第2話 老人と働く
「ハハハ・・、御明察、恐れ入ります。かつては、そうとうに盛んだったこの作業場も、今ではすっかり手すきの状態に、なっているみたいですな。」
「手すき、なんてものではないさ、あはは・・。ヒマで、ヒマで、死んでしまいそうなくらいだわい、あははは・・・」
あっけらかんと笑いとばす姿が、いっそう寂しさを湧きたたせる。「皇帝陛下の御代ではな、ここの機器をフル稼働させても追いつかんくらいに、仕事が溢れかえっていたのだ。それが、新政権に実権が移ってしまってからは、どんどん廃れていってしまってな、今では、ごらんの有り様だ。お若いの、あんたもこんな閑職にまわされて、さぞかしがっかりしておるのだろうな。」
「いえ・・ああ、ま・・まあ、正直、すこし・・・。しかし、私の一門も、皇帝側に組して、新政権に最後まで抵抗した家系なのです。それが、とり潰しにもならずに、こうして職を与えられているだけでも、新政権の慈悲に感謝しなくてはなりません。このうえは、どんな職でもしっかりと勤めあげ、新政権のもとで、家勢を盛りかえしていくつもりでおります。」
「はっはぁ、立派な心掛けだな。いやはや、頭が下がるわい。一門の祖先の判断ミスと、新政権による冷遇で、こんな閑職につかざるを得んハメになったと腐ってしまいかねない身の上なのに、一門や新政権のために力を尽くそうと、決意しておるのか。なんとけなげな、心意気だろうか。いやいや、ご立派、ご立派。」
皮肉や嫌味で言っているのではないことは、その表情を見る者には、疑いようもない。誰もが愛着を覚えずにはいられない好々爺、それが、ヤンベン老人なのだった。
それどころか、この仕事を受けつぐ者が現れたことに対するよろこびが、ヤンベン老人の言葉には、盛大にあふれていた。
「いや、そんな・・立派などと、とんでもない。あなたのおっしゃるように、腐る気持ちもたっぷりあって、そんな気持ちを何週もめぐった末に、つい最近ようやく、前向きな気持ちになれたのです。この部屋に踏みこんだ瞬間にも、失礼ながら、残念な気持ちで、ため息を漏らしてしまったくらいで・・・」
「それは、そうだろうな、うむ、うむ。こんな、ほこりまみれの、骨董屋みたいな仕事場だ。こんな所で働かねばならん身の上を、残念に思うのは、無理もないことだ。それでも、そんな気持ちを飲みこんで、前向きな言葉を口にしてくれるのだ。このおいぼれには、うれしいかぎりだ。」
ヤンベン老人の言葉は、私の、残念な気持ちを少しやわらげ、前向きな気持ちも、さらに少し高めてくれた。
統治の実権を失った皇帝一族への、往時の何十分の1にまで減ってしまった献上品の検査という廃れた仕事でも、この人のために後を絶やさぬようにするという意味があるのなら、がんばってみよう。いつしか私は、そんな気分にさせられていた。
「あの、古い検査機器に埋められた作業室にも、この、スペースのあまり過ぎている事務室にも、ずっとここで働いて来られたあなたには、いろいろと、思い入れがあるのでしょうね。」
社交辞令的にくりだした、私のこの質問には、
「もちろんだとも!」
と、椅子から飛び上がらんばかりの興奮を、老人は見せた。「どの機器にも、いろんな苦労をさせられたからな。ここに納入されてきてから、とりあえず使える、という段階に至るまでにも、ガイドマニュアルと何日もにらめっこせねばならんかったし、それを効率よくつかって、納期に間に合うように検査を済ませられるようにするのにも、それはそれは・・・・」
話を、最後まで聞くことも困難になるほど、ヤンベン老人の口からは洪水のごとくに、思い出話が溢れ出た。
それ以外のことには、穏やかで静かな話しぶりである老人も、検査機器にまつわる思い出話となると、すさまじく饒舌になった。それは、この最初の日に限った現象ではなく、これ以降も、毎日のようにずっとつづくものとなった。
