悪役令嬢の暗礁 2
「サーラは聖女として軍部や気象庁からも呼ばれているようだね」
「いえ……そんな。私の力でお役に立つことがあれば」
どんな嫌味を言われるかと心の爪を研いでいたのに、なんてことはない。
レイノルドお兄様とサーラ様は仲良く歓談中である。
わたくしは二人の間で紅茶を楽しんでいる脇役、といったところでしょうか。
圧倒的主役の悪役令嬢であるわたくしを贅沢に使っているわね。
なかなか二人にはなれない間柄の体のいい隠れ蓑扱いなような気もするけれど、とてもいい気分だわ。
ふっふっふ。レイノルドお兄様も最近のサーラ様の活躍を耳にして、サーラ様の魅力に気付いたでしょう。
そろそろ目覚めたら小鳥さんが歌いだし、花々が彩り、天界から音楽が聞こえたりするのではなくて?
恋の芽生えってそういうものよね?
さすが私の計画に狂いはないわね。
レイノルドお兄様もいつか、してやられたと己の額をペシンと打つことでしょう。
そして万事解決、一件落着、一石二鳥でリチャード様に『今回も見事な手腕で惚れ惚れしたよ』なんて褒められてしまうわね。
と、このような感じで圧倒的存在感を消して、楽しんでいたところだったというのに。
「──後宮に入るまで、能力は出し惜しみしておいた方が良い」
レイノルドお兄様の低く唸るような声で意識を引き戻される。
「情報を引き出されて用が済んだ後に身柄を引き渡されたら元も子もない」
「……でも」
サーラ様は私にチラリと視線を送った。
確かに、自分から否定しにくい話題であるものね。
悪役令嬢の贅沢使いかと思いきや、ここで出番がやってくるのね。
今一度、表情をキリッと引き締めレイノルドお兄様に微笑みかける。
「引き渡す、というのはサーラ様のご婚約者の方にですの?」
「婚約者って正式なものではなさそうだけど、まぁそうだね。その辺りかな」
事情を知っている私たちがいたとしても止められない、身柄を引き渡した方が良いお相手なのかしら。
勿体ぶった返答に、少し口を尖らせ一口紅茶を傾ければ、レイノルドお兄様は馬鹿にしたように口端をあげた。
ムムムッ。馬鹿にしてもらっては困るわ。
頭脳派悪役令嬢であり、名探偵でもあるわたくしローズは気付いているのよ!
ふぅ、と頬に手を当て困ったわと顔を傾ける。
「そろそろサーラ様のことについて詳しく教えてくださってもよいのではないかしら?」
──庭師が言っていた港で譲り受けた植物
──ウメボシ
──手に痣のある男は船乗りという証言
ピーンと来たわ。
「サーラ様は≪宝島≫の貴族、なのですよね?」
ズバッと風を切るように扇をレイノルドお兄様に向ける。
なぜか横にいたサーラ様がギクッと犯人かのように体を揺らしたが、レイノルドお兄様の顔は『だからなんだ』と書いてある。
なっ……ッ
別に隠していなかったとでも言うつもりなのかしら!?
魔物が住むといわれる海域を越えて宝島の貴族が我が国の王宮にいるという事態は驚くべきことだと思うのだけれど???
気を取り直し、グッとレイノルドお兄様の方へ身を寄せる。
「貴族の娘で、我が国に利となる能力もある。努力出来、気概もある。ならば────」
伏せていた視線がゆらりと上がる。
金の睫毛から”あの瞳”が鋭く光った。
「──俺が言ったことは、今も変わらない」
サーラ様が身じろぎした。
レイノルドお兄様は彼女がここに来た理由──後宮に入れという言葉──を忘れるなと突きつけたのだ。
いつか力をつけて己の足で立つという目標を持って努力していたサーラ様の心を折るものだ。
レイノルドお兄様はサーラ様の気持ちに気付いていて、尚この仕打ちなのか。
この分からず屋の王子に一言物申そうと口を開きかけた時。
レイノルドお兄様は、あの足元から絡め取られそうな妖しい笑みを見せた。
「ローズは何を企んでいるのかな。俺が頼んだのは『サーラが後宮に入るまでの教育』だよ?」
忘れた? と言われ、ザラリと背筋を撫でられた感覚を覚えた。
一拍遅れ、それは少し語弊があるわ! と訂正しようとしたが隣からガタリとサーラ様が立ち上がったことで言葉が途切れる。
「あっ、失礼いたしました。わたし、わたし……」
つい立ち上がってしまったことを謝りながら、泣きそうな顔でウロウロ視線を泳がす。
迷子のような黒猫ちゃんと視線が絡まり、ピタリと止まる。
裏切られたような悲し気な顔で私を見下ろすサーラ様は、次にすがるようにレイノルドお兄様の方を見た。
その視線につられレイノルドお兄様の方を見れば、あのリチャード様と似ている青い瞳は冷たく、微笑んでいた。
「なっ……! 違うのですよ、サーラ様。レイノルドお兄様は……」
「もう!! もう、いいのです……っ」
サーラ様は震えていた。
「どんなつもりでも、ローズ様と過ごした時間は……楽しかったですから……」
ぐっ、と不出来な笑みを作ってから辞去の挨拶もそこそこに立ち去った。
慌てたように後を追う侍女のモネに視線で応え、後姿を見送った。
「──泣かせちゃったね」
カラッとした軽い調子の声にキッと睨み上げる。
「またわざと意地悪を! わたくしとサーラ様を仲たがいさせようとしているでしょう!」
「俺だけ悪者になるなんて寂しいだろう。一緒に憎まれようよ。ローズは得意だろう? 悪役」
「それは悪役の解釈違いですわ!」
はは! と軽く笑い、レイノルドお兄様は少し寂しそうにサーラ様が去った後を見た。
その横顔を見て、私もため息が出た。
「いつまでもこんなことをしていては大事なものを失うわ」
「優しくするほうが残酷だろう。サーラはリチャードの側室候補なんだから。危険要因は排除しておいた方が良い」
無いところから難癖を作るやつもいるんだから、と疲れたように笑った表情に
だからレイノルドお兄様を放っておけないのだと再確認した。
「わざわざ人に押し付けず、レイノルドお兄様が娶ればよろしいのではなくて?」
サーラ様のいうところの、レイノルドお兄様の”海のような瞳”の中を覗き込むように。瞳の中をじっと見返した。
理解するのに一拍かかり、次にはレイノルドお兄様の笑い声が響いた。
それも突然止み、小さく呟いた。
「ローズ。サーラは宝島の”王族”なんだよ」




