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第4話 老人と話す

 仕事の量で言えば、ヤンベン老人1人で十分足りるていどだ。足りるどころか、ヒマでヒマで仕方がない、といったくらいだ。老人が一人でこなすだけなら、2時間につき15分くらい作業すればよかった。

 それ以外はただ、事務室のデスクに着いて、意味のない文字列をキーボードからモニターも見ずに打ちこみつづける、なんて感じて過ごす。私が来るまでは、そんな状態だったという。

 私が来てからは、私に作業をレクチャーするということに時間を費やすようになったし、それ以上に、私に思い出話を語って聞かせるということに、多くの時間を費やすようになった。

 それでもヤンベン老人は、1日に2~3時間は、キーボードで意味のない文字列を打ちこみつづける時を過ごした。

 私はひたすらに、練習に没頭した。すでに計測の終わったサンプルを使って作業を行い、ヤンベン老人の結果と照合する。大差ない結果が得られれば成功といった感じで、練習を繰り返した。

 計測だけではなく、布地の時も苦労したサンプルのセッティングや、機器のメンテナンスに類する作業も練習した。覚える作業より、忘れて行く作業の方が多いのじゃないか、と思えることも少なからずあったが、地道に練習しつづけた。それ以外には、やることもなかったのではあるが。

 人工惑星であるリング状宙空建造物内に、私の居住施設ももうけられていたから“ 出勤 ”にかかる時間は、5分ていどのものだった。実労働時間に出勤時間などを含めても、拘束時間は1日に9時間を超えはしなかったから、とくに重労働ともいえなかったが、ひたすら練習ばかりを繰りかえす日々は、ストレスを感じずにはいられないものだった。

 いつまでにすべてをマスターしなければならない、という目標があれば、1日9時間といわず、もっと時間をかけて練習もできただろうが、ピンピンしているヤンベン老人を見ている分には、そんな気力は湧いてこなかった。

 リング状建造物内には、飲酒施設をはじめとして、色々な娯楽施設もあったし、他の作業をしている者たちのなかから、飲み仲間や遊び友達などもできていた。ある飲み屋の看板娘にちょっかいをかけてみたら、思いの外とんとん拍子に意気投合し、時々連れ出したりできるようになったりもしたから、プライベートはそれなりに充実していた。

 リング状建造物の近くの宙域で、恒星風を受けて走るスペースヨットのレースなんて催しも行われたりして、件の飲み屋の娘とそれの見物に繰り出したりなど、楽しく過ごせる時間は多かった。ストレスを解消する術はあったので、それほど激しくためこむこともなかったが、それでもやはり、それなりに、憂鬱な気分をかかえる日々だった。

 1年が経ったころには、半分ほどの作業を覚えていた。だが、覚えた作業が多くなると、忘れてしまう作業も多くなる。覚えるより忘れて行く方が多い、というのも、冗談ではなくなってくる。全てをマスターするときなんて、本当にこのまま、一生来ないのではないか、とすら私は感じ始めていた。

「大丈夫さ。このわしですら覚えられたのだ。わしの若いころより明らかにまじめでひたむきなおぬしに、覚えきれないわけがない。焦りなさるな、お若いの、あはははは・・・」

 ヤンベン老人の言葉は、いつだって私の救いだった。そして彼の健康が、ゆらぐ気配すら見せないのも、頼もしかった。ほんとうに、あと十年くらいかけてマスターしてもよさそうに思えた。

「分かりました。焦らず、のんびりとやっていくことにします。」

 焦らなくてもいいのは、いいとして、それでもやはり、毎日練習ばかり繰りかえす日々は、精神衛生的にいいものではなかった。

 ここに来る前は、所領内における資源採取の管理業務などで、実戦力となってバリバリと働いていたのだ。

 領民たちが、ガス惑星や星系ガスなどから採取してきた各種の元素の、組成や純度を確認したり、今後の採取計画を策定したり、などの作業などをこなしていた。一門の棟梁の嫡男としては、当然のように果たさなければいけない義務でもあった。

 それらは、領民の生活や新政権への税の納付などに直結する作業で、責任は重いものの、やりがいのある、充実感にあふれたものだったのだ。

 それが今は、一転、実質的な生産性のない、ただの練習の繰りかえしだ。ヤンベン老人の後継として、スタンバイしておくだけの状態だ。しかも、覚えた仕事の半分は、近いうちに、やる必要がなくなる可能性が高いのだ。

 やりがいがない。面白くない。ストレスを感じる。仲間と飲んだり遊んだりで、一時はやわらげられる気持ちだが、完全に消えて無くなることはない。ずっと胸にわだかまり続ける。いったい自分は、何をやっているのだろう、と嘆かずにはいられない。

 これでも私は、貧乏一門とは言え棟梁の嫡男だ。いずれは一門を背負って立たなければいけないのだ。

 過去の権力闘争において、常に負ける側に組してしまうという、間違った判断を重ねてきたために、弱小に甘んじている一門だが、それでも、臣籍降下した皇帝一族を始祖にもち、爾来(じらい)、千年近い歴史を誇っている。