数日を過ぎたころから後には、私もいささか閉口したり、辟易させられたくらいに、勢いに乗った老人の思い出話は、とどまるところを知らなかった。
あいさつを交わした数時間後には、最初の検査業務に、私とヤンベン老人はのぞんでいた。
「これは、皇族の姫君たちの生誕祭に、使われる布地でな」
機器の一つに布地をセットしながら、ヤンベン老人は説明した。「キヌとよばれる、バイオオリジンの素材なのだ。」
同じ形の機器がいくつも、ほこりをかぶった状態で並んでいるなかから、いちばん端の、唯一ほこりをかぶっていない機器を選んで、ヤンベン老人は布地をセットしている。
特殊なビームを布地に照射し、その反射光から、布地の品質を調べるための機器だと教えられた。
皇帝一族のとりおこなう、特別な儀式につかわれる品々には、いくつもの特殊な検査が必要で、皇帝が実権をにぎっていた時代には、膨大な量の仕事がここに流れ込んでいたそうだ。
往時には、全ての機器が一日中稼動していたというのだが、今では、端っこの一つだけが、1日か2日に1回くらいのペースで、使われるていどらしい。
「この布地はな」
と、老人の説明はつづく。「なんとな、驚くなよ」
と、話しながらも技巧的に動く両手が、熟練を物語る。「こんなちいさな」
と、セットする作業の合間に、素早く右手を私の前にかざして見せる。「ぶよぶよした生き物から作られるんだ。」
人差し指と親指を、数センチ離した状態で見せることで、その生き物の大きさを数秒のあいだ表示した老人の手は、その後すぐさま、技巧的な作業に復帰した。
「信じられるか?小さくてぶよぶよした、白い生き物が、この布地の・・・」
「あ・・あの、カイコなら、知っています。それの作るマユから糸を紡ぎ、キヌという生地が仕立てられていることも。」
「おお、そうか。それは、失礼した。さすが、博学であるな、お若いの、あはははは。ケミカルプロセスの布地しか知らぬだろう、などと思いこむのは、偏見であったな、すまん、すまん、あはははは・・・・」
「といっても、バイオオリジンのものを直に目にするのは、これが初めてです。わが一門の所領では、カイコの遺伝情報をもとに作りだした酵素を使って、元素からキヌを合成しております。材料となる元素が採取できる『クールーシ』と呼ばれる星系の惑星軌道上に、資源採取や生産のための人工天体を、いくつか保有しているのです。」
「そうなのか。しかし、酵素をつくりだすとなると、希少な重元素が大量に必要となるはずだ。それを入手できる天体が所領内にあるとなると、おぬしの一門は、そうとうに“ 肥えた星系 ”を領有しておるのだな。」
「いえ、所領のなかのほとんどは、重元素の採取がむずかしい“ 痩せた星系 ”なのですが、一つだけ、重元素の採取しやすい星系があるのです。中心星が終末期をむかえて、惑星状星雲を形成しているのですが、それの放出ガスからならば、存在比率は小さいながらも、かなり効率よく重元素が採取できるのです。」
「なんと、稀有な星系を領有しておるのだな、おぬしの一門は。惑星状星雲の放出ガスからなら、人工彗星で簡便に、元素の採取ができてしまうものな。」
「ええ。おかげで、新政権によって先祖伝来の星系をいくつも取り上げられ、ずいぶん手狭になってしまったわが所領ではあるのですが、家臣も領民も、それなりの生活ができております。」
話すあいだにセットは終わり、機器に据えつけられているディスプレーをにらみながら、コンソールをたたく作業がはじまった。
ビームの照射源となるデバイスの状態や、それと布地との位置関係などが、ディスプレイのなかで目まぐるしく切り替わる画面によって、示されている。
「測定する布地の種類や、ビーム照射源の状態によって、位置関係や照射角度や照射出力を、微調整せねばならんのだ。最新のものなら自動でやってくれるのだろうが、これは旧型だから、自分でやらねばならん。」
