悪役令嬢の予感 2
「なんの騒ぎなのかな。ローズ」
リチャード様より人懐っこい口調で、しかし冷え冷えとした声が空間を制した。
ここは王宮の内庭。この声の人物もよくお茶会に利用する場所である。
だから、この場に現れてもなんら不思議ではないのだが。
表情を引き締め、ゆっくりと振り向けば。
髪をゆるりと後ろに流し、襟を大きく緩めているレイノルドお兄様がいた。
姿だけはリチャード様に似ているのですから、襟は締めておいていただけますかしら!?
「リーヴァ」
「殿下、お父様……」
その後ろには要塞のような体躯をした大男──現軍務長官であり、リーヴァ様のお父上であるプラージュ伯がいた。
「ごきげんよう。レイノルド殿下」
レイノルドお兄様は人払いを指示すると、こちらに歩を進めてくる。
王宮の中庭の木陰に大集合ですわ。
「プラージュ伯爵も。ご無沙汰しております。アディール侯爵家の娘、ローズでございます」
「これはこれはどこのお姫様かと思いました」
プラージュ伯爵はわざとかしこまった口調で昔のように私をからかった。
「ふふ。プラージュ伯爵は今もお姫様だとおっしゃってくださるのですね」
「おやおや。もう”おじさま”とは呼んでくださらないのですか?
いやはや女性の成長はこんなにも早いとは。以前お会いした時はこんなにお小さかったのに、お美しく成長され驚きました」
プラージュ伯は手のひらで”こんなに”と表しましたが、過去にもそのような手乗りサイズだったことはないわ。
でも、大柄なプラージュ伯爵から見れば真実、そう見えていたのかもしれないわね。うっかり一捻りされる姿を想像してしまったわ。
コホン、とひと息つき
レイノルドお兄様に向き直る。
「お二人ともお揃いでいかがされたのかしら」
「それはこちらの台詞だよ。お茶会をしていると聞いていたのに、まさかローズが使用人に躾をしている場面に遭遇するとは」
やれやれ、と肩をすくめたレイノルドお兄様の台詞には『ローズは普段から使用人を厳しく罰している』という副音声が聞こえますわ。空耳かしら。
ふっ。
ここで『どういう意味ですの?!』なんて嚙みついてしまえば思う壺。
わたくし、伊達に悪役令嬢を名乗っておりませんの。
ファサリ、と髪を後ろに払い『仕方のない子ね』というような余裕を醸し出す!
「いやですわ。庭師が倒れたところをサーラ様が機転を利かし、救助なさったのよ」
そして、さりげなくサーラ様の功績をアピール!
「ウメボシ、とやらで」
キラリと私の右ストレート『あなたと彼女の秘密を知っているの』が光ったわ。
私の一撃が効いたのか、レイノルドお兄様はカッと目を見開くと何か思い出したように口元を抑え、瞳をきつく閉じ何かに耐えている。
思った効果と方向は違うが、効いたのなら良いわ。
それにしても、ウメボシとはそんなに酸っぱい実なのね……恐ろしい。
「……まぁ、今回のことは後で報告をもらうよ。サーラも後で話を聞こう」
サーラ様は真面目な顔で小さく返事をしたものの、二人で話せる機会が出来たことが嬉しかったのか背中が喜んでいる。
レイノルドお兄様、この可愛らしい黒猫ちゃんを見て? 可愛すぎませんか??
クッ、と
このやりとりを聞いていたプラージュ伯爵が噴き出すように豪快に笑い声をあげた。
その笑い声はお腹に響くような太さがあり、つられて侍女も護衛騎士もフフとつられて笑っていた。
「殿下、ここで話を聞きましょう」
豪快で快活な笑い声が納まれば、ギラリとした野性味のある表情で辺りを見回した。
その視線はサーラ様でピタリと止まった。
「ちょうど、この話もしたかったのだ」
鋭い視線にさらされたサーラ様が怯むように後ずさる。
「実は沿岸部で捕物があり、子細報告のため王宮まで出向いていたのだ。
そのついでに色々真新しい話も聞いたが……なるほど。噂は真だったか」
プラージュ伯爵はノシ、ノシ、とサーラ様との距離を縮める。
「こちらの女性は素晴らしい力をお持ちだ。ぜひ嫁にほしい」
ハッと息をのんだのは、サーラ様か。それとも。
プラージュ伯爵なら片手でサーラ様の細い首を掴み、折ってしまうことが出来る距離まで距離が縮まり
サーラ様の前に、男装の麗人……ではなく、長身のリーヴァ様がかばうように間に立った。
「お父様は普通のご令嬢から見れば壁なのです。そんなに熱心に見ては凄んでいるようにしか見えません。怖がらせていると自覚してください」
「なっ、そんなことはないだろう! 俺は優しいぞ!」
プラージュ伯爵は強く否定したが、周りにいる護衛騎士たちは初めて聞く単語を耳にしたかのような顔をしている。
「それに、嫁に欲しいとはなんですか。お兄様には結婚をお約束している方がいらっしゃいますよね」
「貴族ならばそんなもの、承知の上だろう! 愛だのなんだのより能力だろう! 力がある方が強い! 強い方がいいだろう!」
「お父様がそうおっしゃるのですか! お母さまが聞いたらなんとおっしゃるか!」
「……アネアには言うな」
「愛する妻に言えないようなことはなさらないでください!」
ポンポン飛ばされる親子喧嘩に口を挟む隙も無く、ポカーンとしてしまう。
この異空間から一足先に正気を取り戻したのはレイノルドお兄様だった。
「はは、仲が良くて何よりだ。そこまでにしてくれないか、伯爵。こちらの女性は兄上の……王太子殿下の後宮へと考えている」
レイノルドお兄様は、明るい口調でそう告げた。
弾かれるように黒曜石の瞳が見上げたが、気付いているはずの海色の瞳はそちらを見なかった。
──ゆっくりと、あの夢を語りキラキラしていた瞳から光が消え、視線が落ちていく。
いけないわ。
サーラ様は側室候補として時間を稼ぐという話を聞いていないのだわ。
このままでは二人がすれ違ってしまうわ。
「”能力”の件で伯爵が危惧していることも考慮すると約束しよう」
「残念ですがそれならば仕方ありません。あぁ、では……」
──絶望の淵に立たされるサーラ様の背が
「レイノルド殿下とリーヴァとの婚約の件は前向きにということでしょうか」
──押されてしまった。
「お父様!私は文官になり王宮に行きたいたいと言ったのです!」
「文官と言いつつ、聞いたところによるとお前は王族の生活に興味があるらしいじゃないか。架空の王族を題材にした日記?が部屋にあったのを見たぞ」
「なっ!見たのですか!?最低です!」
「王族に関する文章を娘が持っていたら何事かと思うだろう!?とにかく、そんな趣味を満たすために送り出す親がどこにいる!お前の実益も考慮した結果、婚姻で間違いないだろう!」
プラージュ伯とリーヴァ様の親子喧嘩は続いていたが、私はサーラ様が心配でならなかった。
パパは日記だと思っていますが、二次創作文書ですね。きっと。




