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江渡先生

 どうやら圭介(けいすけ)由緒(ゆい)は、志緒里(しおり)が休憩のしている間に、ずいぶん先へ進んでしまったようだ。

 志緒理は二人を追って、再び山頂を目指す。が、いくら登っても、圭介と由緒の姿は見えなかった。そればかりか、彼らが立てる物音さえも聞こえない。あの騒がしい由緒のことだから、志緒里が遅れていることに気付けば、声の一つも掛けて来そうなものである。

 一分にも満たない休憩時間で、声が聞こえなくなるほど遠くに引き離されることなど、あるはずもなかった。と、なれば、志緒里が道を間違えてしまったのかもしれない。

 志緒里は、先ほど休憩した場所へ戻ろうと、今度は斜面を降り始めた。遠足で、ここを訪れた時の記憶を引っ張り出しながら、なんとか見覚えのある地形を見付けようと奮闘すること数分。懐中電灯で照らした先に、平らで白っぽい大岩が見えた。その上には、なにやら真新しい足跡が付いている。近寄ってよくよく観察すると、どうやら子供のものではなさそうだった。おそらく江渡(えと)先生が残したものだろう。爪先の向く方を見れば、木々の間に踏み均した道が見える。

 江渡先生が、裏山へ入るなと言う言い付けを守らない子供たちのために、見回りをしていたのであれば、この道の行き着く先は山頂に違いなかった。

 志緒里は登山道を外れ、小道をたどり始めた。道は斜面を横切るように付けられていたから、傾斜はずいぶん緩やかだった。しばらく足を進めると、道は唐突に途切れた。行く手には大岩があり、その裏手は二階建ての家ほどもある崖になっている。ひょっとすると、途中で分かれ道を見逃してしまったのかも知れない。そもそも山頂へ向かう道なら、どこかで登り坂になるはずである。

 急に不安になって、志緒里は元来た道を戻ろうと振り返る。そうして、今さらになって、辺りがずいぶん明るくなっていることに気付いた。いつの間にか日の出を過ぎ、斜面に朝日が差していたのだ。それで志緒里は少しばかり落ち着きを取り戻し、引き返す前に、道が本当に途切れているのか確かめるべきだと考えを改めた。

 大岩を回り込んでみると、それは思いのほか薄っぺらく、垂直な崖に寄りかかって差しかけ小屋の屋根のようになっていた。岩の下には空間があり、なにやら秘密基地のような(おもむき)がある。高さは意外とあって、大人でも身を屈めずに歩けそうだった。地面には落ち葉が吹き溜まっており、踏みつけるとパリパリ音を立てて砕けた。空間は奥へ向かうにつれて狭くなっており、突き当りには、落ち葉に埋もれる白っぽいものが見える。しかし、朝日を背負った自分の影が邪魔して、それが何であるかは判然としない。

 志緒里は、奥へ足を踏み入れた。そして地面にしゃがみ込み、白い物体に懐中電灯の光を当てる。明らかに、何かの動物の骨だった。丸く滑らかな形は、それが頭骨であることを示している。

 志緒里は懐中電灯を地面に置き、骨の周囲の落ち葉を、そっとよけ始めた。普通なら、気味が悪くてとてもできそうにない作業なのに、その時は不思議と何も感じなかった。

 ほどなく、それは姿を現した。

 小さな、人間の頭蓋骨だった。

「みいつけた」

 そんな言葉が、勝手に口を出た。

 背後から落ち葉を踏む音が聞こえ、ふと辺りが暗くなる。振り返ると、この秘密の空間の入口に、逆光を背負う人影があった。

「裏山に入ったら、ダメだって言ったよね?」

 江渡だった。多少薄汚れているが、昨日とまったく同じ格好をしている。まさか、ずっと山の中に潜んでいたのだろうか。

「しかも、一人でこんなところに来るなんて」

 江渡は、ざくざくと落ち葉を踏んで、志緒里に歩み寄って来る。しおりは頭の中でぐるぐると言い訳を考えるが、生憎とうまい理由が思い付かない。カブトムシなど、もっての外だ。

