起動した、スマートアサルトライフルの整備費。
どれもこれもが、大変お高い。
月額課金なら多少はお安くなるらしいが、私はそこまで速筆でもないため、結果として赤字になる。
身から出た錆とはいえ、実に辛い話であった。
このときの赤字が響いて、その年の経費は、7980万であった。
私は兼業作家であるが、その兼業をなかなか辞められないのは、こういうところにあるのだ。
□ □ □
島の外縁部へと向かう途中、進撃する巨大な人型戦車をみかけた。
巨大で無骨なマシンアームを備え、背中にはロケットランチャー、そして主砲は大口径のガトリング砲と、すこぶるものものしい。
内部には生命反応がひとつがあるが、敵性反応はない。
おそらく、この世界の主人公であろう。
そう。
私は作家であって、主人公ではない。
物語を傍観し、記録し、あるときは脚色して、あるときは削除するが、解決することはしないし、できないのだ。
地響きを立てる十二装輪の人型戦車とすれ違う際、思わず手を振る。
センサーの類は、すべて遮断されているはずなのに、人型戦車のサブアンテナが、手を振り返すように揺れた。
案外それは、私の思い込みなのかもしれないけれど。