悪役令嬢の暗躍 2
「なんて罪作りな……」
「……レイノルドの新しい一面を知ったからって好きになってはだめだか……いけません」
「心の中でレイノルドお兄様の部分を架空の王子様に変換していますので大丈夫ですわ」
わたくしの精一杯の心遣いも、それはそれで不満なのかムスッとした顔でこちらを見た。
言葉遣いはギリギリ及第点ですが、表情はまだまだね。
「それにしても、そのサーラ様の気持ちをレイノルドお兄様はご存知ないのかしら」
──サーラ様はとてもわかりやすい方だ。
心を許した者にはそれも顕著だろう。
しかし、サーラ様のこの気持ちが受け入れられないなら助けるだの、ましてや連れ帰ることなどしない。
私の目から見たレイノルドお兄様は、そういう人だ。
自分の傍に置くのではなく、リチャード様の傍に置こうとするのはなぜなのだろう。
「レイノルドお兄様は、この間まで公国に留学なさっていたのはご存知? 本来であれば今年、公国の王女様の王配となる予定だったの」
「公国って、あの海町のある……」
公国の場所は知っているらしい。また一つ、サーラ様に関する情報が増えた。
またぐっと泣きそうな顔になったサーラ様の顔を見つめながら言葉をつづける。
「でも、我が国の情勢が変わって公国へ婿入りする予定は無くなったわ」
予定が無くなった、という言葉にわかりやすくホッと息をついたところに「今はね」と釘を刺す。本当にわかりやすいにもほどがあるわ。
「──今の情勢を鑑みて王太子殿下に何かあった時に備えてレイノルドお兄様が帰国し、国に留まることになっただけだわ。
また何かあればレイノルドお兄様はどこかの国に行くか……もしくは自国の貴族を娶るか……」
いよいよ黒猫ちゃんは泣きそうな顔で俯き始めた。打ちひしがれているわ。
……でもね。いじめたくてこの話をしているのではないのよ?
俯いた拍子に肩から滑り落ちた真っ直ぐな黒髪に向かって、努めて冷たい口調で声をかけた。
「わたくしね、何もしないで指をくわえて見ているのは好きじゃないの。あなたはレイノルドお兄様が欲しくないの?」
勢いよく顔を上げ、潤んだ瞳でキッとこちらを睨んだものの。その勢いはすぐ失われた。
「でも、私は……」
「あら……意外と大したことないのね」
ハッ、と嘲笑うように笑って見せる。
私の様子に驚いたように目を丸く開いたサーラ様がじっとこちらを見ている。
いじけた黒猫ちゃんを苛めているようで心苦しいのだけれど。私は元気のない黒猫ちゃんを励ましたいだけですのよ?
「その”自国の貴族”にはわたくしも含まれているのよ。
今は王太子殿下の婚約者だけれど、どこかの大国の王女様が嫁いでこられたら私は側室か、今度はレイノルドお兄様の婚約者かもしれないわね」
もはやパズルゲームのようだが、100あり得ないは”あり得ない”のだ。
私がリヒト様の婚約者からリチャード様の婚約者になったように。
こちらを凝視するサーラ様の視線を受けながら、椅子からゆっくりと距離を詰める。
「まあ、この国にいつまでいるか知らないけれど。
レイノルドお兄様が誰かと幸せに暮らすところを指をくわえて眺めているといいわ。可哀想な猫ちゃんはわたくしが撫でて慰めて差し上げますわ」
すいと手を差し出し、艶のある黒髪を耳にかけ戻す。
一拍遅れてその手をパシリと払うと、サーラ様の目には、怒りが宿っていた。
「……ずいぶん生意気なお嬢さんね。あんたの婚約者の側室になるって手も残っているのよ。私を厚遇しなければ他の国に協力すると言えば、王太子様は明日にでも私を後宮に入れるわよ」
良い目ですわ。
思った通りの反応があって安心したわ。
でも、まだまだですわよ!!
「あなたの能力がどのようなものか知らないけれど、もしその能力に陰りが出たらどうするのかしら。
それにそう簡単に側室になれると思ったら大間違いだわ。本来、側室は自国でも伯爵以上の家の娘がなるの。
しかも王家に利がある家の娘ね。身分が足りなければどこかの家の養子になってから入内するのだけれど、今のサーラ様を受け入れる家があるかどうか……」
ふわりと笑んで、扇で口元を隠す。
「まあ、レイノルドお兄様が頼めば受け入れる家があるかもしれないわね。でも、それをサーラ様は受け入れられまして?」
小首を傾げてサーラ様の顔を覗き込めば、ともった怒りはあるのに行き場が見つからない迷子のようだった。
「──そんな顔をなさるぐらいなら。レイノルドお兄様を手に入れるために足掻きなさい」
道がわからないのならば、教えてあげますわ。
「自分がこの国に利になる人間だと周りに知らしめ協力者を作り、あなたの価値と魅力をレイノルドお兄様にもわからせるの」
ニヤリとわざと意地悪な顔をすれば、サーラ様も同じように口端をクイと持ち上げた。
──最後には、レイノルドお兄様の方からサーラ様を乞わせてみせますわ!
思いついた計画に高笑いしてしまったところを、様子を見ていた侍女のモネにそれはそれはキツく怒られたのは内緒である。




