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【WEB版】婚約者が浮気しているようなんですけど私は流行りの悪役令嬢ってことであってますか?  作者: コーヒー牛乳
-Season2-

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悪役令嬢の婚約者-リチャード- 1

「待ち人来ず、だ」


バルコニーから戻ってきたパトリックに合わせ、ぬるい潮風が部屋の中へ流れ込む。

手元の書類から視線を上げると、月の光を受けた銀の髪が鈍く光ったのが見えた。


ため息をひとつつき、また手元の書類へ戻る。

昔から変わらない流れるような文字に目を通し、遠い地の様子を思い浮かべれば疲れが少し紛れた気がした。


「なんだ、また報告書を確認してるのか? ”ローズの行動日記”」


笑ってるぞ、とパトリックは近くのローテーブルの上に散らばった書類に手を伸ばし、次々と処理別に分け始めた。


「婚約者が不在の間も充実していたようで目が離せないよ」

「あの短い時間に揉めていたたわりには余裕だな。俺の妹と」


パトリックの言葉で、先日王宮に寄った時のローズの様子を思い出す。

思い出してしまうと、またじわじわと口端があがってしまう自覚があった。


「────あともう少しだ」


ボソリと呟くとパトリックがこちらを見て『うんざりだ』という顔を向けた。

その顔が幼い頃にレイノルドにからかわれた時のローズにそっくりで、吹き出してしまった。


港街での捕物を終え、王都に寄って報告と人員の交代。荷物の補充。

そのまま公国へ向かい、連日の夜会に会談、顔つなぎやら視察の日々。


今日も深夜まで続く事務作業にさすがに疲れが出たのか、パトリックがこめかみを指で揉み始めた。


それもそのはず、ここ公国では心理的な負担が多い。

公国はレイノルドが王配として婿入りする予定だった国だ。


だった、というのは王位継承権第一位であり、レイノルドの婚約者であった王女様は現在十一歳。

こちらの状況や、まだ暫く婚約期間が続く見通しであったことや、公国の現国王の第二妃が懐妊していたことなど……様々な事情があり、

レイノルドは一時帰国となった。はずだった。


この度、第二妃が男児を出産したと連絡があり事態は余計ややこしくなる。


待望の男児に王位を譲るのか、当初の予定通り女王として即位することになるのか

──リベラティオ国はどちらの派閥につくのか──それが今の重要課題だ。


通常なら男児誕生の祝いと挨拶には外交師団を出すのだが、

レイノルドが帰国したということで今度は俺が国から出ることが可能となった。


そのついでとばかりに各地に出向いているのだが、今回ばかりは早く帰りたくてしょうがない。

もう少しで、何年も何年も求めていたものが揃うのだから。



ローズと初めて会った時のことは、未だに覚えている。


本来、喋れやしない他家の幼い子どもを見ることはないのだが、たぶんパトリックが異常な熱量で妹の話ばかりするものだから興味を持ったのだろう。

うちでも弟のリヒトが同じ頃に誕生したし、そんなに熱く語るなんて弟と妹で何か違うのだろうかと思ったはずだ。

前後関係は何分幼児の頃なので、ひどく曖昧だ。


まだ数える程度しか見かけたことのない、赤くて小さくて何やら頼りない動物のような”弟”よりも、パトリックの”妹”は随分と「可愛い」らしい。


ならばと早速パトリックの家──アディール侯爵邸に訪問し、俺について来た乳母やメイドたちと護衛まで巻き込み隠れんぼがしたいと強請った。アディール侯爵家の使用人に他の大人がずるをしないように見ていて欲しいと巻き込み、大人の目をかいくぐり(この日、巻き込まれた大人たちは顔を青くさせ、字の通り必死で探したのだと今でも元乳母は胸を抑え語る)まさかの展開と大人に怒られることが予想出来る事態におどおどするパトリックに妹がいる部屋まで案内させ冒険へと旅立った。


該当の部屋の前でパトリックに「自分の乳母はどこ」と言わせ、ローズの乳母を部屋から離した(この日がきっかけとなりアディール侯爵家の乳母規則が改定され、乳母は常時二人体制となった)計画通りパトリックを囮に使い、妹の部屋に侵入することに成功したのだった。


ローズの乳母が今しがたまで座っていたであろう椅子の向こう、部屋の奥のベッドの上に小さな山ができている。どうやら昼寝中らしい。

その山の中を覗いて見れば、真っ赤な顔をしていた”弟”より幾分か白い肌に、キラキラと光る白っぽい髪の、小さな人間がいた。確かに以前見かけた”弟”よりも人間に近いが、パトリックがあんなにも騒ぐほどおもしろいところはない。


初めて見た”弟”はいつ見ても真っ赤な顔で泣いていたが、この”妹”はどうやらぐっすりと寝ているようだ。息をしていないのではないか? と思うほど動かない。焦れた俺は動いてみろとピンク色の頬に触れた。


ぽわん。


衝撃的だった。

この小さな人間。”妹”とやらは柔らかいのだ。とんでもなく。乳母とも母とも違う。頬の柔らかさが乳母の娘よりも、もう一人の弟のレイノルドよりも、パトリックよりも柔らかい。父なんて論外だ。父は硬いしジャリジャリしていた。


