悪役令嬢の推理
華やかな装飾が麗しいティーセット。穏やかな木漏れ日がテーブルクロスに模様を描き、噂話に華を咲かせる年頃の令嬢たちの話し声。
──どれもが、今の私の頭には届かない。
わたくしローズの頭の中は、先日のリチャード様でいっぱいだからである。
『王妃、だよ』
そう、おっしゃった時のリチャード様の表情は、少し頬を染めてどこか覚悟を決めたようなお顔でした。もしかして、”王妃”って……
──「皆様! わたくし、最近珍しい演劇を見ましたの」
──「あら、どんなお話しですの?」
リチャード様は王太子であられるわ……。王太子とはつまり、次期国王になるのだわ。つまり、それって……
──「~そして、運命の恋人が病に倒れ儚く散ってしまうのですわ」
──「まぁ! 悲恋ですわね! ……あ、最後まで聞いてしまいましたわ!」
──「ま! 最後までお話ししてしまいましたわ!」
突然(※ご令嬢たちはだいぶ前からお話ししてました)耳に入って来たお話しで大事なことを思い出しわ。リチャード様のご婚約者のことです……ッ
リチャード様は国内外待望の第一子。当然のように、産まれた頃に婚約者が決まった。
それは時を同じくして誕生し、強固な同盟を結ぶ必要のあった隣国の姫と聞いた。わたくしは姿絵を拝見したことはないけれど、大層美しい姫君でリチャード様とも仲睦まじい様子と噂を聞いたことがある。
──いや、”だった”だ。
その麗しの姫君は、半年前に病で儚く散ってしまったのだ。本来ならば、学園をご卒業と同時にリチャード様の元へ姫君が輿入れする予定だったのに……
「運命とはなんて残酷なの……」
「まぁ、ローズ様もご興味ありまして?」
愛する二人が……! 誰も何も悪くないのに離れなければならないなんて……。
悲しみも癒えぬまま次の婚約者にと年頃の令嬢を持つ貴族たちは色めき立ったが、リチャード様は「今は亡き婚約者を弔いたい」と次の婚約者を決めないところにも胸が痛む。
「まだ愛する人を忘れられないのだわ……」
胸に悲しみが広がる。
「まぁ、ローズ様もその演目をご覧になったのですか? そうなのです。お話しの醍醐味はそこなのですわ! 愛する人を忘れられず、弔いの旅に出るのです」
「あら、実は病では無く毒を盛られたものの愛の力で蘇るのではなかったかしら?」
「いえ、弔いの旅ですわ! 悲恋の方が盛り上がりますわ!」
「いーえ! 愛の力で蘇るのよ! やはり最後はハッピーエンドでないと!」
リチャード様は王太子。儚く散ってしまった愛する婚約者を胸に想いたくとも、跡継ぎを残し次代へ繋げることも使命。
──そして白羽の矢が立ったのが、そろそろ婚約破棄で婚約者が不在となり王子妃教育を完了させた、私。
なんてうってつけの人材。いままで注いだ教育も、王室に関わる情報も無駄にならない。そして昔からの知り合いで、どのような人物かもわかっている。
名探偵ローズ。真実にたどり着きましたわ。ピーンと来ました。
*
ご令嬢たちとのお茶会はつつがなく(?)終了した。早速、リチャード様に名推理を披露しようと草むらをかき分けたり、物陰を見て回って姿を探していたら、また音もなくリチャード様の方から現れてくださいました。そして、これまた偶然にも空いていた応接室に入ることができました。今日はお兄様がそばにいませんが、後からいらっしゃるでしょう。推理を発表したくてたまりません。
私のわくわくした顔に気付いたリチャード様は少し怪しんでいましたが、この名推理を聞いたら腰を抜かしてしまうことでしょう。なので、ソファーにかけて頂き(なぜか私の隣に座られてしまいましたが、まあいいでしょう)ズバッと謎を解き明かしたのだ。
「あれは政略も政略、ド政略のビジネスマリッジの勧誘だったのですねリチャード様!」
「そう来たか」
「真実はいつも、一つ」
「途中までは真実だったんだけどね」
「わたくし、出来れば愛し愛されるような、愛のある結婚を夢みていたのですが」
「あるんだけどなぁ」
「しかし、リチャード様の愛は……っ、ご婚約者様であられた姫君の……」
「ローズ? それは大事なところだからちゃんと聞いて」
「はい?」
いけない、いけない。自分の推理に酔いしれるなんて、名探偵としてあるまじき失態だわ。悪役としてもいただけないわ。
リチャード様は私の両手を優しく包むとゆるりと持ち上げ、自ら私の手のひらに頬を寄せた。
にゃあああああああ!!!
リリリリチャード様のお顔に触れてしまっているわ!! 手を離そうにも、リチャード様の手に上から包まれて離せな、ひいぃ! 近いですわ!! 距離が私の腕の長さ分しかないわ!!
私の目は潰れていないだろうか。あまりにも強い光源(美形)を近距離で浴びて、私の網膜は無事かしら。
網膜は心配だけれど、リチャード様の宝石のような空色の瞳に吸い込まれるように目を逸らすことが出来ない。
「ローズ。私の……元婚約者のことだけれど……」
「は、い。病で……と伺っておりますわ」
リチャード様のお顔はとても真剣だった。
これから何を聞かされるのか、心臓の音がうるさい。
「そのことなんだけど、本当は病でも無く、死んでもいないんだ」
「……はい? え、それって」
「元婚約者殿は誰かの子を孕んでしまったようでね。隣国を重要視するならば、隣国内の別の姫か……元婚約者殿には子を諦めてもらうことになっただろうが、隣国と我が国の関係は昔とは変わった。わざわざ婚姻を結ぶ必要も無くなったからね。逆に今回のことでこちらに有利な条件をのませることも出来た。元婚約者殿はそのまま病死扱いで婚約解消となったのが真相だ」
どこかで幸せに暮らしているんじゃないかな、そうサッパリと言ったリチャード様の表情に陰りは無い。リチャード様はその件に関して思うところは無いのかしら……? 仲睦まじい様子、という噂も所詮は噂ということなのかしら。
「そう……なのですか……、というか本件はわたくしが知ってはまずいことでは」
名探偵ローズは気付いてしまったわ! 血の気が引いた私の顔を見たリチャード様は、魔王のごとく微笑んだ。
「ひぇ」
「そう。これは極秘情報だ。誰かに話してはいけないよ。内緒だ」
そうおっしゃる魔王様の迫力たるや、これは"内緒のお約束"ではない。"沈黙の契約"なのだわ!!
「いいい言いませんわ! 拷問されても言いません!」
「はは、そうしてほしい。……なぜ、その極秘情報をローズに話したかわかるかい?」
リチャード様の顔が、近づいてくる。
空色の瞳が、私を見ていた。
未婚の男女が二人だけで室内にいるのはよくない。何があっても、無くても、何も証明が出来ないからだ。
私たちがこの部屋の中で、この距離で、何をしようとしているのか。
「なぜって……それは……」
私の心を覗き込む空色の瞳に引き寄せられるように、私も顔を寄せ──
リチャード様と私だけしかいない応接室の扉がパタンと開いた。
その音に驚き、ついリチャード様の知性溢れる額に頭突きをしてしまいましたわ!!
痛っっああい!!!!
「何やってるんだお前た……あっ!? 邪魔したか!?」
「パトリック……あぁ……今日は……今日こそ、邪魔だったな……!」
ぶつけたおでこが痛くて、熱くて、しばらく顔を上げることができなかった。