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第7話 老人と怯える

 私も恐怖で、指先が震えていた。その指で宇宙艇のコンソールをたたき、状況の把握につとめた。

 盗賊が、ミサイルを発射したことが、モニターで確認できた。散開弾だったようだ。

 細かい金属片を広範囲にまき散らし、それを敵にぶつけることで、確実かつ効率の良い撃破を期するものだ。

 だが、こちら側の戦闘艇は、その金属片の散布された範囲を大きくまわりこむかたちで、攻撃の回避に成功した。

 金属片の展開が遅すぎて、十分に広がり切らなかったのか、こちらの戦闘艇の運動性能が盗賊の予測を上回っていたのか、いずれかは分からないが、盗賊の攻撃は、失敗した。

 金属片は、そのまま直進し、我々がさっきまでいた宙空建造物に直撃した。

「あ・・ああ・・仕事場が、わしの検査機器が・・・」

 リング状建造物の、仕事場があったあたりに金属片が命中するのが、レーダー用モニターに示された。

 建造物から通信で送られてくるデーターでも、仕事場の床や壁に穴があいたことが、確認された。それらに仕込まれたセンサーが、損傷の発生を検知したのだ。

 異常発熱を、検出しているセンサーもある。火災が発生しているのだろう。有害ガスを検出しているセンサーもあると、モニターには表示されていた。

 攻撃され、破壊され、炎に包まれている仕事場が、私の脳裏に浮かんでいた。ヤンベン老人は、私以上に鮮明なイメージを、うかべていただろう。

 何十年もの時をすごしてきた場所が、さまざまな想いを詰めこんできた仕事場が、何時間も話しつづけられる思い出を何十個も抱えている機器が、彼の頭のなかで燃え尽くされ、崩れ落ちていっているのだろう。

「ああ・・・なんてことを・・・あっああ・・・なんていうことに・・・・」

 彼が、彼の同僚が、後輩が、先輩が、苦労して使えるようにしたり、工夫をこらしてより効率的なあつかい方を考案したり、不断のメンテナンスで機能を維持してきたりした、幾つもの検査機器が、大切な仕事場が、盗賊の凶弾の餌食となってしまった。

 次々に、金属片は直撃した。後から後から、凶悪な攻撃が、私たちの仕事場を責め立てた。

「もう、やめてくれ・・・そんなこと、しないでくれ・・・・」

 震える小さな声で、ヤンベン老人はモニターにつぶやいた。こんな穏やかで優しい老人が、長年たいせつに守りつづけてきたものに、なぜこんな非運が見舞われなければならないのか。それをいくら壊したところで、盗賊達には、何も得るものなどないはずなのに。

 だが、金属片はふりそそぐ。次々に突き刺さる。仕事場に設置されたセンサーが、あらたな被害の報を、宇宙艇に届けてくる。

 壁の穴が増える。火災の検出箇所も増える。圧力の異常な上昇は、爆発が起こったことを示しているのか。

 壊される仕事場、穢される聖域、踏みにじられる思い出。

「やめてくれ・・・やめてくれ・・・やめてくれ・・・・」

 盗賊は、しかし、あっさりと退散した。

 数回の散開弾攻撃が全てかわされてしまうと、もはや勝つすべはなし、と判断したものか、尻尾を丸めて逃げ出した。ほぼ、私たちの仕事場を壊しただけの、行為となった。

 盗賊は去っても、悲報はつづく。仕事場に巻き起こる惨状が、各種のセンサーに拾われ、宇宙艇に届けられる。まだ燃えている。さらに崩れ落ちていく。老人も、もうすっかり、黙りこんでしまった。

「このデーターを、新政権に送りましょう。仕事場に起こった事態を報せた上で、これからどうすべきかの判断を、仰ぎましょう。」

 力なく、小さく頷く背中には、かける言葉すら見つからなかった。

「放棄して、離脱せよ、とのメッセージを受けとりました。」

「そうだのう。それしか、ないのう。」

 数時間後にとどいた無慈悲とも思える指示に、老人はそう応じた。「あれだけ滅茶苦茶に破壊されてしまったのだから、もう、捨て去るしかないな。」

「残念です。あなたが長年勤めあげてきて、私もせっかく、ここまで仕事をおぼえて、これから、細々とでも引きついでいけると思っていたのに。」

「ま・・まあ、でも、これで、ふん切りもつく、というものだ。どうなるか分からん状態で、ながながと留めおかれるよりは、こうやって華々しく壊してくれて、かえってすっきりしたというものだよ。あははは・・・」

 こんな時の笑顔ほど、人を切ない気持ちにさせるものはないだろう。どんな泣き顔より、悲鳴より、悲しみを飲みこんで無理につくった笑顔がいちばん、見る者の心に突き刺さるのでないだろうか。

