第5話 老人と悩む
とっくに聞き飽きたヤンベン老人の話を、繰りかえし聞かされる日々なのだが、聞かされるたびに、ヤンベン老人のこの仕事や仕事場への想い入れの強さを、私は思い知らされる。そして、ここがどんどん廃れていくことに、後を継ぐ者がいなくなってしまうかも知れないことに、寂しさや危機感を覚えているのだと気づかされる。
老人だけでなく、かつてこの部屋をにぎわせていた数々の作業者が、今のこの部屋の現状を憂えていることも、ヤンベン老人の話から私は感じとっていた。
この仕事場が、いかに多くの人の努力や苦労のもとに運営されてきたか、それを老人が、どれほど後世にも残していきたいと願っているか、思い出話が繰りかえされるたびに、私はその認識を強くしていった。
自分自身の経験なのでは、と錯覚を起こしそうになるくらい、ここで起こった出来事の数々は、私の頭にふかくしみ込み、刻みこまれていった。
わが一門を盛りかえしていくため、という目的以上に、ヤンベン老人のために、この仕事場を私がしっかり引きつがなければ、そんな気持ちに、いつしか私はさせられていた。
そう考えれば、ヤンベン老人の思い出話には、かけた時間や労力に見合った、十分な成果があったといえるのかもしれない。
「こっちの硬度検査装置はな、わしの2年先輩のパーリーさんがな・・・・」
(パーリーさんの娘の趣味がヒントになって、効率を改善する工夫がほどこされたんですよね・・)
「娘が趣味にぼっとうしている姿を見て、ピーンとひらめいたそうなのだよ・・・」
毎日毎日、ヤンベン老人の思い出話は、繰り広げられる。普段のおっとりした感じはどこへやらで、思い出話をする老人は、躍動感たっぷりだ。
何十種類とある検査機器のすべてに、1時間以上も語りつづけられる思い出話がいくつも詰まっていて、どの機器について、どんな作業を教わっていても、思い出話がはじまらないということはなかった。
うんざりしつつも、意欲を高めていく。飽き飽きした話に、使命感をかき立てられる。すっかりヒマになった閑職をマスターするための、練習ばかりの退屈で手ごたえのない毎日でも、気持ちが切れてしまうことはなかった。もやもやした気持ちを抱えたままでも、とにかくがんばりつづける、ということはできた。
「あれ?こっちのサンプルとあっちのサンプルって、同時に計測することはできませんか?」
「うん?・・おっ、ほ、ほう!お若いの、良いところに気づきおったな。」
ある程度、習熟できた作業が増えてくると、業務を簡素化したり省略できたりするものがあることに、気がつくようになってきた。
業務量が多いときには、別々に測定していた検査項目も、今の業務量なら同時に計測できるとか、取扱い量が減って仕入れ先がしぼられてきたものに関しては、検査を省略しても問題ないといえるものなどが、作業への習熟とともに、次々に私の目にとまるようになってきた。
「ずっとこれをやって来たわしには、そんなことには、気づく機会もなかったが、新しく覚えた人には、気がつきやすいこともあるものだな。それに、お若い人は頭も柔らかい。このおいぼれの固くなった頭より、発想が柔軟じゃ。」
私は、作業の簡素化や省略を、意欲的におし進めるようになっていった。
そんな感じで、ここへ来てから1年半くらいの時を迎えると、もう新たに覚えなければならない作業など、ほとんどないという状態に、いつの間にか、なっていた。
1年目の時点で、半部くらいしか覚えられておらず、忘れていってしまう作業も次々に出てきている、と実感していた。だから、すべてをマスターするには10年近い時間がかかってしまうのではないか、などとも感じていたのだが、そうはならなかったのだ。
覚えるのが2回目くらいまでは、しばらくやらないと忘れてしまうこともあったが、さすがに3回覚え直すと記憶は定着し、それ以降は、どれだけやらずにいても忘れない、という状態になった。
そのうえに、作業が簡素化されたり省略されたりした効果が加わったから、もう、忘れてしまうなんてあり得ないと思えるほど、作業は頭と体に染みついた。
「お若いの!さすがだな。たった一年半で、ほとんど全部、マスターしてしまったではないか。これでわしは、いつ引退しても大丈夫というわけだな。いやー、良かった、良かった。後を安心して託せる人ができて、こんなにうれしいことはないわい。」
ヤンベン老人の喜びっぷりも、私を驚かせるほどのものだった。
後を継ぐ者が、いなくなることの不安を、それまで老人は、直接には口にすることはなかった。恐らく私に、余計なプレッシャーをかけまいとする、心づかいだったのだろう。
それでも老人は、是非私に仕事をマスターしてもらって、後を引き継いでもらいたいと、心底から願ってきたのだろう。目の前にある派手すぎる喜びっぷりが、そのことを私に、まざまざと見せつけていた。
老人を見ている私のほうも、いつしか目頭が熱くなるほどに、嬉しい気持ちに満たされていった。
それからは練習ではなく、私がヤンベン老人に代わって業務をこなし、私の計測したデーターに基づいて、皇帝一族への献上の可否が判定されるようになった。
老人は、あくまで後見人といった感じで、遠巻きに業務を監督してもらうようになった。が、それも始めのうちだけで、もうまったく老人には離れていてもらって、私一人だけですべてやりこなしても、大丈夫な作業も多くなっていった。
