悪役令嬢の婚約者の弟-レイノルド- 1
第二王子レイノルド視点です。
リチャードが予定より早く帰還したと聞き、執務室に向かっていた。
不在時の貴族たちの動きを報告するためだ。
王太子が不在、かつ遊び惚けている第二王子が国内にいる状況で色々見えるものがあった。
思考を巡らせていたところ、目的地より手前の空き部屋の前に尋ね人がいた。
最近の噂の中心人物である黒髪の聖女こと、サーラと一緒に。
二人は部屋の前で何やら話し込んでいるようだ。
今までにない距離感での密談に足を止める。
サーラが一歩前に進み、リチャードが扉の中に招く。
その人目から隠れるような行動に目を疑う。
出立前の、ローズが何やら勘違いしていた二人の場面は一緒に見ていた。
あれはそう見える角度なだけだった。あれで勘違いできるのはローズだけだろう。
でも、この場面はどうだろうか。
サーラの細い腰に手を回したリチャードが、人目がないか確認しようとしたのか視線を巡らせ、こちらに気付く。
少し驚いたように目を開いたリチャードは、バツの悪そうな顔をして指を口の前に立てた。
自然と近くにローズがいないか探すが、リチャードは小さく首を振る。
ローズには黙っていろということか。
肩をすくませ返事をすれば、扉が目の前で閉まっていく。
密室に、側室候補と。
中で何が起きているかなんて、それしかないだろう。
さて、リチャードはローズ以外に手を出さないと思っていたアテが外れてしまった。
ローズに「サーラを側室候補として後宮で匿う」と言ったのは嘘ではない。
どう転んでも、結局リチャードはローズに甘いから。
サーラは名ばかりの側室ということにして、時期を見て”降嫁”でもなんでも……。
ここまで考え、リチャードは確かに昔からそういうやつだったかもしれないと可能性に思い至る。
なんせ、ローズを手に入れるために弟まで陥れた男だ。
話を聞いた時には心底驚いた。リチャードの執着心を軽く見ていたのかもしれないと認識を改めたのだった。
その男が。
いくら双子とはいえ、離れている時間が長いと変わるのかもしれない。
「──ローズは、泣いちゃうかな」
ローズが”あの日”のように泣いている顔を想像して、口端が上がってしまう。
*
第一王子と双子の弟である俺には、そう多くは求められなかった。
幼い頃は病弱だったらしく、その印象が強いのか
はたまた二番目には、求めているモノが異なるのか
よく大人たちの顔色を見て、どのように振舞えば良いのか考えていた。
良い子にしすぎると変なやつらがリチャードの悪口を言うし、悪い子になりすぎるともっと悪い大人が菓子をもって誘ってくる。
お菓子は嫌いだ。乳母に黙ってもらった菓子に手をつけたらひどい目にあった。
模索期を経て、どうやら俺に求められているのは元気な子供らしさと”かわいらしさ”だと気づく。
リチャードとは違う武器を持った俺の周囲は平和だった。
双子といっても乳母は別、講師も別、部屋も分かれている。ただの同い年の兄弟だ。
幼い頃は似通ったところも多かったはずのリチャードが急に変わったのは、ローズが原因だと気付いていた。
ローズがいる時はリチャードは”良い子”ぶるし、正義の騎士かのような顔をする。
俺だってローズを可愛がっていたんだ。それなのに、ローズはリチャードには尊敬する兄を見るような顔をするくせに、俺にはあたかもライバルかのような態度をする。年下のくせに。
ローズはすぐ泣くし、変なやつだし、リヒトたちを”可愛がり”過ぎると怒りながら止めに来る。
むしろローズの反応を見たくてリヒトたちに構っていた自覚はある。
──それに、なぜだかローズが泣くと安心している自分もいた。
もう遠い記憶だが、”あの日”は朝から憂鬱だった。
講師から「第二王子とはいえ、こんなこともできないのですか。リチャード様と比べて──」なんてキンキンと怒鳴られるのはいつものこと。
俺は知っていた。
この講師はリチャードについている講師と同じように称賛が欲しいのだと。
「出来の悪い第二王子を優秀にした」という実績が欲しいのだと。
だから何も苦戦せず始めからクリアしてしまえば不満そうにする。
あくまで”出来損ない”を”自分が導いた”という筋書きが欲しいのだ。
やっと講師の”演説”が終わった。
そうしてから、やや反省した顔をつくり講師がわめいていた”アドバイス”とやらを小さく繰り返す。
次にあっさりとこなしてしまえば不審がられるので、合格よりやや少ない程度で大げさに喜ぶことが重要だ。
努めて”子どもっぽく”そして最後には必ず「先生のおかげです」だ。
こうしてやっとクリアできる。
講師は満足するし、”愚鈍な俺”は安全でいられるし、良い関係だった。
そんなことがあった日、ローズはいつものように飽きもせず「お姫様ごっこをしましょう」だのと言っていた。
お前が憧れているお姫様もきっと、俺みたいに苦労しているんだぞ。なんて思って、少しからかったつもりだった。
リチャードがよく触れていたローズの髪を老婆のようだとリヒトに言わせた。そもそも、ローズはリヒトの婚約者なのだからリチャードに気安く触らせているのもどうかと思っていた。リヒトもそう言えばいいんだ。だから。
ローズに”役目”を与えたんだ。
したいことではなく、求められている役目をこなすことの方が重要なんだと。
ローズがあんなに泣くとは思っていなかったのは本心だ。
俺は今まであんな風に大げさに、全身で、泣いたことは無かったし。これからも無いだろう。だから泣くなんて予想外だった。
