悪役令嬢の喚問
「──ソーニャ様。あなた、最近よろしくないお噂が流れていましてよ?」
私の視線に震えながらも懸命にこちらに答えようとするソーニャ様の蜂蜜色の瞳を覗き込む。
ここは学園の裏手の中庭。
学園内で選りすぐりの人気が少なく、校舎側からも見えにくい場所である。
呼び出しには最高のロケーションだわ。まさに、悪役がヒロインを呼び出すイベント鉄板の"ちょっと運動場の裏に来てくださる?"にふさわしいわ!
鉄板の運動場の周りはどうしても人が多いので致し方無くこちらの場所になってしまいましたが、ほぼ一緒ですわ。ええ。人気が少なく、ゆっくりと二人でお話し出来ればいいの。このローケーションはリチャード様と視察(という名のお散歩)で確認しましたので、完璧です。全く人の気配がしませんわ!
「噂……ですか」
すれ違いざまに私に呼び出されたソーニャ様は、ちゃんと一人でここまで来た。ヒロインポイント高いわね。もしかしたらリヒト様かベン様、ノア様あたりが一緒に来られるかと思っていましたが、さすがのヒロイン。一人だったわ。ソーニャ様がここへ来る様子を”アンブッシュ”して見てましたので間違いありません。今日こそ正式な”アンブッシュ(草木などに潜み、敵を待ち伏せること)”が出来て達成感がありますわ。
いえいえ、ローズ。満足するのはまだ早いわ。
本日、ソーニャ様をお呼び出しスポットまでご招待したのは他でもない。
そろそろ他のご令嬢方が焦れて来てしまったのだ。
このままでは「ローズ様のお手を煩わせるまでもありません!」の大乱闘になってしまう。
彼女たちは私の心を察し(解釈し、ともいう)先回りして愁いを払おうとするのだ。それは私たちの社交である”世情を読む”ことと、実は”世情の流れを作る”部分が含まれている。この機会に私の意向だと大義名分を振りかざし、己の家に有利な流れに持ち込む家だってあるのだ。
なので、良いようにされる前に私はいよいよソーニャ様と直接お話しすることにしたのだ。
「ええ。聞いたところによると、ソーニャ様はお相手のいらっしゃる殿方に思いを寄せている……と。それも複数の」
「そんなっ」
「ええ。わたくしもそのような噂など信じておりませんわ。しかし、他の方はどうやらそのように思われてはいないらしいのy」
「事実無根です!」
「……ええ。ですから、ベン様とノアs」
「そんな噂、ばっかみたい!」
「……ソーニャs」
「誰が誰と仲良くしたっていいじゃない!」
「…………」
いけない。
ソーニャ様の弾ける瑞々しい聖なるヒロインパワーに圧倒されて、語尾までとられ雰囲気にのまれてしまったわ。
悪役たるもの、雰囲気はのまれるものではないわ。
雰囲気は──創るものよ!!!
荒ぶるソーニャ様を流し目で一瞥し、視線で言葉を制する。
その視線に気付いたソーニャ様がビクリと口を閉じた。
1、2、3、4、5
「……随分と騒がしい小鳥ですこと」
たっぷり時間を置いた後、扇で口元を隠す。眉を顰め、この場を制するのはこちらなのだと立場を理解させる。
「そのようにさえずっていては……猟師に獲物だと勘違いされてしまいますわ」
ほほ笑んでいるような視線で、”小鳥”の命運はこちらの気分次第なのだと暗に匂わせる。
その意味が伝わったのか、ソーニャ様は固まったまま動かない。
「……ソーニャ様はご存じないのかしら。取り留めの無い噂が、いつしか実になってしまうことがあると」
捕食者に睨まれた”小鳥”を見据え、ゆっくりと近づき、距離を縮める。
「この学園は貴族社会の縮図ですわ。どんなに学園内では平等だとうたわれていても、ここは社会に出る前の社交の場。社会の中でどのような立ち回りを求められ、どう御していくのか。わたくしたちは試し、試されているのです」
視線を伏せ、ソーニャ様の歪んでしまった首元の飾り紐をそっと指で撫でる。
目の前の細い喉から空気が締まる音がした。
「──あなたも、貴族の娘ならば……この学園で、どう振る舞えばよろしいのか」
歪み捻じれた紐を形良く直し、視線を上げソーニャ様の蜂蜜色の瞳を射抜くようにピタリと合わせる。
「──よくお考えになって?」
ふ、と緊張を解くように離れながら笑みを作り、その場を辞す。
──決まったわ。
ソーニャ様一人でその場に残ることで、私が言った言葉をよーーーく考えるとよろしいわ!
お噂のお相手がリヒト様だけならば、まだ、なんとか噂を修正できても、ベン様とノア様とのお噂は立ってもよくないどころか、それぞれのご婚約者様の方のお家から睨まれてしまいますからね! そうすると、今後リヒト様との関係を確かなものにするときにとても面倒なことになってしまいますわ。
ソーニャ様気を付けて!