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暗渠を泳ぐ竜  作者: 芹沢ハト
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【 抉 eguru 】


甚六へ。


思念での会話でも良かったように思うが、少々長い話になりそうなので残留思念のカタチとした。これをぬしはどこで聞いているのだろうか。あの河原にて哀愁を背負い、呆けた面でぽつねんと立ち尽くしているのだろうか。


責めはすまい。


ヒトとの関わりで心に傷を負う。これは竜の先代たちもまた通って来た道なのである。わしも然り。


ぬしと同じぐらいの歳の頃、わしもひとりのニンゲンのオンナを囲っていた。かあさんには内緒にしておくように。


ただ、『囲っていた』は語弊がある。正確には遠方より観察していたに過ぎない。こっそりと地表へ抜け出し、雲にまぎれ、その切れ間より彼女を眺めていた。出会いの経緯等は割愛する。要点はそこではないからである。


彼女の何がわしの心を捕らえて離さないのであろうか。尽きぬ疑問と収まらぬ高揚をただ頭の中で反芻しながら、これから余暇を利用してたびたび地表へ脚を運ぼう……うんぬんと、わしは浮かれていた。若気の至りである。


しかしながら、やはり我らは異なる種だということをわしは痛感する。


ヒトは悲しいほどに短命なのである。


次に出向いた時には、すでに彼女は妻となり母となっていた。その次には祖母と呼ばれていて、そしてそれが最後だった。さらにその次にわしが地上に出た時には、彼女はもう不在だった。鬼籍に入ったのである。


清楚と清廉を絵にしたような女性であった。地獄に来るわけがない。彼女は()()()()()。もう二度と逢えぬ。わしのお忍び行脚もこれにて終了となった。


俗な言い方ではあるが、ぽっかりと心に穴が開いた。事実である。何日間かは仕事に手もつけられない有様ではあったが、うつむいてばかりもいられない。前を向かねば。


陛下にお仕えすること、それのみに我武者羅と没頭し邁進した。嬉々として大地を震わせ、快哉と共に虚空を裂き、そして求められれば視界の隅々まで野を灰とした。そんな渦中にてかあさんと出会い、ぬしを授かり、今に至る。言い換えるならば、わしの竜たる矜持を一段引き上げてくれたのは他ならぬ彼女なのである。感謝しかない。


故に、一連のイトウタエ絡みの案件にてぬしが茫然自失と堕していても、わしはそれを不甲斐ないとは思わない。それは必須の凋落なのである。


今は打ちひしがれよ。構わぬ。脱力にさいなまれ、無気力に溺れよ。構わぬ。わしはぬしに猶予を与える。


プルートー計画についても少し触れておく。そもそもは『坂』に関する異変からである。


坂を登らせたヒトから地獄に関する記憶はすべて剥奪してきたはずなのに、『振り返らない』対処法を心得た者が現れた。イトウタエの前だ。もちろん当該者は結局のところ登坂の途上にて振り返り、事なきを得てはいるのだが、由々しき事態なのは明白である。つまり、何らかの手段によって情報が漏洩、坂の仕様がヒトの知るところとなっている。単純な話、記憶を失う前に記されたメモなり録音なりが関係者の手に渡っている。そのように推測するのが妥当であり、陛下はいたくお心を痛められた。プルートー計画の端緒はここにある。


改めて強調しておくが、ヒトは決して軽視してよい存在ではない。そのくじけぬ信念の屈強さには、驚嘆すべきものがある。彼らには彼らの都合がある。そう易々とオルフェウス計画を断念したりはしないだろう。たとえこれから何百と同胞を喰われたとしてもだ。


血の報復は更なる報復を招き、この悪循環を断つ術は皆無だ。もはや互いに相応の流血なくしての終息はありえまい。わしと飛竜どものヒトとの暗闘は、いつ終わるとも知れぬ。


だからこそ、ぬしとイトウタエに奇跡のごとき一縷の望みを抱く。


ヒトの血で真っ赤に染まったわしにはもはや出来ないが、次の世代のぬしらならば、あるいは、ひょっとしたら、もしかしたらと、夢のごとくに願う。


陛下がプルートー計画の『表』に若いぬしを置き、老いぼれのわしを『裏』の主軸に据えたのも、つまりはそういう理由なのである。


なりふり構わず、わしは暗渠の蓋を元に戻す。わしがこれからやろうとしている事と、ぬしに申している事、それが矛盾しているのは百も承知である。


それでもわしはぬしらに期待する。


蓋の中と外、両方の秩序と安寧を取り戻せ。無論、前途は多難、楽な道程ではあるまい。それこそ頭上の小さな点のような光を求めて、延々と闇の坂を登るような苦行である。わしとオルフェウス計画に携わっているニンゲンたちには無理だった。


しかし、やる価値はある。


わかりあえることを諦めない。わかりあおうとすることを投げ出さない。そういうことだ。


こころしてかかれ、甚六。ぬしに託す。






……でな、ぼちぼち護衛に出している飛竜に交代を出さねばならないのだが…… 


どうするよ?



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