──でも、あの時ローズを見て
俺も内心では傷つき泣いていたのかもしれないと思った。
*
別に助けるつもりで海に飛び込んだわけではなかった。
自国に戻ることになった俺との別れを惜しんでくれた男が酔って落ちたから。
公国では重要なポストにつく男だから。
王族である俺が助けに行ったんだ。
恩を感じて国を越えても恩を返してくれないと困る。だから。それだけだ。
俺が飛び込んだことで周囲も船上に残ってはいられないとなったのか、酔っ払い共が次々と海に飛び込むものだから、どれが誰だかわからない。
やっと第一の酔っ払い男を見つけ、先に落としておいた酒樽にくくりつけ……気を失った。
自分では気付いていなかったが、相当酔っていたらしい。
それもしょうがないだろう。
自国にいれば共に兄である王太子を追い落とそうと粉をかけてくるやつがうっとおしい。
そんな力はないのだと装えば膿が集まる。
掃除が俺の役目かとくすぶっていたのを父は気づいていたらしい。だから、王配の件は確かに悪くない話だった。悪くないと思ったのは最近になってからだったが。
単身他国に渡り人脈形成とまだ子どもの婚約者のご機嫌取り。
それが己に課せられた仕事なのだと飲み込み、友も出来た。
それなのに、一瞬で無に還ったんだ。俺の努力が。
いったい何の時間だったんだ。また一からやり直すのか。
こんな時、リチャードだったらどうするだろうか。リヒトだったら。
ローズだったら、どんな顔をするだろうか。
あいつのことだから、悲劇に見舞われたと身も世もなく泣いた次の日にはケロッとしているだろうか。
沈みながら走馬灯のようにそんなことを考えていたと思う。
────次に気づいたら、深い色の瞳がこちらを見ていた。
瞳孔が見えないほど濃い色の瞳がこちらを心配そうに覗き込んでいて、それがどこまでも見透かしてしまいそうで、つい逃げを打つ。
そばに居られては、知られたくない部分まで暴かれそうで「他のやつのところへ」なんて言ったが、本当に行かれたら行かれたで納得しなかったと思う。自分でも面倒な性格をしている自覚はあったが、まさか毒を飲まされるとは思わなかった。
その女は俺の口を抑え、毒ではないと言い張ったが。二度とごめんだ。
その女──サーラの話を聞けば、宝島の王女だという。
宝島は周辺国と貿易をしない未開の地かと思っていたが、こちらの言葉が通じることに驚く。
長く鎖国政策をしき海外の情報を遮断することにより、自分が住む社会が当たり前と考え、民は不満を持ちにくくなる。そうして国民を統一し、 支配階層にとって支配しやすい政治形態だった宝島内で起こっている動きを聞きながら、課せられた役目を果たさず帰国する第二王子の手土産としては上々だな、と考えていた。
*
ジャケットを手に持ったリチャードが先に部屋を出た後、たっぷり時間を置いて出てきたサーラを捕まえ、柱の陰に引きずり込む。
つい変わった箇所を探してしまいそうになり、自嘲する。
俺は馬鹿か。
切り替えるように軽薄そうな顔を作る。なんてことない出来事だったと見えるように。
「それで、うまくリチャードに取り入ったわけだ?」
「……見てたのね」
否定しないのか。
まだ期待していたのか、落胆している自分に気付く。
何を期待していた。
サーラにこの話を持ちかけたのは自分だろう。
サーラが俺から視線を逸らし、癖のない黒髪が風に揺れた。
それを捕まえるように一房握る。
この黒髪にはもう触れられない。
リチャードが利用すると決めたのなら、もうこの滑らかな黒髪には触れてはいけない。
こうして柱の陰にいることもいけない。
ゆっくりと黒髪から手を放し、一歩下がる。
まっすぐな黒髪には俺が握った跡すらつかない。
「ちゃんと、私のことを発表してくれるそうよ。お披露目の宴の場を作ってくださるって。破格の扱いよね。”宝島”にも使者を送って……まぁ、当日に詳しく説明があるわ」
サーラはいつかの日のような少し疲れた顔で笑った。
宝島の新しい王朝を担うと目される男は──サーラを娶るはずだった老齢の男だ──現王朝であるサーラの派閥に属する海の戦力が欲しいらしい。
しかし、海の兵たちは新しい主を受け付けず、王女を逃がした。
旅立つ日、迷うサーラの背を海の兵たちは押した。
『次代は抑えつけるのでは無く、発展のために前進せねばならぬ。しかし国内でしか威張れない新王朝派の勢力が増し、盲目のまま開国なんてしてみればすぐ植民地化される。自国の中、城の中にいてわかるわけがない。海は広いんだ』と。
心細そうに笑うサーラを、俺は、守ろうとしたんだ。
「レイノルドも出席するわよね?」
「あぁ。ローズも来るんじゃないかな」
「ロ、ーズ様も……」
「もちろん。側室のお披露目パーティーにアディール侯爵家が欠席したら揉めるでしょう」
当然だろう、と言えば
サーラは悲しそうな表情をした。
ずいぶんとローズは人たらしだなと思う。サーラにこんな顔をさせるなんて。
「……機嫌よさそうね。計画通りに行ってそんなに嬉しいの?」
「あぁ、最高の気分だね」
どうやら俺は上手く笑えているようで安堵する。
「────レイノルド、ごめんね。助けてくれて、ありがとう」
ローズの泣き顔は見たいけど、サーラのそんな顔は見たくないな
ここまで、初期投稿より改稿してますのでご注意ください。
やっと初期投稿部分まで戻ってきました。ラストまで書き溜めて投稿しますので、もうしばらくお付き合いください。今年中に完結します。




