第6話 老人と逃げる
新政権ができて以来、この星団帝国の治安は、あまり良くない。それ以前だって良かったわけではないのだが、ここのところ、富みに悪化している。
盗賊の出没情報など、国全体では毎日、何千件と発せられているらしい。報告されていないものを含めれば、毎日万単位で、誰かが盗賊の被害に遭っているのが、この星団帝国の実態だ。
だが、皇帝一族の直轄とされているこの領域では、ここ数年、盗賊の出没情報は聞かれていなかった。今では、実質的には、新政権がこの領域からの収穫を簒奪していて、皇帝一族に献上されるものは、わずかとなっている。だからこそ、私たちの仕事場もヒマなわけだが、それでも名目上は、今でも皇帝一族の直轄なのだ。
ここの警備の厳重であることは、人々に知れわたっているので、わざわざそんなところを狙う盗賊も、めったにいないのだった。
そのことで油断して、警備がいつの間にか、手薄になっていたのだろう。
そして、警備が手薄になっていることを、するどく嗅ぎつけてきた盗賊団が、いたのだろう。
おかげで、厳重だったはずの警備網が、あっさりと突破され、私たちの仕事場のある人工惑星は、盗賊の襲撃にさらされることになってしまったのだ。
「ああ・・ううぅ・・、どうすればいいのだ。何と、恐ろしいことに・・・」
ヤンベン老人のおびえようとうろたえっぷりは、痛々しいほどのものだった。争いごとや血なまぐさいことなど、根っから性に合わないタイプなのだろう。そういう私だって、泣き出しそうなくらいの恐怖に包まれていた。
「何としても、この仕事場を死守しろ、と新政権からは命令が下っています。私たちの分の戦闘艇も、この宙空建造物のどこかにあるはずだから、探しだして、それに乗って出撃しろと。」
デスクの上のキーボードをたたき、私はモニターに示された、新政権からのメッセージを伝えた。
「な・・ななな・・何だって?し、出撃・・しろ・・だと・・・!? わしは、戦闘艇の扱い方なんぞ、何ひとつ知らないぞ。何十年も、ここで献上品の検査作業ばかり、やって来たのだからのう。お若いのは、どうだ?少しは戦い方というものを、知っているのか。」
「いいえ、とんでもありません。私も、工作用の宇宙艇くらいなら、操作したことはありますが、4人乗りのそれの、操作の一部を担当しただけでした。1人では、宇宙艇を飛ばしたこともありませんし、ましてや、戦闘に特化された宇宙艇である戦闘艇など、触ったこともありません。」
「飛ばすこともできん戦闘艇で、どうやって戦えと・・・」
「あっ、お待ちください。また新政権から、別の指示が・・・・できる範囲で、持ち出せるものを持ち出して、避難しろ、とのことです。」
「おお、良かった、避難して良いのか・・って、なに!? も、持ち出せるものを・・だと?機器の一つを、シャトルか宇宙艇に積みこむのにも、何時間もかかるぞ。そんなことをやっていたら、終わる前に盗賊にとっ捕まって、殺されてしまうわい。何を、どうやって持ちだせと・・・・・」
「え?・・いや・・まあ、機器が無理なら、データーとか、設計図とか、なにか持ち出せるものを・・・・」
「ここの機器が、どうにかなってしまったら、データーや設計図なんぞ残っても・・・守るべきは、機器そのものなのだ・・・・・」
「お待ちください。また、新たな指示が・・・おおっ、もう、身一つでいいから、とにかく逃げろと、自身が生きのびることを、何よりも優先しろ、と。」
「おおっ、そう言ってもらえると・・・では・・・」
「あっ・・また次の指示が・・・でもやっぱり、持ち出せるものがあるようなら・・・できたらでいいのだが、できたら、持ち出して欲しい、と・・・・」
「だから、何を持ちだせと・・・」
「あ、次の指示・・でも、やっぱり、一身の生存が第一だから、と・・・」
「よし、そうか。では、すぐに、にげ・・・」
「あ・・・ええっ?でも、もし戦えそうなら、戦ってくれた方が・・・と、文末に・・・」
「そ・・そんな、た・・戦うなんて・・・」
「あ・・また次の・・おおっ!やっぱり大至急で避難しろ、と言ってきました。」
「ええい、もう、はっきりしてくれ。」
「とにかく、逃げましょう。何も持たず、何も考えず、一目散に逃げだすことを、最優先にしましょう。」
デスクの上の端末からは、さらに新たなメッセージの受信を報せる電子音が聞こえたが、私たちはそれを、無視することにした。
リング状の宙空建造物では、普段はリングの部分ではなく、スポーク状構造の柱で支えられた中心軸の部分で、宇宙空間への出入りが行われる。遠心力による疑似重力を生むために、リングは回転しているわけだが、その運動のいちばん小さい中心部分が、最も出入りが楽に行えるのだ。
だが、こんな緊急の場合には、リングの部分から直接宇宙に飛びだす。疑似重力を生むための遠心力を、そのまま最初の推進力として飛びだせる。
遠心力を重力と感じている者からすれば、床が抜けて落下していく、といった感覚で宇宙に飛びだすことになる。飛びだす方向が限定されてしまい、向かう先によっては、無駄な動きができてしまうが、こんな場合にはそうも言ってはいられない。
