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共に行く道

今日が雲一つ無い晴天で良かった、この子達を送り出すのに相応しい…。大きな窓から青空が見える。


神殿内の私室を生徒達との別れの場に選んだ。人目を避け渡したい物があるからだ。


一介の神官の部屋としては身に余るものと常々思っていたが、今日ばかりは四人で居ても余裕がある造りに感謝した。


『先生、今まで有難うございました。俺、絶対ゲートを封鎖して来ますから!』


勇者と呼ばれるまだ年端もいかない少年は満面の笑みで私にガッツポーズをして見せる。


『本当に今まで有難うございました。このペンダントと指輪は肌身離さず大事にします。』


幼さが残る顔立ちで溌剌と、光の聖女と呼ばれる少女は答えた。私が贈ったペンダントを握りしめ瞳を潤ませている。


『先生、私が頂いても良いのですか?私は北の森に行く訳ではありません。この地に留まるのに…。』


戸惑う様にペンダントとブレスレットを手に、儚げな印象の月の聖女と呼ばれる少女が私を窺う様にして見上げる。


私は三人に大きく頷いてみせた。


『勿論です、あなたにも受け取って欲しいのです。私の大切な生徒なのだから。』


私の言葉に少女は静かに頷き涙を流す。


『私達だけの秘密ですよ。加護を掛けてあるので、少しはあなた達の役に立つでしょう。』


私は三人を抱き寄せ、師として最後の言葉を伝える。


『命を大切にするのですよ。敵わないと思う時は一度撤退なさい。』


涙を腕で拭い去り、勇者である少年は力強い声で答えた。


『大丈夫、絶対戻って来ますから…。分かってますよ。先生があれだけしごいてくれたじゃないですか…。教えてくれたとっておきで風の様に逃げてみせますって!』


私は慌てて三人の前で人差し指を立てる。


『静かに…。はい、そうです。何を差し置いても逃げるのです。誰にも責めはさせません。どこかの町や村に辿り着いたら、あなた達に渡したアクセサリーと私の直筆の証書をその地の領主や役人に見せるのです。』


『はいっ。』


二人は真剣な表情で私の話に頷いた。



………何度この言葉を告げてきた事だろう。私は偽善者だ、自分の罪深さに耐えられない。


挨拶を交わした2時間程後、勇者と聖女の一行は王都から辺境の北の森に向け旅立った。




国家の命にて私達神官や司祭は勇者と聖女を異世界から召喚し、魔物と戦う術を教え込み、辺境の北の森に送り込んでいる。



もう何年も、何年も前から。



夜の闇が深くなる頃、救いを求め聖堂へ向かう。祈りを捧げようと神殿の広い廊下を歩いていた。徐に背後から声が掛かった。


声の主は神官仲間のダリルだ。彼は魔法学院からの付き合いで、かれこれ15年来になる。彼は伯爵家の騎士の家系だ。本来なら騎士を目指していた筈が、いつの間にか私と同じ魔術師を目指す進路を取っていた。


