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【7巻発売記念SS】悪役令嬢の兄は心配性6

ピッコマさんで7巻先行配信始まりました!

8/16……各電子書店様にて発売。




「また稽古場に顔を出してたのか。最近多いな」

「あー、まあ」


 執務室に続く回廊で、物憂げな顔をしたリチャードと遭遇した。

 最近よく見る表情に、少し濡れた髪。何をして来たのかは明白だ。


 そして、この煮え切らない返事も増えた。


「なんだ、何かあるのか」


「いや、なんだ、パトリックには心配かけたくないから……」


「水臭いな、悩みがあるなら言ってくれ。力になれることがあるかもしれないだろう」


 実は、とリチャードは珍しく戸惑いながら瞳を揺らしている。

 俺はいつにない様子の幼馴染に、自然とごくりと喉を鳴らしていた。


 リチャードは少し足を止め、視線で図書室の隣の小部屋を指した。


*****


「実はローズのことなんだが、」


 おおよそそうなのではないかとは予想していた。

 リチャードが時間をかけて頭を悩ませるのはだいたいローズのことだ。仕事のことでは決断も早いのに、ローズのこととなるといつもの情報処理能力は発揮されないのか。


 だが、今回に限ってはリチャードの行動はいつもと同じとは言えなかった。


 まるであの日のように──肉親を殺すのかと決断を迫られたあの日だ──頭の中の自分と戦っているかのように剣を振るっていた。


 きっとこれからもそういった決断の場は増えていくだろう。

 リチャードも、俺も。


 リチャードの口は開いたり閉じたりを小さく繰り返し、諦めたようにドカリとソファーに腰を下ろした。


 頭を悩ませていることがローズのことなら、俺にも何か力になれるかもしれない。


 うなだれた姿勢のままの親友を見ながら言葉を待った。


「────大砲の威力が、増しているんだ」

「俺の妹は人間だが??????」


 最初から現在まで大砲だったことはないが??????


「本人はそんなつもりではないということは理解しているんだ」

「お前がどんなつもりで俺の妹を見ているのか理解出来ないんだが?」


 リチャードは真顔で頭を抱えた。

 ついでに俺も真顔だ。大砲ではない。


「いやまず順を追って説明しよう。最近ローズが隠し事をしているのは気付いているよな」

「ああ、何か包みを持って挙動不審になっているな」

「ああ。可愛いだろう」


 なんだその苦悩顔は。

 可愛すぎて悩ましいということか?やかましい!


 いや、ローズは何をしても可愛い。最近、ローズは謎の包みを持ち運び、きょろきょろと何かを伺っている様子だった。


「おっと、あの包みが何かは知っていても言わないでくれ。隠し事をするローズをまだ見ていたい。あれで隠し通せると思っているんだから、たまらない」


 リチャードはローズが言うところの魔王顔で、妖しく口端を上げた。

 まるで全ては手の内だとでも言いそうな様子だ。あれだな。隠し事を暴きたい自分と、まだ楽しみたい自分で葛藤していたんだな。楽しい葛藤だな。


 ふー……前のめりになっていた姿勢を立たせ、眼鏡をクイッと持ち上げる。

 ただの惚気話だったか。いや、何か期待していたわけじゃない。惚気話でよかったんだ。今日も本国は平和だ。

 

「最近では囮のスコーンまで用意しているらしい。手づから食べさせてもらおうかな」

「……あまりいじめないでくれ」


 ローズもいじめないで欲しいが、俺のこともいじめないでほしいな!妹との惚気話をお兄ちゃんに聞かせるってどういうこと!?言えと言ったのは俺だがな!


