本当は愛してる
『ねぇ、あたしのこと好き?』
二人で過ごしている時、君は唐突に口にする。だから俺はいつも答える。
『うん、大好きだよ。』
それでも君は俺に問う。
『本当に本当に?』
『うん、本当に本当に。』
君はいつもの様に、俺の背中や腕に手を触れ顔を寄せる。俺に君の体温が伝わる。きっと君にも俺の体温が伝わる。
『あたしを残していかないでね。』
この質問には困ってしまう。君に嘘をつきたくないから。
『うん。なるべく君の側にいるよ。長生きもするよ。でも先に死んだらごめんね。』
すると君は俺にしがみついてくる。自分を分かってくれるのは俺だけだと、本当の自分でいられるのは俺の前でだけだと。
『カストゥール北地区第三師団歩兵第17小連隊前に!』
『はい!』
俺は戦場にいる。今日は夜の見回りの担当だ。
俺が生まれた頃に魔物が辺境に現れた。
何度も討伐を繰り返しているが、発生源から魔物が次々と湧き出て来るのを食い止めるので精一杯な状態で一進一退だ。
辺境の地の被害だけで済んで良かったと言われている。物資の補給や兵の補充は現地を中心になされていた。
カストゥール地区ミレンタのセトビア村でもそれは行われていた。
18歳から徴兵検査が義務付けられており、20歳になると『優』の判定を受けた村の男はいつ召集がかかってもおかしくなかった。
俺は16歳になると、その年齢には達していなかったが召集令状が届いた。同じ村のキールもまだ15歳だったが同じ時期に召集となった。北の森に比較的近い村だからなのか、若い男が多い村だからなのか理由は分からない。
令状が届けば、俺もキールも表面はお国の為と喜ばない訳にはいかなかった。
北の森は広大で鬱蒼としている。俺達の所属する小隊は下級の魔物が出現するエリアの担当だ。キールとは同じ隊にいる。二年経った今も変わらない。
俺は不安や恐怖に駆られた時は幼馴染のエリンや家族に宛て手紙を書いた。そうすると自分を何とか保っていられた。キールもイネットや家族に手紙を書いていた。
戦場では正気を失うものは多く、酒や薬に依存したり、近隣に作られた歓楽街での情事に溺れる者も多かった。
俺とキールはまだ成人には達していない。幸か不幸かそんな憂さ晴らしは出来ない。
俺達が出来る事といえば、まさにガキだがひたすら走り込んだり、ゲームに興じたり、歌い踊る位だ。
これでも俺達は魔物への恐怖と上手く折り合いをつけている方だと思う。
下級の魔物といっても、酷い被害を受ける事もある。2年で何人もの仲間を見送った。戦闘での判断力、行動力、統率力に優れたキールの側にいて良かった。何度も命を救われてきている。
俺達は魔物急襲に備え、森の中を見回りしている。
二時間程歩いて見回りしたところで、小隊は休憩を取る事になった。
俺もキールも太い木の幹の根元にもたれ掛かり身体を休める。
徐にキールが話し出す。
『なぁ、もしも、もしもだけどさ….。もし村まで帰る許可が出てさ、休暇が取れたらお前どうする?』
キールがいつもの様に俺に聞いてくる。俺の答えは決まってる。
『勿論エリンに求婚するね。』
『あははっ、マジかよ。まだお前18歳じゃん。』
暫く笑い続けている。
『そういうお前はどうなんだよ…。』
俺は一応いつも通りに尋ねる。
『あ、俺?…だなぁ、やっぱりイネットに求婚するかな…。』
俺はいつもの様に鼻で笑う。
『何だ、お前もじゃん。』
『……………。』
『………………。』
俺達は互いに大きく溜息をつく。二人して夜空を見上げる。町や村の明かりが届かないこの辺りは見上げると無数の星々が煌めいている。
『マジで帰りたいな。』
『あぁ、マジで帰りたいな。』
首を垂れる親達の側の頭上で閃光弾が上がる。高い警笛の音が続いて鳴り響く。
かなり近い距離だ。
あちこちで物音と共に悲鳴や怒号が聞こえ始める。
ガサガサと音がしたかと思えば、四方八方から小さな丸い光が幾つもユラユラと揺れ動き徐々に近付いて来ていた。
ゴクリと俺は唾を飲み込む。
『これは不味いな、このまま成す術なしに終わるのはやだな。』
俺とキールは背中合わせに敵と睨み合う。もう直ぐそこまで来ている。
『だな、せめて一矢報いたいな。』
俺達は最終手段に出る事にした。今までとはピンチの度合いが違う。このまま嬲り殺されるだろう。
俺達はもしもの時に備え、ヤバい物を持たされている。
非常時に使用を許可されている精神安定剤と限界値まで能力を引き上げる薬だ。
俺とキールの予想では、普段は使用が禁止され、所持していても罪となる様な薬物だと睨んでる。
もう一つは敵に囲まれ自分の死が予想される際に道連れにする為の爆発物だ。これも自分の身体は愚か、広範囲を焼き尽くす代物だと思っている。
俺は遺言をキールに託す。
『正気を失う前に言っとくわ、もしお前が生き残れたら、エリンと家族に宜しく伝えてくれ。』
キールも俺に遺言を託す。
『俺もだイネットにも家族にも宜しくな。』
俺達はその言葉の後直ぐに薬を口に放り込み、噛み砕いて飲み干した。
身体は羽の様に軽くなり、もう恐怖も不安も感じない。暗闇の中でも敵の姿が見える。
俺は全力疾走で相手の懐に潜り込み次々と斬りかかっていく。息が上がる事もなければ疲労を感じる事も無い。
斬り刻めばドス黒い液体が自分の身体に降り掛かり生臭い臭いが鼻をつく。焼き払えば焦げ付いた臭いが鼻腔に染み付いていく。
まるで地獄だ。
それでも脳裏に故郷の景色と大好きな人達の笑顔を思い浮かべる。あの場所を守る為に俺はここに居るんだ。
だから殺さなくちゃ。
目の前に現れる敵を出来る限り。
例えこの魔物も俺達と同じだったとしても。
こんな事もう沢山だ。神がいるなら救ってくれ。
俺は幾度も幾度も殺し続けた。
もうどれ位経つのか分からない。辺りは静けさに包まれている。耳に届くのは俺の乱れた呼吸と足を引き摺る音。身体は重く節々が悲鳴を上げている。
本当は勘付いていた。もう二度と帰れないんじゃないかって。
ここに送られる奴は魔力を大なり小なり持っている。
俺の予測が正しければ、魔物との遭遇は狂気度を上げていく。不可逆的だ。魔力の総量が高ければ高い程、魔物の精神汚染を受け止められる。
多分俺とキールは大した魔法は使えないが、年齢を飛び越す程の魔力値だったんだろう。
暗闇の奥から物音が聞こえる。
大きな赤い二つの光が上へ下へ、右へ左へと残像を残し凄い速さで移動を繰り返し近付いて来る。
きっと噂に聞くジャバウォックだ。コイツは村一つを滅す存在だ。
俺は覚悟を決めて懐のポッケに縫い付けられた爆発物を引き千切り、安全装置のピンを引き抜いた。