【6巻発売記念SS】孤児とあいつ 2
俺の泥投げは日課のようになっていて、ついに壁を綺麗になるまで洗うように院長先生に叱られた日だった。
もちろん、あいつの部屋(一人部屋だ。働いていないくせに!)の壁だ。
俺の掃除する様子をまたボーッと見ているあいつを挑発したら、なんと今日は手伝うと言い始めた。
何かウラがあるんじゃないかと疑ったのは、一瞬だけだった。
あいつは、掃除がドヘタくそだった。チビどもの方が使える。
逆に汚してんのかってほど、泥を広げて「難しいな」と妙にニヤつくあいつ。
「…………お前、よくここまで生きてこれたな」
呆れた、とわざと大げさに馬鹿にしたような声で言ったのに。あいつは「ハハッ!たしかにな」と、何がおかしいのか笑い始めた。こわ。
「一応、一通りは訓練でこなしたつもりになっていたが……確かに、俺にここまでのボロ布を持たせる者はいなかった」
……またなんかキザっぽいこと言ってるよ。難しい言葉を使えばいいと思ってるやつっているよな。
あいつはほっといてさっさと終わらそうと、せっせと掃除をしていたのに。
あいつは目を離した隙に、広がった泥で遊んでいやがった!!!!
おい!と怒鳴ろうと思ったが、何か様子が違う。
泥を塗りつけてるのかと思ったが、何かが違う。
少し離れて、全体像を見てみる。
「……なんだこれ」
「薔薇だ」
……”ばら”って、なんだ?
なんだかわからないが、そいつはわかっているようでおもしろくない。
「……なんだよそれ。食えんのか」
くるりと、最初より焼けて俺たちと同じようにすすけたあいつが、呆れた顔で振り向いた。なんだよ。
「花だよ」
「花ぁ?女みてえ」
ハァ、とわざとらしい溜息が聞こえてきた。
俺が知ってる花はこんなモワッとしてねえし。花なんて女が遊ぶもんだろ。
あぁ、でも、そういえば母さんも花が好きだったかもしれない。
母さんを思い出してこんな気持ちになるなんて思わなかったな、と少し変な気分になった。
花は気が済んだのか、今度は下の方に花じゃないものを作り始めた。
ははーん。これは俺でも知っている。
「猫だろ!猫だな!こんな丸くねえけど!」
俺の知っている猫はもっとガリガリのちっこいやつだ。こんな肉付きの良い猫なんて歩いてたらさっさと食われちまう。
「子どもは猫が好きだな」
ふっ、とあいつが笑ったのがわかった。言ってくれる。
食うところは少ないけど好きなやつもいるんじゃねえ?と言ったら、すっげえびびってたのでスッキリした。きっとお前は猫にすら逃げられるんだろ。鈍臭そうだもんな。ひ弱おつ。
今度は人間らしい。
髪が長くて、服も長い。優しそうな顔だ。
「あ、わかった!女神様だろ!」
そう言ったそばから、女神様の顔に泥水が垂れてくる。
驚いて他を見れば、花も猫も泥が垂れて最初の形から崩れていた。
なんだかそれが、もったいなかった。もっと見たかった。
今度は俺が口をへの字に曲げて不貞腐れていた。
やり直すのかと思ったのに、あいつは水を勢いよくかけて流した。
全部消えちゃっただろ、なにするんだよ!って言いそうになったが、やっぱり言えなかった。
あいつが、泣きべそかいてるように見えたから。
男は泣かねえって俺でも知ってるのに、あいつは泣きべそみたいな情けねえツラをしてた。俺はどうしたらいいかわからなくて、見なかったふりをした。
それから俺たちは一言も喋らず、掃除をした。
あの顔を見てから、俺はこいつが少し嫌いじゃなくなった。少しな。
あれから俺は泥団子を投げるのをやめたのに、あいつはなぜか窓に絵を描くようになった。
……泥で。
何やってんだよと聞いたら、スカした顔であいつの部屋を見せてくれた。
あいつの部屋は窓から日の光りが入る。一等良い部屋だ。