私と彼の周囲に小さな結界が張り巡らされ、防聴遮音と探知撹乱の魔法が二重三重と掛けられる。


『おい、少しは用心しろよな。いくらお前の部屋で挨拶してるからって何処で誰が聞き耳を立てているか分からねぇんだよ!』


柱に身体をもたれ掛け、腕組みをし視線を送ってくる。私は彼を一瞥した後、目を逸らし答えた。


『言われなくとも分かっています。結界も張り防聴遮音の魔法を施しました。』


ダリルは溜息を吐く。


『お前は勇者や聖女に肩入れし過ぎなんだよ。隠してるつもりだろうがバレバレだ。』


『しかも馬鹿、敵前で逃げろなんて教えやがって。知られたら懲罰で済まねぇぞ。』


私は経典を持つ手を固く握りしめる。せせら笑う様にダリルの言葉が響く。


『しかも何私財投げ打って高価な魔道具を贈ってんの?』


私は悔しくて奥歯を噛み締める。


『私もあなたも神はお許しになりません。何の罪も無いあの子達を道具の様に使い捨てているのですから!』


涙が溢れる、もう我慢出来ない。一度流れ出せば、悲しみや怒り、無力感が自分を苛む。


ダリルが私に近付き正面に立つ。


『お前また痩せたぞ。何か顔色も悪いし…。それに隈も酷くなってる。寝れてんのか?』


私はダリルから顔を背け、身体の向きを変え背を向ける。


『お前には勇者と聖女の教育係は向いてねぇんだよ。任を解いてもらえ。』


私の胸に、行き先の無い怒りが沸々と湧く。思わず叫んでいた。


『この世界に呼び出しておいて何と都合の良い…。あの子達は道具ではありません。他の者に委ねる訳にはいきません!』


私は経典を胸に掻き抱き、大きく頭を振る。


『それに戦場の前線を知る者はあなたと私しかここには居ないではないですか!』


止められない、声が震えて上手く話せない。


『知らぬ者に教わってあの子達があの前線を生き残れると思うのですか?』


後ろからそっと肩を掴まれる。その手は優しく温かい。


『お前はもう十分よくやったよ。お前が悪い訳じゃ無い。だから少し休め…。』


ダリルは私の頭を腕で抱え込む。


『実家に帰ってやれよ。暫く休み返上で働き過ぎだ。このところ家からの手紙にも返信してないんだろう。…筆豆の癖によぉ。俺んとこに便りが次々来て面倒で困ってんだよ。』


その翌日には医師の診察を無理矢理受けさせられ、診断が下り、即日のうちに療養の為の休暇を取らされた。



私が療養先に選んだのは実家の侯爵邸だ。王都内の端に位置する。緑が豊かで温暖で中心部より2、3℃気温が高い。


私は侯爵家の次男として生まれた。元々騎士の家系だが、私は母方の血を濃く受け継いでおり、高い魔力を持っていた。12歳になる頃には周囲の勧めで親元を離れ、首都にある魔法学院に通う事となった。思えばあれ以来こんなに長く実家で過ごした事は無い。


母と父と長兄は私を心配する余り、折を見て職を辞し、領地に留まる様説得を繰り返した。


その度心が揺れはしたが、私はそれを良しとしなかった。


今日も長閑な侯爵邸の敷地内で私はこの年15歳になる弟と剣の手合わせをしていた。


『もう降参です、参りました兄上!』


三男である弟のレイファスは両手で身体を支えながら地べたに座り込んで息を切らしている。


『大分腕を上げましたね。この年でここまでやれるのは素晴らしい事ですよ。』


私は弟の手を掴み、身体を地面から引き上げ、起こした。


ダリルがニヤニヤと薄ら笑いを浮かべ、レイファスの隣に並び慰める様に肩を叩きだす。


『お前の兄貴は負けず嫌いで大人気無いからな〜、十二も下なのになぁ。ホント容赦無くて弟は大変だよなぁ。』


私はその言葉にカチンとくる。


『何を言っているのですか、私は常に全力を注いでいるのです。それよりあなたこそ何なんですか、毎日毎日飽きもせず私を付け回して…。いつまでここに居るつもりですか?』


あれから半年が経過し、季節は春を迎えた。主治医から職場復帰の許可は未だ降りていない。私はこの地で静養を続けていた。


私を目下悩ませているのはダリルだ。彼は私に合わせて休暇を取り、神殿には戻ろうとしない。このままでは神殿内での彼の立場が悪くなってしまう。


ダリルは頭を掻きながら明後日の方向を見て笑って誤魔化す。


『いやぁ、悪りぃ、悪りぃ。お前ん家飯は旨いし、ベッドはフカフカだし、居心地良くてよぉ。お前がここに留まるなら、俺もこの家の使用人として仕えても良いなぁ。案外給金も良さそうだしなぁ。ずっとここで暮らすのも良いと思ってる位だ。』