もう一度、もう一回、最後にもう一度だけとツンツンと指先で柔らかさを確かめたり、パンのような小さな手を開いたり、毛布から出ている腕を握ったりしていたら。白く小さい人間──ローズの顔がふにゃりと歪んだ。


この顔は知っている。”弟”もこの顔で泣いていた。たまにレイノルドもその顔をした後、大きな声で泣くのだ。あれが来るぞ、と握っていた手を引っ込めると思った通り「ひっひっ」と小さく泣き出した。

ここで更に大きく泣かれたら、見つかって怒られてしまう! と慌てた。逃げようとしたが、その時うっすら開いたローズの菫色の瞳がとても綺麗で──動けなかった。


その瞳の色はパトリックも、パトリックの父親とも同じものだったのだが、

その時の俺は、神秘的な宝石のように透き通る瞳に心を奪われたのだ。


その瞳も次の瞬間には固く閉じられ、ローズも”弟”と同じように顔を赤くして大きな声で泣くのだが。


その声を聞きつけたローズの乳母が、その場で呆然と立ち尽くす俺を発見し「ここです!!!」と叫び、冒険は終わってしまった。

その後すぐにローズの比で無いほど泣く自分の乳母や、沢山の大人に叱られたのだが。冒険の尊い犠牲となったパトリックも一緒に。


正直に事の次第を話せば、今度はちゃんと目を開き泣いてもいないローズと会うことが出来た。

パトリックは嘘をついていなかった。”妹”は大変やわらかくて、可愛い。間違いない。


では。改めてローズに触れてあの柔らかさを堪能しようと手を伸ばしたが、なぜだか乳母に妨害されてしまった。

目の前ではパトリックがベタベタとローズに触れているというのに。

パトリックが触れているのだから自分も触れたいのだと訴えても、パトリックはしたり顔で「ローズはぼくの妹だから」と言い、ローズの白パンのような腕を後ろから操り両手を持ち上げカクカクと人形のように動かし「ローズはパトリックおにいさまが、だーいすき」と、ローズの声真似までしているではないか。


あの時の悔しさといったらない。


ローズがウトウトと寝てしまうまでパトリックと「ぼくの妹にする」だの「弟と交換する」だのなんだの言い合った(じゃれ合う姿がまるで宗教画のようだった。天使しかいなかった。と、元乳母は語る)


だから幼かった自分が「じゃあ、ローズをぼくのお嫁さんにする」と宣言したのもしょうがないだろう。


乳母たちは「あらあら」だの「まあまあ」だの笑っていたが、俺は本気だった。だから居城に戻って母や父にそう訴えても、ニコニコと「あらまあ」「そんなに可愛かったのかい」という相槌だったのが不思議だった。

宰相であるローズの父に訴えても「私のローズは女神から産まれた天使ですからなあ!」と何やら語りだしていた。子供だから相手にされないのだろうかと真剣に悩んだ。


それから何度かパトリックに会いに行くとかこつけてローズに会いに行っていたが、しばらく経ってローズが城までやってきた日に真実を知った。


その日は久しぶりにリヒトも出てきて、乳母にしがみついていた。レイノルドが乳母に抱かれたリヒトに悪戯をしたのか、母上に窘められていた様子を覚えている。


ローズはもうすっかり俺とレイノルド、パトリックの後を走って追いかけて来るまで成長した。今日はいつもよりふんわりとした可愛らしいドレスのようなものを着ていて、最初に会った時よりずっと人間の女の子のように見えた。


しっかり俺のことを覚えているローズは、目が合うとニコニコと走り寄ってくる。そのローズを迎えに行き抱きとめる。

抱きとめてから、父と母に「ほらね」と振り返るのも忘れない。

ローズはパトリックから離れて俺のところまで走ってくるし、お嫁さんにしてもいいのだと改めて説明してみせたのに、室内にいる父も母も、ローズの父である宰相やその奥方も、それぞれの乳母たちまで大笑いした。


何事かとポカンとしていると、俺に抱きついていたローズがふわりと抱き上げられ、リヒトとリヒトの乳母の元へ近づいてゆく。


「ローズはリヒトのお嫁さんになるのよ」


そう言ったのは母上だったか。


なぜローズと話したこともない、乳母にしがみつき俺とレイノルドとも一緒に遊べない弟がローズと?

父や母に希望を伝えたのに、なぜ?

もしかして、乳母や護衛たち大人を困らせてばかりだから?

もしかしてリヒトの方が”良い子”なのだろうか?


産まれてから欲しいと言えば手に入らないものはなかったと思う。それは今もだ。早いうちに手に入らないものがあると知れたのは、結果を見れば”良い事”だった。その時はとんでもない不幸だと思ったが。


ローズは興味津々でリヒトのことを見ていたが、リヒトは乳母の肩に顔を伏せたままだった。


リヒトがこんな調子なのだから、父も母も自分の希望を通すだろうと思っていた。

だから、なぜなぜと癇癪を起してごねたりもしなかったはずだ。きっと。


しかし、それからすぐに自分にも「婚約者」がいて「お嫁さん」になる人物は決まっているのだと聞いた。


腹話術「ローズはパトリックおにいさまが、だーいすき」

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