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ゲラ子さん

 放課後、三人は学校からほど近い市民センターにいた。

 正確には、その二階にある図書館。

 そこで圭介(けいすけ)は、コピーした町の地図を机に広げ、その上に付けた赤鉛筆の印とにらめっこをしていた。彼を真ん中に挟み、志緒里(しおり)由緒(ゆい)も地図を覗き込む。

 肩が触れ合うほど男子と接近するのは滅多にある経験ではなく、志緒里はいささかどぎまぎするが、由緒はちっとも気にしていない様子だった。

「なにかパターンがあるかと思ったけど、これはダメだな」

 圭介はふぅとため息を落とす。

 地図の上に書かれた赤いバツ印は、ゲラ子さんが現れた場所だ。志緒里が見ても、そこに何らかの法則性があるようには思えない。

「順番はどうなってるの?」

 志緒里がたずねると、圭介は黙ってバツ印の横に番号を振り始めた。が、それを加えてもなお、ゲラ子さんが現れた場所はてんでばらばらで、彼女が気まぐれにさまよい歩いているようにしか思えない。

「パターンがわかったら、先回りして会えたかも知れないのに。残念」

 と、由緒。

「直接会うのは遠慮したいな」

 圭介は腕組みをして言う。

「なんで。面白そうなのに?」

 由緒はきょとんとして聞く。

「現れるのは、自分の部屋だけじゃないらしいからな。トイレに入ってたら、いきなりドアを開けられた子もいるんだ」

「それは、困る」

 由緒は言って、眉間にしわを寄せた。確かに、相手が幽霊だとしても、トイレの最中を覗かれるのは、あまり愉快ではない。

「ぼく、トイレで本を読んでると、ドアを開けられても気付かないからさ。せっかくゲラ子さんが来てくれても、わからないかも知れない」

 由緒は斜め上の理由を告げる。

「鍵は掛けないの?」

 志緒里があきれて聞くと、

「うーん」と、由緒は難しい顔をした。「ぼくが鍵をかけてトイレにこもると、他の家族が入れなくなるからね。ぜったい、鍵を掛けるなって言われてるんだ」

 まあ、ドアを開けられても気付かないのだから、ノック程度でどうにかなるとは思えない。

「それにしても」と、志緒里。「ゲラ子さんは、何がしたいんだろう?」

「きっと誰かを探してるんだよ」

 由緒は即答した。

「なんで、わかるんだ?」

 圭介。

「だって、ドアを開けて『いない』って言うんだから、()()じゃなくて()()に決まってるさ」

 言われてみれば、確かにその通りだ。そうとなれば、ゲラ子さんは人探しの最中なのか。あるいは犬や猫かも知れないが、少なくとも対象はモノではない。

「お前、それほどアホじゃなかったんだな」

 圭介が感心して言う。

「もっとリスペクトしたまえ」

 褒められているようには聞こえないのに、由緒はふんぞりかえる。

「それじゃあ、由緒先生」

「なにかね圭介君」

「ゲラ子さんは、誰を探してるんだ?」

 もっともな疑問だ。ドアを開けた先の部屋――あるいはトイレ――に人がいるにも関わらず、「いない」と言うのだから、それはゲラ子さんにとっての探し人ではなかったと言うことだ。

「知らん!」

 由緒は即答した。

「まあ、そうだろうな」

「手掛かりがないんだもの、仕方ないよ」

 志緒理はフォローする。そして、気付く。

「それがわかれば、ゲラ子さんを成仏させてあげられる?」

 圭介はうなずき、それから口をへの字に曲げた。

「そう考えていた」

 三人は押し黙って、再び地図を睨み付けた。やはり、ここからゲラ子さんの意図を探ることは、ほとんど不可能に思える。

「それとは、あんまり関係ないかも知れないけど」

 なんとなく沈黙を苦痛に感じて、志緒里は口を開いた。

「探してる人が見つからなくて大笑いするのって、ちょっとおかしくない?」

「そうか?」

 圭介はきょとんとした顔をする。

「そうよ。普通はがっかりして、笑ったりなんてできないでしょ?」

「そう言う性質の妖怪なんだろう」

 圭介は、まったく疑問を覚えていないようだ。

「幽霊って言わなかった?」

「幽霊も妖怪も、大して変わらないさ。どっちも生きている人間とは、ぜんぜん違う考えで動いてるんだから」

 しかし、由緒は言う。

「ぼくは、わかるような気がする」

 志緒理は首を傾げて由緒を見る。

「だって」由緒は右手の平で地図を叩いた。「これだけ探し回っても、探してる人を見つけられないんだ。もう悲しすぎて笑うしかないよ」

 それは、わからなくもない。自分ではどうしようもできない絶望的な状況を前にすれば、地べたにくずおれるよりも、なぜか笑えてしまうものである。例えば夏休み最終日になって、課題のドリルをまるまる一冊やり忘れていたことに気付いた時などが、それだ。

「ゲラ子さんが笑う理由はどうでもいい」

 圭介はばっさり切り捨てた。

「なんでさ」

 由緒は言って、唇を尖らせる。

「それよりも大事なのは、ゲラ子さんが何をしたいかだ」

「でも」由緒は地図を指して言う。「これだけ調べても、なんにもわからないじゃないか」

 圭介はうなずく。「たぶん、考え方が違うんだ」

 由緒は目をぱちくりさせた。

「ゲラ子さんが幽霊なら、元は人間だったってことだろう。だとしたら、彼女は誰だ?」

「妖怪じゃなかったの?」

 志緒理は口を挟む。

「それは妖怪も幽霊も、生きてる人間が考えてる通りには動かないって意味で言ったんだ。ゲラ子さんが妖怪だって意味じゃない」

「結局、ゲラ子さんは誰なの?」

 志緒理がたずねると、圭介は視線を真っ直ぐに向けて見返してきた。

「俺は、仲里(なかざと)百合(ゆり)じゃないかと思ってる」

 思いもよらぬ名前が出て、志緒里はぎょっとする。

「三年生のころ行方不明になった女子だ」

「そんなの知ってるわ。でも、彼女が死んだって決めつけるのは、フキンシンよ」

 圭介の言いようは、今でも百合の捜索は続ける多くの人の努力を、無下にするものだ。そもそも、何の証拠があって、ゲラ子さんの正体が百合だと言い切れるのか。

「それじゃあ、他に誰がいるって言うんだ。この辺りに関りがあって、やたらとゲラゲラ笑う女子なんて?」

 そう言われてしまうと、反論のしようもない。なにより志緒里も、ゲラゲラと聞いて真っ先に思い浮かんだのは、百合だったのだ。

「ゲラ子さんじゃなく、中郷なら誰を探す?」

 と、圭介。

 志緒里には思い当たる節があった。しかし確証があるわけではないし、それを口にすれば、自身に非があったことを、今さらになって認めることになる。

 圭介と由緒が、そろって志緒里を見つめていた。まさか二人は知っているのだろうか。あの日、志緒里が百合と言葉を交わしたことを?

 志緒里はどうにもばつが悪くなり、席を立って出口へ向かった。

「どうしたんだ?」

 圭介の声が追いかけてくる。

「トイレ」

 志緒里は短く言って、逃げるようにその場を立ち去った。

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