 気付きたくないと思っていたが、リチャードの中でローズは俺の妹では無く、一人の女性として、恋人として見ている。


 いつまでも『俺の妹』だと言い張るのは、もう潮時なのかもしれないなとふと思った。

 寂しいものだ。雨風から守ってやらなければならないと思っていた雛鳥は、こうして巣立っていくものなのかもしれない。


「だが、相手はローズだ。逃げ道を一つ一つ潰し、残った逃げ道でここだと待っているのに天上に突破口を開けて出てくるのが彼女だ。勝機を逸してはならない。絶対にだ」

「……頑張れよ」


 この異様な空気の中、部屋の扉の鍵が動く音がした。

 この部屋の鍵を持っている人物は限られる。

 きっと扉が開いた時に見えるのは、話題の人物に違いない。


 先ほどまで黒い雰囲気をまとっていたリチャードが素早く立ち上がったのがその証拠だ。


 扉を開き中へ視線を流した騎士はこちらを見て、ハッと視線を後方へ流す。見覚えのある騎士に続き、また見覚えのある侍女が中を覗き、ニヤリと笑ったのを見逃さなかった。


 そして、外を気にした様子のローズがやっと中に入って来て、扉の内側を見てビシリと固まる。


「リ、リチャード様……!?」

「顔を見れて嬉しいよ。会いに来てくれたのかな」

「偶然、たまたま、通りがかっただけですわ!」


 ひぃ!とでも言いそうな顔でしどろもどろになっているローズは今日も可愛い。


 ちなみに、ローズ。お兄ちゃんもいるよ……?


 リチャードのきらきらしい王子様仕様の猛攻の中、逃げ道を探しているのかローズが視線をきょろきょろさせやっと兄の存在に気付いたようだ。


 だが、その視線は逃げ道では無く、何か恐れていたものでも見たかのようで。


「こここんなところに二人で何を……」

「ローズ、変なことを考えているだろう」


 俺にはわかる。それは逃げ道では無く、横道にばく進している顔だ。


「ローズがかわいいって話をしていたんだよ。それにしても、何かから隠れようとしていた様子だったけれど、大丈夫?」

「きききき気のせいですわ!隠れるだなんてそんなことするはずがございません!」


 そう言い張るローズの視線は俺に注がれていた。


 ……おや?おやおや?


 頭の中では過去から現在に至るまで積み上げられた数式や法則がフル稼働する。幾千もある可能性の中から導き出された可能性、つまり。


 ま、まさか、お兄ちゃんから隠れたかったと……そういうことなのか!?!?


 愕然とする俺をよそに、リチャードもそう捉えたのか黒いオーラがズモモモと足元を這い寄る。よせ!誤解だ!絶対に誤解だ!!


 きっとリチャードは自分のこと以外を、ローズが気にしているのが気に食わないのだろう。だから誤解だって!


「はは、そうだね。まぁ、こうして会えたのだから、このまま散歩でもしよう」

「で、でもリチャード様のご予定も……」


 またローズがチラリと俺の方を見るものだから、ローズの肩に手を回し振り向けないようにした。


「パトリックが力になってくれるらしいから、大丈夫。さすが右腕だ」

「やっぱり……!」

「ん?」

「えっ」


 確かに力になるとは言ったが、そういう力だったか!?言質を取ったら広い解釈で再利用するのはどうなんだろうなー!?


 あと、ローズ。その『やっぱり』は違うぞー!?


「あっ、わたくしお兄さまにお話が……」

「婚約者より”お兄様”が大事なの?ふーん」

「なっ……ッ!!また丸め込むつもりですね!!」

「丸め込ませてくれるの?では腕に抱えて歩かなければね」


 なんて、じゃれ合いながら二人は俺を置いていく。いいんだ。二人が幸せなら。

 きっと今が妹離れの時期なのかもしれないな。


 ずり落ちていた眼鏡をクイッと上げて窓の外を見れば、今日は雲が高かった。


 ────下を向くな、パトリック。眼鏡が落ちてしまう。


 さて、先に執務室に戻り街道整備の件と港街のあの件と……と抱える仕事の優先順位を頭の中でつけていると、「お兄さま!」とローズの声がした。


 声につられるまま振り向けば、ローズがこちらに戻って来る。今にも走りだしそうな様子に思わず、俺の方からローズの方へ足を動かしていた。


 だっていつもローズはこちらに駆け寄ろうとすると転ぶんだ。だから、ローズが転ぶ前に先に走って迎えに行くようになったのだ。


 ヨチヨチと俺に手を伸ばすローズ。

 何回か転んだのか、髪に草をつけて嬉しそうにこちらに来るローズ。

 俺の手を離し、ここが正念場だと断罪劇へ挑むローズ。

 

 走馬灯のように頭の中にローズとの思い出が駆け巡る。


「ローズ、どうし」

「お兄さま!わたくし、お兄さまのことを信じてますから」


 見ろ。もうすっかり大人っぽくなったと思っていたローズの瞳を。あの頃と変わらない、キラキラと輝く瞳を。


 ああ、ローズはまだお兄ちゃんを求めてくれるのだ。

 まだ兄でいさせてくれると、そういうことなのか……!