「たまには、わしにもやらせてもらわないと、こっちの腕が鈍るわい。」
といった感じで、何日かに1回くらいは老人も作業に当たったが、大半は私が、ひとりでやるようになっていった。もういつでも、ヤンベン老人に引退してもらって構わない状態になっていた。
そのことを新政権に報告してみると、意外な反応が返ってきた。
「なに、今後もわしがメインで、作業をやれというのか?せっかく、お若いのがマスターしてくれたのに、わしの腕を鈍らせないことを優先して、後継ぎの習熟は二の次にしろ、ということか?」
「ええ。なんでも、私がここを引き継ぐことになるのかどうかは、今のところはまだ、決定していないことなのだから、私が作業を引き受けすぎるのも問題だ、ということでして。」
「な・・なに!? 未定・・なのか?お若いのが、後を引き受けてくれるというのは。せっかく覚えてもらったのに、どこかへ行ってしまう可能性も、ある・・と・・・。で、また、別の者に、作業を教えることも、あるかもしれん・・のか?こんなヒマな仕事を、2人も3人もが覚えたところで、仕方がないと思うのだがのう。」
「ええ、私も、この業務量なら2人以上が覚えるのは、どう考えても時間のムダになると思います。私がこうして、ここまで覚えた以上は、私がここを引きつぐ以外には、ないと思うのですが。」
「皇帝一族への献上品を、完全に廃止してしまうというのなら別だがのう。新政権に、そんな決断ができるとは思えん。いまだ屋台骨がぐらついたままの新政権を見ていても、多くの民衆の反発を買いかねない、皇族軽視と見られるような判断は、できるはずがないのだ。」
「ええ、私もそう思います。ここの業務は、量が著しく減ったとはいえ、無くしてしまうなど決してできない。どうしても、後つぎは必要なはずなのです。なのに、こうして作業を覚えた私を、ここの後継ぎとして正式に任命するという決定は、下せないというのです。まったく、新政権の考えることは、分かりません。」
「そうだな。献上品を廃止する決断か、お若いのをここの後継ぎにする決定か、どちらかを必ずやらねばならんはずなのに、どちらもやれずにいるのだからのう。新政権も、難儀なものだな。」
せっかく苦労して覚えた仕事を、もしかしたら、やらなくなるかもしれないと思いながらも、私は仕事の半分を引きうけて作業に当たった。ヤンベン老人も、いつまで仕事を続けなければいけないのか、せっかく覚えてくれた後つぎに、いつになったら任せてしまえるのか分からないまま、残りの半分の仕事をこなしつづけた。
ヤンベン老人一人でやっていても、1日に数時間はやることのない時間ができていたのだから、2人でやれば、もっとヒマになる。どちらか片方が、丸1日何もしない、ということも珍しくもない。
もう、練習する必要もなくなった私は、やることのない時間が、苦痛で仕方がなかった。ヤンベン老人のように、意味のない文字列を打ちこみつづけることでは、時間をつぶせそうにもない。老人にしたって、そうやってすごす時間が、心地いいわけもないのだ。
私は、わが一門の所領の経営状態などのデーターをとり寄せて、領主としての業務を並行して、やるようになった。そちらに費やす時間の方が、圧倒的に多いくらいだった。
所領から20光年近くも離れた、こんな所で、なぜこんな作業をしているのだろう、と何回も憤慨させられた。光の千倍くらいの速度で飛ぶ、質量虚数の素粒子タキオンを用いた超光速通信でも、データーの取得は1週間くらい遅れてしまうのだから、作業の能率なんて、悲惨なものになってしまうのに。
以前とはちがったもやもやに、私は悩まされるようになっていた。
私と同じもやもやを、ヤンベン老人も味わっていただろう。
がらんとした事務室で、私は所領管理を、老人は意味のない文字列の打ちこみを、もやもやした気持ちのまま黙々とつづけている、という毎日が、延々と繰りかえされた。
室内の、今はあり余っているスペースにうっすらとうかび上がってくる、かつて忙しそうに行きかっていた人影に対して、恥かしいような、申し訳ないような気持ちに、さいなまれたりしながら。
「た・・たいへんだぁっ!盗賊が、襲撃してきたぞっ!」
平穏だが退屈すぎる日々は、そんな叫びで破られた。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、2020/8/22 です。
タキオンについての記述が荒唐無稽になっていることも、これまでの作品と同様に告知させて頂きます。極力荒唐無稽を排除し、リアリティーを追及して書いているつもりの小説ですが、光速を超えて移動する物体はない、というこの宇宙の絶対法則を打破することに関してのみは、徹底的に荒唐無稽なのです。光速を超えるにしても、千倍って、滅茶苦茶だなって作者自身も思っています。が、読者様は是非、目をつぶってください。
光を照射して性質を検査する、なんてのは今でもあるものだし、これからも発展して行くだろうから、この時代にこんな検査機器があるのは、滅茶苦茶リアルだと自負しています。思いがけない発想や驚くような工夫で、作業効率が改善されたりなんてことも、未来の宇宙でもあり得ることだと思います。