前は院長先生が使っていたはずなのに、あいつが横取りした。
その部屋の、窓とは反対の壁に絵が浮かんでいる。
部屋の中にも、あの壁の絵が広がっているようだった。
今度は垂れてない。ずっとそのまま、太陽に雲がかかって薄くなったり、濃くなったり、なんだか生きてるみたいだった。
それを、今後は俺がボーッと口をあけて見ていた。
この部屋だけ時間が止まったみたいだ。
「筆があれば」
あいつの声で、そういえば!と自分を取り戻す。
「”ふで”って、なんだよ」
あいつは笑ったままだった。
それからあいつは、窓ガラスに土で絵を焼き付けると言い出した。他の国でそういうトウキってやつに絵を描いて焼く方法があるとかなんとか言ってたが、またなんか言ってるよ……と俺は聞き流していた。
しばらくすると、あいつはいなくなった。
挨拶もナシだった。これだから世間知らずの顔だけ引きこもりの穀潰しは。
それから数年後、俺も成長して孤児院を出た。
何年か前に法が整備され、運良く傭兵になることが出来た。孤児の俺が、だ。
領主様の後見をえることが出来て、商家の護衛につくことも出来た。生活も安定した。
今なら母ちゃんにメシを食わせて薬屋に診せることも出来るのに、と思う時がある。だけど、そう思える今が幸運な夢を見ているだけなのかもしれない。
俺の雇い主の商家では孤児院工場で生産された商品を取り扱っていた。
今回は、その商品を王都へ納品する護衛業務だった。
初めての王都ということで、帰りがけに商家の旦那様が観光名所となっている教会にも顔を出すということで、内部を目にすることが出来た。
その教会は代々王族の婚姻式などの行事も執り行うそうで、荘厳な雰囲気があった。
なかでも祭壇の背面に位置する、見事な色とりどりなガラスで出来た壁は圧巻だった。
ガラスは太陽の光りを受けて、神秘的な輝きを放っていた。その光が教会の壁を彩っていた。
そのガラスには、あの女神様の絵があった。
ガラスに直接絵が描かれているようで、髪の一筋から睫毛まで描かれている。傍らには猫にも見える遣いと、白薔薇が。
呆けたように見上げる旦那様に、神父は俺にも聞こえるように教えてくださった。
この巨大なガラス細工は、当時の王太子殿下の婚姻式に合わせて新しく作らせたもので、女神様は聖女とも呼ばれた現王妃殿下がモチーフになっているらしい。
そう言われても、王族なんて見たこともないのにわかるわけがない。この絵を描いたやつだってきっと想像だろ。
俺にとってはこれがまさしくコレが女神様なんだと思った。
俺はなんとなく、あいつを思い出した。
ということで、明日(3/16)より、電子書籍発売開始です!
あいつがどうして孤児の少年に泥をぶつけられるようになったのか、シーズン1終幕の6巻です。
(記念SS、5巻の分がないじゃん????って思うジャン???
スコちゃん視点とかいろいろ書きたい気持ちはマウンテンマウンテン……
新しく書き始めているものもあるので、よかったら覗いてみてください!
『ヒロイン転生したので”私の考えた最強ハーレム”をつくる話~一途なヒーローがしつこ過ぎます~』
────前世は天才魔術師だった村娘アンは、
前世の徳を顔面ステータスに全フリしてヒロインになっていた。
時は王歴●●年、数百年前に魔王を封印した世は今も平和も平和。ド平和だった。
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うっかり貴族の家に引き取られるところから、このヒロイン史は始まる。
これはヒロインとして逆ハーレムを目指すラブコメである。たぶん。
悪役令嬢ものによくあるヒドインがとにかく頑張る!頑張れヒロイン!負けるなヒロイン!死ぬんじゃないぞ!