「……っ、ああ。ありが」

「兄妹で婚約者略奪は”ざまあ御覧なさい”確定ですわ……!」

「なんて?」


 ざまあ……御覧なさい、とはなんだ???


「お兄さま、落ち着いてくださいませ。今、巷では妹に婚約者を取られた姉は貴公子に見初められ溺愛生活が始まる物語が流行っているのです」

「お、おう」


 恐らく、その物語は今ローズの腕の中にある”本のような包み”と関係があるんだな?

 ここからは推測になるが、最近新しくローズの侍女になったリーヴァ嬢はかなりの読書家だと聞く。きっとリーヴァ嬢や友人に最近流行りの小説を教えてもらったのだろう。


「そのお話を読んで、気付いてしまったのです。これは私とお兄さまにも当てはまるのではと」

「どこも似通ってないが?こじつけが過ぎるぞ?」


 ローズは苦しそうな表情をしているが、落ち着いてほしい。いや、帰ってきてほしい。


「お兄さま、リチャード様の右腕という自覚はあって?」


 それはまぁ……とおずおずと頷けば、ローズはよろしいと言わんばかりにコクリと頷きを返した。


「実は、わたくしも公私ともにリチャード様の右腕になりたいと思ってしまったの……!ごめんなさい、お兄さま!」

「何もごめんでは無いぞ」


「もし私が我が儘で無理やり右腕という地位を略奪してしまったら、お兄さまは近隣諸国の中枢に行ってしまって溺愛される可能性があるのだわ!」

「何に可能性を見出しているんだ?」


「お兄様はきっと周辺諸国でも手腕を発揮されるのでしょう!でも、だめよ!お兄さまはリチャード様のそばにいなくては。それに、溺愛がなんですか。私たちの方がお兄さまを目いっぱい大切にするわ!」


「ローズ……」


 少しばかり曲道に急旋回で急発進が入ったが、なんてことだ。お兄ちゃんは……お兄ちゃんは感動して、前が滲んで見えない……!


「そうだよ。パトリックはずっと私の右腕だ」


 ローズを後ろから抱きしめたリチャードは包みを抱きこむ手を片方だけすくい上げ、手の甲にキスを落とした。


「そして、ローズはそうだな。例えるとすれば、心臓かな」

「リチャード様……それは」


 これは詩や恋歌にさほど興味の無い俺にもわかるぞ。恋人を心臓に例える意味は『君がいなければ生きていけない』とか『君という存在が身体に活力を満たしてくれる』という意味だろう。やかましい!


 ローズの銀の睫毛がふるりと震えた。きっとリチャードを恋する乙女のように見上げるのだろう。


「それは、なんだか手も足も出ない感じがして、おもしろくありませんわ……」

「「 え 」」


 ローズの目がスンッとしている。


 そりゃ心臓には手も足も無いが……!?

 そういうことじゃないだろう!?


「……確かにそうだね。俺の中にあってはこうして抱きしめることも出来ないものね」

「リリリチャード様!!人前ではやめてくださいと……!」


 ションボリしていたはずのローズは恥じらうように頬を染め、紫の瞳は朝露を含んだかのように潤んでいるがリチャードから逃げる様子もない。


 ────もう、なんだ二人とも。


 ふふっと思わず笑ってしまったが、誤魔化すように咳払いを挟み眼鏡をクイッと持ち上げる。

 

「さっきからイチャイチャイチャイチャと……人前で無くてもどうかと思うぞ!こういうものは節度を!!」


 ────やっぱり心配なので、せめてまだもう少し、お兄ちゃんは目を光らせておこうと思う。






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