 次に行く先は、未だ指定されていないが、派遣されている増援部隊と合流したあと、新たな行き先に、我々は向かうのだろう。

 私は1年半も苦労を重ねてようやくマスターした仕事場を後にして。ヤンベン老人は、何十年を、人生のほとんどを費やした、思い出のあふれる仕事場を後にして・・・と思っていたら、

「やっぱり、引き返して、仕事場の状況を確認しろ、との指示が来ました。」

「はぁっ!? 」

 これには、さすがの穏やかなヤンベン老人も、思わず声を荒らげた。私には、初めて聞く声だった。

「使える機器が、一つでも残っているのなら、それの保全に万全を期すように、とのことです。機器として使えるものが残っていなくても、その部品のどれかでも、無事にのこっているのなら、これ以上の損傷を受けないような状態にしておくように、だそうです。」

「連中も、データーは見たのだろう?燃えたのだぞ。崩れ落ちたのだぞ。あの仕事場は、ほぼ灰燼に帰した、といっても良いことが、あのデーターに示されていただろう。」

「・・・ええ。ですが、指示された以上は、とりあえず状況の確認だけでも、しておかないわけには・・・・」

 私は宇宙艇に、来た道を引き返させるための、飛行コースの再設定を入力しはじめた。

「お?また、新たな指示だぞ。」

 入力も、終わろうかという頃合いの、老人の言葉。

「・・え?ええ?やっぱり、火災や崩壊が起きた現場に戻るのは、危険かもしれないから、そのまま離脱しろ、だそうです。」

「ほんとに、もう、何一つ決められないのだな、新政権は。なんでこう、毎度毎度、言うことが、コロコロと変わるのだ。誰が、どういう手順で、物事を決めているのだろうな。」

 右に左に、何回も首をかしげながら、老人は毒づいた。

 その2分後に、仕事場に近い安全な場所から、できる限りの状況確認をするように、との指示がきた。

 更に3分後、安全な場所の見きわめも難しいだろうから、やっぱり離脱するように指示が来て、その2分後に、絶対安全と思える距離からで構わないから、観察だけはやっておくように指示がきた。

 それからも、新政権からの指示は、二転、三転、四転、五転、転、転、転転転点天典展貂・・・・。

 盗賊の襲撃から10時間ほどが経過したころ、私とヤンベン老人は、私たちの仕事場に戻っていた。

 盗賊を撃退した後に兵士たちが、生存者がいるかも知れないと宙空建造物内を捜索し、その時ついでに、私たちの仕事場の鎮火と、それ以上の崩落をくいとめる措置を講じてくれていた。

 仕事場が安全な状態であると確認がとれると、状況確認の指示を実行しないわけにはいかなくなり、我々はここに引き返してきたのだった。

「部屋の壁を、ここもあそこも穴だらけにされて、これだけあっちこっち燃やし尽くされて、あれもこれも崩れ落ちた状態なのに、無事な機器が、案外多いのですね。」

 なかば茫然として、私は感想をもらした。

「奇跡としか、思えんな。これだけ滅茶苦茶にされたのに、とりあえず全部の検査作業がなんとか実行できるくらいには、機器が無事に、残っているとはな。」

 どの作業も、それを実施するための機器は、何台もおかれていた。往時には、それらのすべてを使わなければ、追いつかなかったのだ。

 だが今は、どの検査作業も、機器が1つあれば事足りる。そして、すべての検査作業において、使える状態の機器が、1つは残っていた。壊れたものからの回収をしておけば、今後の故障に備えての部品のストックも、十分にできそうだ。

 しっちゃかめっちゃかに壊された仕事場だが、機能面からいえば、損失はほぼゼロ、と言ってもよかった。

「・・・なんだか、うれしいような、うれしくないような、複雑な気分だな。」

 疲れきった顔の、老人のつぶやき。「長年なれ親しんだ仕事場が、なくなるのは、途方もなく寂しかったが、これですっきりと、ふん切りがつけられたと思った直後に、やっぱりつづけなければ、ならないとなると、嫌気もさしてきて、しまうものなのだな。」

「ええ、私も、正直、全部木っ端みじんに壊れてくれていれば、よかったような気が、してしまっています。覚えてきたことが、何ひとつ無駄にならずに済むのが、こんなに悲しいなんて・・・」

 複雑な視線を交わし合い、何とも形容しがたい苦笑いを、向け合った私たちだった。


 今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/9/5 です。

 盗賊があまりにもあっさり退散したことに、不自然さを感じた読者様もおられるでしょうか。でも盗賊なんてのは、相手かまわずにとりあえず襲撃しておいて、無防備だと見れば略奪に取り掛かるけど、強そうと見ればすぐさま尻尾を丸める、というのが基本パターンではないでしょうか。それに、無防備だとの噂を聞いて襲撃したけども、やはり皇帝直轄領を狙うことに、内心ビクビクしながらの犯行だったのかもしれません。こんな釈明で、このシーンの正当化は、成功しているでしょうか?


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