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悪役令嬢の初陣

「──では、まず手始めに牽制といこうじゃないか」

「牽制ですか」


どうしましょう。殿下は既にノリノリだわ。まだ私の計画への参加を許可した訳では無いのに、監督、脚本、演出までやるつもりだわ。ガラスのマスクがどうのなど言い始めたらどうしましょう。流石に泥団子は食べられないわ……!



殿下のプランはこうだ。


「──ごきげんよう、リヒト様。こちらにおいででしたのね」


自分が美しく見える表情と角度でリヒト様に挨拶をする。

ここで決して「お邪魔してすみません」なんて弱気になってはならない。「私に会えて嬉しいでしょう?」とでも言うような、強気で行くのが大事だ。と、殿下は言っていた。


「ああ、……ローズ」


リヒト様は私の登場に驚き、気まずげな笑顔で挨拶を返してくださった。隣にいらっしゃるソーニャ様に視線を流しそうになるのをぐっと堪え、リヒト様から視線を外さず傍へ歩を進めた。そしてソーニャ様から見えるようにリヒト様の腕に触れ、少し上目遣いで青色の瞳を覗き込んだ。


「リヒト様から先日頂いた紅茶を王妃様といただきましたわ。とても美味しゅうございました。次回の王宮でのお茶会には茶葉に合う焼き菓子をお持ちしますね」


必 殺 『私たちだけの親密な話題』攻撃!

そして流れるように『彼のお母様ともお茶をする仲です』攻撃!


ふ、どうだ……。まだまだ行きますわよ……!!


「──あら、そちらの方はどなたでしょう?」

「あ、あぁ、こちらは……」


「私、ソーニャ・ヘルディンと申します!」


おぉっとお! ソーニャ様、リヒト様の紹介を待って! 落ち着いて!

仕方ない……ここは必殺!『遠まわしな嫌味』攻撃!


「──随分と……お元気な方なのですね」

ちなみにこの場合の“お元気”は(礼儀がなってない)って意味よ。がんばってソーニャ様!


そうこうしていると、ざわざわと人の声が風に乗って聞こえて来た。どうやら時間切れらしい。こんなところをお友達に見られては面倒なことになってしまう。


十分には話せなかったが、最後の締めくくりは……やはりこれだ。

ソーニャ様を見つめながらコテリとリヒト様の方へ頭を傾けた。ソーニャ様の眉が不安そうに少しまた下がった。


「──わたくしはローズ・アディール。リヒト様の婚約者ですわ。わたくしとも仲良くしてくださいましね。ソーニャ様」


最後の攻撃は『私が婚約者です』でフィニッシュだ。

私とも、ってところに(随分とリヒト様と仲がよろしいようで)と言う含みを持たせるのがポイントだ。先ほど監督に褒められた暗黒微笑で余裕たっぷりに微笑んでおく。


「あっ、は、はい……っ」


おおっとぉ~!

ソーニャ様がちょっと悲し気にひるんだわ! 監督! 効果は抜群です!


「では、リヒト様。また後程」

「あぁ……ローズ。すまないね。また」


リヒト様に触れていた手をソッと離す。

ついぞ、リヒト様は触れていた私の手を握り返してはくださらなかった。


去り際に見上げたリヒト様の視線は、ソーニャ様の方を見つめたままだった。


悪役令嬢も、辛いものね……。二人を応援するってことは、二人の側で、惹かれ合う二人を見ていなくちゃならないのですもの。



リヒト様とソーニャ様を残し、庭園の角を曲がり、私は監督が待つ壁の影まで背筋をシャンと伸ばし優雅に歩いた。ソーニャ様を見つめるリヒト様に見られていなくとも、惨めな姿は見せたくなかった。悲しそうになんて見えないように。寂しそうに、見えないように。


ことさらゆっくりと、歩を進めた。


最初から決めていた待ち合わせ場所の壁に背をもたれていた殿下は、いつから見ていたのか、こちらをジッと見ていた。


その視線に気付いて。一歩近づくごとに肩から力がするすると抜けていく。


「──監督。いかがでしたでしょうか。わたくしの悪役としての最初の一歩」


私の足が一歩前に出る度、殿下もこちらに歩を進めて来た。

長身の殿下は私よりも早く、私の側まで着いてしまった。


殿下は優しいのだ。昔から。


「ああ。惚れ直してしまうほど綺麗だったよ。堂々と、凛としていて」


殿下の指が、私の頬を拭った。


「ええ。とても惨めには見えませんでしたでしょう」


「立派な悪役だ」


「はい。悪役です」


優しい“リチャードお兄様”は私の目から次々と流れ落ちる涙を優しく包み込んでくれたのだった。



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― 新着の感想 ―
恐ろしい子。
[良い点] 再読して、やっぱりガラスのマスクのくだりで笑ってしまった…
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