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第1話 老人と出会う

 その部屋に一歩ふみこんだときの印象は、忘れられない。

 呆気にとられた。ポカンとしばらく、口をあけっぱなしにしてしまった。

 遺跡か、化石か、と思えるほどに古びて、ほこりをかぶっている検査機器は、それ自体のつくるぼやけた影に、半身を溶けこませていた。ここを古代都市と見間違える者がいたとしても、私は驚かないだろう。

 日ざしが窓から、ななめにさし込む部屋だった。

 日ざしといっても、この星系の中心にある恒星の光を、幾つかの鏡で反射させて、宇宙を漂う建造物内へと引きこみ、この部屋の窓から照射させているものだ。直射日光とはいえないかもしれないが、人工の明かりともちがう。天然モノに人が加工をほどこした" 準天然の陽光 ”とでも、記しておこうか。

 中心星は主系列に属するものなので、陽光の波長域も人にとって手頃で、強度も人にとって心地いいくらいに調整されている。浴びていれば、ぽかぽかとしてきて眠気を誘うくらいの、快適なことこの上もない日差しなのだ。

 中心星から手頃な距離をまわる、人工惑星のなかだった。回転することで、遠心力による疑似重力を発生させている、リング状の宙空建造物でもある。

 疑似重力によってリングの側壁に押し付けられた、いくつもの“ たて屋 ”が、側壁を人工の大地として、宙空建造物の内部に立ち並んでいる。

 それらのたて屋内にある一つの部屋で、私は、準天然の陽光をあびていた。

 人工惑星とは、これを読む者の場所や時代によっては、奇妙に聞こえるかもしれないが、人工物が惑星軌道をまわっていれば、それは人工惑星と呼ぶしかない。理解してほしい。

 たて屋の外で感じた陽光は、それはそれは元気いっぱいで、たて屋の構造部材など、いろいろなものに跳ねかえされた色どり豊かな反射光に、目を楽しまされたりもした。

 だが、この部屋の中では、違っていた。窓を透過したとたんに意気消沈した陽光が、しょんぼりと機器のすき間などに、うずくまってしまっている。窓ガラスの透明度のせいではないその変化は、光量は十分なはずの室内を、どうしようもなく、うすぐらく感じさせている。

 外のほうが活発なのは、陽光だけではない。

 皇帝直轄領の一角に作られたこの宙空建造物では、大昔から、皇帝一族やその側近貴族たちのために、様々なものを生産してきた。

 国の統治の実権が、皇帝から新政権へと移ってからは、この領域に駐在する新政権の役人や軍人などのために、生産活動を継続している。

 国に住まう民のほとんどが、ケミカルプロセスフードという、宇宙で採取した元素から化学的・人工的に合成した、粗末な食べ物ばかりを食べているのだが、そんな時勢にあって、高貴な人々に、もっと味わいのある食べ物を届けるべく、バイオプロセスフードやバイオオリジンフードを作ったりするというのも、この宙空建造物の主要な役割だ。

 完成された生物体は登場しないが、生物のちからをかりて作られるのが、バイオプロセスフードだ。別の時代にはバイオテクノロジーともよばれたであろう細胞培養や遺伝子操作なども、それの生産には用いられる。

 完成された生物を育成し、そこから得られるのがバイオオリジンフードだ。別の時代には、それ以外の食べ物は存在しなかったといっても良いかもしれないものだが、宇宙時代には格別に貴重なものだ。

 宇宙で人間以外の生き物の育成環境をととのえるのは困難が多く、栽培や飼育や養殖などといった活動は、なかなかできない。バイオオリジンフードは、ひろく人々にいきわたるほどの量は、この時代には生産されていない。

 多くの下層民の手にはいるのは、ケミカルプロセスフードが9割、バイオプロセスフードが1割といったもので、バイオオリジンフードは、一度も食べられずに生涯を終える場合も多い。

 そんな状況下で、このリング状宙空建造物内では、高貴な人たちに向けて、大量のバイオオリジンフードが生産されている。フル稼働で、高貴な人々の舌を楽しませている。

 食料以外にも、宇宙建造物用の資材や、シャトルとか宇宙艇に使われる精密デバイスや、煌びやかで装飾性のたかい宇宙服など、高貴な人たちむけの生産物は多い。

 提供する先が、皇帝や貴族から、新政権の役人や軍人へと代わったが、この宙空建造物の各施設が、フル操業を続けていることに変わりはない。多くの人が行き交い、多くの声が飛び交い、多くのものが動きまわっている。