脱出用の宇宙艇は、工作や長距離輸送にむけた、特別な機能はほとんど持たない、ただ、しばらくのあいだ宇宙空間を駆けまわれる、というだけのものだ。5人乗りに設計されたそれに、私は、ヤンベン老人と一緒に乗りこんだ。
盗賊の接近軌道を確認し、回転するリングの私たちのいる部分が、盗賊の迫ってくる方向の反対側になったところで、発進レバーをひねった。
飛行コースは、予めコンピューターが示してくれていた幾つかの選択肢のなかから、一つを選んだ。あとは、自動操縦で向かってくれるから、宇宙艇には、操縦にかんして素人の2人しか乗っていなくても、漂流などという事態にはならないはずだ。
増援部隊が、すでにこちらに向かって来ており、それと合流するコースを、コンピューターは選択肢の1つとしてあげていた。私はそれを選んでいた。
我々をのせた宇宙艇は、だから、増援部隊と合流するための最短コースを、全速力で飛翔しているはずだった。あとは、ひたすら、増援部隊と合流する前に盗賊に追いつかれないことを、祈るばかりだった。
「ううううう・・・」
ヤンベン老人の声を聞きながら、私も同じような声色で、うめいていた。遠心力で投げ飛ばされたのにつづいて、イオンスラスターの噴射による加速が、自動的に実施されたための、うめき声だ。
普段から宇宙艇になど乗らない我々には、それの発揮する加速による重力も、そうとうにこたえるのだ。シャトルによる穏やかな加速しか経験していない体は、宇宙艇のもたらす猛烈な加速重力に、すぐさま悲鳴をあげる。
戦闘艇となると、もっと凄まじいはずだ。おそらく、私たちなどでは、失神を通りこして絶命してしまう可能性も、あるだろう。
宇宙艇にあるレーダー用モニターの上で、盗賊たちを迎え打つべく出撃していく戦闘艇群を確認しながら、それのパイロットたちの苦労を私は想った。人工惑星に駐屯していた、防衛部隊の戦闘艇だ。
「わしは、あんな職に就かなくて、よかったと思うよ。どんなにヒマでも、仕事場が無くなってしまう寂しさを味わわされても、命を危険にさらさなければいけない仕事よりは、マシだと思ってしまう。」
ヤンベン老人の、しみじみとしたつぶやきだった。ガチガチと、奥歯で音をたて、震えながら。
「本当に、あんな仕事を選べる人たちというのは、理解できないほどに勇敢だと思います。私たちが臆病すぎるのか、かれらの神経が、どこかマヒしてしまっているのか、とにかく私たちにはまねすることも、共感することもできない判断ですね。ああいった職に、つくというのは。」
その、理解できない感覚の持ち主たちが、それでもその時の我々には、唯一の命綱のようなものだった。
私たちの乗っていた脱出用の宇宙艇は、もしこちら側の戦闘艇がいなければ簡単に、盗賊に追いつかれてしまうものだから。
盗賊が奪いたいと思うようなものは、何一つ積まれていない宇宙艇ではあるが、それでも連中は、とりあえず追いついて、攻撃して、なぶり殺しにして、内部を物色せずにはいられないだろう。それが盗賊という稼業だ。
私たちの生存は、盗賊の前に立ちはだかってくれた戦闘艇のパイロットたちに、すっかりゆだねられていしまっていた。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/8/29 です。
リング状の宇宙建造物についての描写が、どれくらい読者様に正確に伝わっているか、実に心もとない気持ちです。こういうのは、図に書いて説明するのが一番わかりやすいのでしょうが、文章だけで伝え切ってみせるのが、小説家というものだとも思えます。「小説家になろう」の機能を上手く使いこなせば、図を示すこともできなくはないのでしょうが、とりあえず作者は、文章だけで勝負してみようと思っています。
SF映画やアニメで、回転しているはずの宇宙建造物の、回転しているはずの部分から出入りしているシーンを、何度か見たような気がするのですが、それはかなり無茶ではないかと思います。回転運動にしっかり同調してから出入りしないと、相対速度が大きすぎ、衝突事故を起こしてしまいますし、同調するからには、出入りしようとする者にも遠心力がかかってしまい、余計なエネルギーを消費します。
多くのSF作品では、そもそも重力というのをどういう設定にしているのかすらも、曖昧な場合が珍しくはない気がします。遠心力や加速重力を用いるのか、現在の科学では未知である重力制御技術が使われていることにしているのか。
本作品では、エリス少年の登場するプロローグとエピローグでは、未知の重力制御技術が実用化されている設定である一方、多くの作品の本編では、遠心力や加速重力が用いられています。唯一「紫雲の名将アクセル」で重力制御技術が用いられ、それを応用した「無限落下航法」なんてものも、登場させています。
こういった物語内における技術開発の歴史も、作者の頭に大まかな構想はありますが、これまでの作品では明示されていませんし、当分は、うやむやにしておこうと思っています。
今後、それらがどうなって行くのか、関心を持って頂ける読者様がおられると、作者としても大変励みになるのですが、いかがなものでしょうか?「だいた ひかる」ばりの「どうでもいいですよ」が、聞こえてきそう・・・・。