 そんなわが一門が、間違った判断の連続にも関わらず取り潰しを免れてきたのは、所領経営の実務能力に一目を置かれているからだ。皇帝一族も新政権も、わが一門に高い実務能力のあるがゆえに、どんな間違った判断をしても、とり潰すわけにはいかなかったのだ。

 私は、そんな私の一門を愛しているし、誇りにも思っている。すぐれた実務能力を養ってきたことへの敬意もあるが、権力闘争において間違った判断をしつづけたことにも、愛おしさを感じている。時勢に聡くはなくとも、愚直で情に厚い家柄に、愛着をもっている。

 この一門を背負うために、私は新政権から得た職を務めあげ、少しでも高い評価を勝ちとらなければならない。そうでなければ、所領をさらに減らされかねない。

 そうならないように、そしてできれば、少しでも増やしていけるように、家臣や領民にも、より質の高い生活をさせてやれるように、私には新政権の評価が必要なのだ。

 だから、仕事を選んではいられない。そんな想いで頑張って来たのだが、こんな閑職をマスターしたところで、どれ程の評価が得られるのだろうか。苦労の割に、得るものの少ない仕事に就いてしまった、とも言えるだろう。

 だがやはり、仕事は選べない。権力闘争の際に間違えつづけ、貧乏一門となり果てた家系の嫡男だから、新政権にわがままなど、言えるはずがない。ここがどんなに不利な仕事場でも、評価が得にくい閑職であったとしても、ここで頑張っていくしかない。

 もやもやした想いをかかえながらも、私は、練習ばかりの日々を耐えしのんだ。



「おっ、こっちの味覚成分検査装置も、だいぶうまく使えるようになってきたな。」

「ええ、はい。おかげさまで。」

「いやいや、なかなか大したものだよ。30年前に、この機器を最初に担当した、わしの3年後輩のレイル君なんぞ、これを使えるようになるのに、2年以上は・・・・」

 レイクル君の苦労譚を聞かされるのは、これが15回目だ。それに気づいているのかいないのか、ヤンベン老人は嬉々としてまくしたてた。

 穏やかでやわらかな声だが、とにかく止まらない。たっぷり1時間はしゃべりつづける。ほとんどの部分は、同じ内容の繰りかえしなのだが、それをいつまでも、滔々と話つづける。会ったこともないレイル君が、旧知の友人であるかのように、私には思えるようになっていた。

「何日も、この作業部屋に泊まりこんで、レイル君はがんばったのだ。なんせやっこさんは・・・」

(ここで、レイル君のプライベートにまで、話が及ぶんだな。)

「結婚したての嫁に尻をたたかれて、出世を急いでおったからなあ。血眼になっておったのだ。だが、なかなか上手くいかなくてな。それがだ、ここのハンドルの・・・・」

(ハンドルのとり付け角度を変えてみたら、上手くいったんでしょ。)

「とり付け角度を20度ほど変更してみるとだな、あのときはおどろいたぞ、なんでそれで、こんな成果が出るのやら全くわからんのだが、それまでの苦労が嘘のように・・・」

 話の筋を覚えてしまうくらいに、同じ話が繰りかえされた。1回の話にも同じ内容が繰りかえし登場するのだが、その話を何回も聞かされるわけだから、覚えてしまうのも当然だ。

 ヤンベン老人の長い長い思い出話は、私を相当にうんざりさせてもいたし、悩みの種ともなっていた。

 だが、機器の扱いにおいて、私が何回おなじ質問や失敗を繰りかえしても、決して怒らないどころか顔色一つ変えず、常に笑顔で穏やかに接してくれる老人は、私には、かけがえのない救いだった。

 練習ばかりの日々にもやもやしながらも、ずっとがんばりつづけていられたのは、全てそのおかげと言って良い。思い出話にどれほどうんざりしても、途中からほとんど内容を理解していない状態となっても、とにかく隣で相槌を打ちつづけることだけは、私は止めるわけにはいかなかった。


 今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/8/15 です。

 星系ガスやガス惑星からの資源採取など、これまでの作品にも何度も登場した要素が繰り返され、ワンパターンになってしまっているかもしれません。ですが、実際の地球の歴史でも、農業や漁業や牧畜など、巨視的に見れば、世界中のあらゆる時代や場所で似たような行為が繰り返されているので、本作品の記述にも一定のリアリティーがあるのさ、と言い訳させておいてください。

 細かい部分では、作品内の時代や場所によって、少しずつ変化を付けてはいるのですが、それに気付いてほしいなどというのが無茶な注文であることは、承知しています。

 とりあえず、未来の宇宙の庶民、富豪、貴族、王族などの、それぞれの暮らしぶりをリアルに描くということは、これからも挑んでいきたいと考えています。そういった描写に興味を持って頂ける読者様が、少しでもいて下さることを、心から願っている次第です。


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