私は唖然とする。ダリルはこう見えても王宮魔術師であり、激戦の戦場を生き抜いた一級魔術師だ。神殿仕えもしている。ダリルが一使用人として侯爵家に骨を埋めるなどという事はあってはならない。


一体何を考えているんだ。


『何を言っているのです。あなたは私の様に戦争で障害を負った訳ではないじゃないですか?』


『いや、俺は本気だぜ。』


無言のまま私達は見つめ合う。


私は無理の出来ない身体になってしまった。戦場で片肺と片腎の機能を失った。外見からは分からないが、身体の左側には麻痺があり、健常な方の様には動かない。雨の日や気温が低い日は痺れや痛みに悩まされている。


あの日の戦場は熾烈を極めていた。勇者と聖女が魔物に倒され、撤退を余儀なくされた。私は重傷を負い、私達の師であるサキエル先生が転移魔法を展開し、私達をあの場から逃してくれた。母に顔向け出来ないと最後の力を振り絞って…。


ダリルは自分も怪我を負いながら、私を護り王都へ辿り着かせてくれた。


私はダリルをじっと見つめ続けた。ダリルも先程の笑顔を消し、真剣な面持ちでこちらを見つめ続けている。


『あ、兄上…。それにダリルさんも…、どうしたんです?それよりお腹が空きませんか?』


レイファスがおずおずと私達に声を掛ける。弟に気を使わせてしまった。今この話を論じるべきじゃない。後日二人で時間をとらなければならない。


私達は貴婦人としては珍しい、料理好きの母が作った手料理を昼食にご馳走になった。



訃報は夜に突然舞い込んだ。


早馬にて「非常事態、至急王都に戻られたし」との国王直々の勅命が齎された。




勇者と聖女が亡くなったのだ。




私もダリルも取るものも取り敢えず、王都に向かった。父と母とレイファスも王都まで見送ると頑として聞かず、一緒に行く事になった。



私は月の聖女が心配だった。今までと同じであれば彼女はもう…。



馬車を一晩中走らせ、王都には午後に辿り着いた。曇天の空が私達を迎えた。


王都に辿り着くと直ぐその足で王宮に向かった。陛下への帰還の報告の為だ。畏れ多くも宰相閣下の出迎えがあった。王宮に着いても帰る様子が無い父母や弟をしきりに説得していると、宰相閣下から陛下より対面が許されているという事を話された。


王の間に辿り着くと、陛下の方から父母に声が掛かった。


『おぉ、レスフィーナ、グラン久しいな。元気で何よりだ。レイファスも益々お前に似てくるな。』


母は見事なカーテシーを取り挨拶を返した。


『ご無沙汰しております、陛下。ご壮健で何よりです。』


陛下は制するような手振りをする。


『堅苦しいのは良い。お前やグランにはあの頃と変わらず接して欲しい…。休養中にも関わらず、レイドを呼び出して済まない。…ただ事は急を要する。レイドとダリルの力が必要だ。』


母は目を伏せた。


『分かっております。』


陛下は私とダリルを見据え、話を切り出した。


『勇者様と光の聖女様がご逝去された。一刻を争う、次の召喚が必要だ。早急に儀式を行いたい。』


実感が沸かない、あの子達がもうこの世にいないなんて。私は問わずにいられない。


『陛下、ご無礼をお許し下さい。月の聖女様は如何お過ごしですか?』


陛下は何かを痛む様な顔つきになる。


『月の聖女様もご逝去された。おそらくお二人が亡くなられた時刻と同時だろう…。』


何故、何故、何故、何故?