 結局、志緒里は逃げ出すことにした。ダッシュで江渡の脇をすり抜けようとするが、ぐいと髪を引っ張られ、仰向けに引き倒された。痛みとショックで呆然としていると、江渡が身体の上に覆いかぶさって来た。教師の身体はひどく汗臭く、志緒里は吐き気を覚えた。

 江渡は志緒里の腿の上に尻を置き、少女の両手首を左手でまとめて掴んでから、それを彼女の頭の上で地面に押し付ける。それでもう、志緒里はすっかり動けなくなってしまった。

「こんなチャンス、もう二度とないと思ってたから、先生は嬉しいよ」

 江渡は猫なで声で言った。

 一体、どう言う意味かと志緒里が訝しんでいると、江渡は勝手に続ける。

「以前はよく、ここで百合さんが遊んでくれてたんだ。でも、あの日、もうこんなことは嫌だなんて言い出して、聞けばもうすぐ志緒里さんが来るって言うし、これはもう私たちのことがバレたんだと思って、本当に冷や汗をかいたよ」

 しゃべりながら、江渡は右手で自分のベルトを外していた。

「二人だけの秘密だって約束したのに、ひどいと思わない? もちろん、約束を破ったんだから、罰は受けなきゃいけないよね。だから私は、何度か百合さんを殴ったんだ。そうしたら彼女、動かなくなって」

 志緒里はぎょっとして、打ち捨てられた頭蓋骨に目をやった。もちろん、動けるはずもないから、それはかなわなかったが、江渡には意図が伝わったようだった。

「あー。いやいや、実は気絶してただけで、その時はまだ死んでなかったんだよ。家へ連れて帰ると、急に目を覚まして、大声で笑いだしたから、本当に殺したのはその時なんだ。首を絞めてね。そうして、捜索やらなにやらが終わってから、死体をここに隠したってわけさ」

 凶行を白状しているとは思えないほど、江渡の口調は平然としていた。悔んだり、悪びれたりする様子は欠片もなく、表情も能面のようで感情らしきものが、まったく欠落している。

「そう言えば、志緒里さんも約束を破ったんだっけ」

 江渡は志緒里のスカートをまくり上げ、下着に手を掛けた。

「だとしたら、罰を受けないといけないね。もちろん、これは楽しい遊びだから、罰にはならないかも知れないけど。きっと、君もすぐに気に入ると思うよ。だから、そんなに怖がらないで。ね?」

 もちろん、恐怖はあった。それ以上に、何もできない自分が悔しかった。こんな思いをしていた百合のSOSに、気付いてやれなかったことが悔しかった。

 せめて、大声で叫んでやろう。こんな山の中だから、助けは望めないにせよ、学校ではそう習ったのだ。ひょっとしたら、目一杯の声で叫べば、鼓膜の一枚でも破ってやれるかもしれない。

 ところが、志緒里の口から飛び出したのは、叫び声ではなくゲラゲラと言うけたたましい笑い声だった。別に、面白いことなど一つもない。それでも、腹が痙攣するように、笑い声が勝手にあふれ出してしまう。

「やめろ!」

 江渡の顔に、怒りの表情が浮かんだ。そして、下着に掛けていた右手を離し、志緒里の頬を平手でぴしゃりと打つ。それでも笑い声は止まらない。

「やめろ!」

 江渡は叫び、志緒里を押さえ付けていた左手も離し、両手でもって少女の首に手を掛ける。が

「死ね、変態教師!」

 そんな叫び声と同時に、鈍い音が響いた。江渡の身体はくたりと崩れ、志緒里の上に覆いかぶさる。その肩越しに見れば、怒りの表情を浮かべる由緒と圭介の姿があった。

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