「む・・むずかしそうですね。そもそも、こんな機器を使っての品質検査など、私どもの所領では、やっていませんので。」
「それは、そうだろう。バイオプロセスで作ったキヌならば、品質は一定しているからな。だが、ここでは、バイオオリジンのものを作っておる。品質は必ずしも一定ではないから、検査が必要だ。だが、よくできたもので比べるならば、バイオプロセスのものはバイオオリジンのものに、品質では太刀打ちできないのだ。そして、皇帝一族に献上するキヌは、最高級のバイオオリジンものでなければ、ならぬのだ。」
「ここでの品質検査が、重要になってくるわけですね。」
「うむ。新政権に実権を奪われる前は、すべての皇族の姫たちが、毎年かならず、このキヌを用いた生誕祭を、とりおこなっておったのだ。百人近くもいる姫君たちの、全員だったわけだからな、この作業も目が回るほどに、たくさんやったものなのだ。だが、実権を奪われた今、皇帝陛下直系の2・3人の姫君しか、それを行ってもらえぬようになったのだ。生誕祭自体の規模も、ずいぶん縮小されてしもうたしな。」
「いっそ、完全になくしてしまえば、この作業も、やらなくて済むようになるわけですね。」
「それは、そうなのだが、皇帝一族は、統治の実権を失ったとはいえ、今でも計り知れぬほどの大きな影響力を、この星団帝国内にもっているからな。こういった儀式を無くしてしまうのは、新政権にもリスクが大きいのだろう。どこからどんな反発が起こって、どんな損害が生じるか、分からんからな。」
「新政権も、まだまだ屋台骨が、固まったわけではないですからね。余計なリスクは、できるだけ負いたくは、ないのでしょうな。」
「そういうことだのう。姫の生誕祭をつづけることで、避けられるリスクがあるのなら、いつまでも細々と、とり行われていくことになるのだろうて。」
「愚かしくも思えますが、それが一国の、統治というものなのでしょうな。」
新政権のこんな事情で、存在意義をかろうじて残している検査機器が、ウーンと低いうなりを上げて作動した。
今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、 2020/8/1 です。
「人工彗星」なんていう単語が出てきました。ストーリーの理解には必要ないので、興味の無い方は読み飛ばして頂いて構いませんが、念のために少し説明します。本シリーズの別作品にも登場したし、説明もしたと思いますが、一応。
離心率の高い楕円を描いて星系を回る天体の軌道を、作者が勝手に「彗星軌道」というように解釈した上で、その軌道を跳んでいる人工天体を「人工彗星」と呼ばせているわけです。が、彗星と惑星の違いが、天文学的には軌道要素とは関係なく、尾を引いているかどうかなどの、別のところにあるとすれば、この命名は不正確なものとなります。
作者は天文学にはド素人なので、詳しい読者様がおられれば、御教示いただきたいところです。が、この命名は、未来の宇宙の庶民によって成されたものという設定ですので、現代の天文学において不正確であっても、全く問題はないのです、という作者の言い訳を、読者様各位に置かれましては、寛大なお心でご了承いただきたいと存じます。
惑星状星雲では資源採取がやり易い、というのも、全くの創作です。鵜呑みは厳禁に願います。
本作品では、ストーリーには全く関係しませんが、このシリーズの別作品においては、もう少しストーリーに関わる形で「人工彗星」や「惑星状星雲」が登場します。「小説家になろう」に発表済みのものと、今後発表する予定の作品の、両方においてです。もしご興味を持って頂ける方がおられましたら、これらの作品にも目を通してやって下さると、とっても嬉しいです。つまるところ、宣伝です。