もう嫌だ、これ以上は耐えられない…。


私は深く礼をし、思いの丈をぶつける。


『承知いたしました。陛下、無念ではありますが、次の召喚が私が携わる最後の召喚として頂けないかと…。』


緊張の余り速く打つ私の心臓の音だけが静けさの中響く様だ。


『ご存知かと思いますが…、この身は長くは持ちません。』


絞り出す様に言葉を紡ぐ。


『次の勇者様や聖女様方の教育を担当した後も、共に北の森に行く事をお許し下さい。どうかお聞き届け下さい。』


沈黙が重い、不敬である事は重々承知だ。それでも…、私は…。


沈黙を和らげる暖かい声が響く。


『私からも重ねてお願い致します。どうかお聞き届け下さいませ。私は戦も経験しております、レイドの後任には適切かと。私がレイドに代わり勇者様、聖女様に教えを説きましょう。レイファスも私の後任として育てていく所存でございます。』


母とレイファスは私に並び、陛下の前に進み出て礼をとる。


私は母とレイファス交互に見つめた。母もレイファスも私を優しい目で見つめ返す。


『私からもお願い致します。領地の事は長兄のグラントに任せて参りました。幾分か衰えはしましたが、私も前線で戦った身。妻と共に勇者様、聖女様を支え、陛下の御膝元を堅固に御守り致しましょう。』


父も私と並び、陛下の前に進み出て礼をとった。その後平素とは似ても似つかない所作でダリルが前に進み出た。


『私からもお願い致します、レイドの願いをお聞き届け下さい。私めがレイドの不足を補い、魔物の群れを薙ぎ倒し、勇者様、聖女様の行く道を作りましょう。』


私は自分の為だけに、この優しい人達を巻き添えにする…。それでも、私は…。







『先生達も一緒なんて、これからも口喧しいな…。早くゲートを封鎖して帰って来なきゃ!』


勇者は満面の笑みで私達をからかってみせる。


『あたしは嬉しいけどなぁ。先生と一緒なんて夢の様…。うふふっ、ペンダントと指輪は一生大事にするわっ。』


光の聖女は赤面しつつ、私を上目遣いで見てペンダントを握りしめ瞳を煌めかせている。


『ふふっ、私だって先生から貰っちゃったもんねー。ほらほらっ、綺麗でしょ!』


ペンダントとブレスレットを手に、クルクルと身体をターンさせ月の聖女と呼ばれる少女が光の聖女にアクセサリーを見せつける。その後私を振り返り上目遣いで見上げる。


私は眉間を押さえ、大きく溜息をしてみせる。


『何をしているのですか…、これでは先が思いやられますね。』


私の言葉に三人はニシシッと笑い出す。


『何だよ、レイドばっかり。俺だってお前達に贈り物してやっただろうが!』


腰に手を当て、三人を怒りの形相でダリルが見下ろす。


『えぇー、だって先生の何か地味なんだもん。何このミサンガ編み方汚いし。』


光の聖女が容赦なく言ってのける。


『私元からレイド先生推しですから…。ご好意は嬉しいんですけど、本当ごめんなさい!』


月の聖女が勢いよく深くお辞儀し告白を断るかの様な対応をする。


『先生ごめんね…、俺は面白くて先生大好きなんだけど…。やっぱしごき過ぎっていうか、ちょっと根にもっちゃったっていうか…。ただ単に俺つええしたいだけなんじゃないかっていう先生に引くっていうか…。ごめんなさい!』


勇者も月の聖女を真似て勢いよくお辞儀をする。


散々な言われ様に、私もダリルも黙り込む。


かと思えば瞬時にダリルは持ち直したらしく、ニンマリと悪魔の様に笑い出し、両手をこれから襲い掛かる熊の様に広げた。


『てめぇら、良い度胸だ。よーくっ、分かったぜぇー。お前らの気持ちわよぉ!ギッタン、バッタンにしてやんよ!』


悲鳴を上げながら、四方八方に勇者も聖女も逃げ出して行く。


それを追いかけて引っ捕まえては懲らしめるダリルを眺める。


私は大きく声を立てて笑った。

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