 巨大コンテナをリレーするロボットアーム、うなりとディスプレイの明滅で活躍を主張する各種の合成装置、無数の工具を体表に林立させて走りまわる工作ロボットなどが、あっちにもこっちにも見受けられる。それらに張り付いている作業員たちも皆、たいそう忙しそうだ。

 にぎやかに繁盛している、人工惑星だといえる。

 そんな活発な雰囲気からも、この部屋だけは、ぽっかりと取り残されていた。

 機器に積もったほこりが、これらが動かなくなってからの年月の長さを、物語っている。それのもたらす、もう一つの効果であろうか、部屋のなかの空気は、灰色に染まっていると感じられる。差しこんできた陽光が、しょんぼりしているのも、それのせい違いない。

 もう何年も、時間が止まったままの空間。部屋の外にある機器の元気いっぱいの活動をよそに、眠ったように停止させられている室内の機器。取り残されてしまった部屋。

 機器を操作するコンソールの前にならぶ、大きさも形も不ぞろいなたくさんの椅子が、往時の活気を伝えてくる。部屋の外に負けないくらいの活気があったことを、主張している。こんなにたくさんの人員が必要だったのだと、これだけ大勢の作業員に操作されて、この部屋の機器もめいっぱいに活動したものなのだと、不ぞろいの椅子たちが沈黙のさけびで訴えてくる。座面につもったほこりが、放置されている時間の長さをさらしてしまっていることに、恥じ入ったりもしながら。

「あーぁ」

 残念をたっぷりと詰めこんだ嘆声をもらしながら、私はその部屋の奥に、歩をすすめていったのだった。

 機器の隙間をぬって歩く。

 そこに隙間があるということに、すぐ手前に近づくまで気づかないような隙間を、(ああよかった、隙間があった)との安心の吐息を繰りかえしながら、すり抜けていく。

 そばを通ったことで巻き上げられたほこりは、そばを誰かに通られることですら、相当に久しぶりであることを、物語っているかもしれない。

 入り口から左手の壁沿いに見えていた、もう一つのドアに、おそらく最短ではない経路を通って、ようやくたどり着いた。そして私は、それもくぐった。

 がらーんとした印象の、だだっ広い事務室が、ドアをくぐった先にはあった。今通って来たのが作業室で、今たどり着いたのが事務室、ということになるようだ。

 だだっ広い室内の、これ見よがしなほどの片隅に、スペースのムダを精一杯に表現しようと知恵をしぼり力を尽くしたのかと思えるほどの片隅に、彼はいた。

 この部屋のたった一人の使用者、ここに最後まで留まっている作業者、機器とともにとり残された唯一の人間、ヤンベン老人だった。

 ドアからいちばん遠い片隅(せめて近いがわの片隅に寄せていれば、歩くムダを省けたのに、わざわざいちばん遠くの隅を選んでいる)に、私は歩みを進めていった。

 一人しかいないのに4人分の事務用デスクがあって、それの一つに置かれた端末の前に、ヤンベン老人は座っている。こちら側を背に座っているので、まだ私が近づいていることに気づいてない。

 リズミカルにキーボードをたたく様子に(忙しそうだな)と思った最初の3秒ほどをすぎると、そのあとはもう、ひたすらヒマそうにしか見えないヤンベン老人に、私は声をかけた。

 着任のあいさつの、最初のひと言を告げた私への、ヤンベン老人の仕草で、モニターの方に向けられていた視線は、実はモニターを捕えてなどいなかったことにも、気づかされた。モニター越しに見える何もない壁を眺めながら、意味のない文字列をタイピングしつづけていたヤンベン老人は、あわてたように、こちらを振りかえった。

 あわてたようであるにもかかわらず、ゆっくりとした動作で。

「おお、お若いの。待っていたぞ。ようこそ、この“ 皇帝献上品検査室 ”へ。」

 そうとうに久しぶりと見える、人と会話をする機会らしい。だが、それの到来以上に、途方もない退屈から解放されたことの方を喜んでいるようすで、ヤンベン老人はニタッと微笑んだ。

 えらの張った四角い顔にも、まったく硬さを感じさせないほどに、たれ下がった目尻から、穏やかでやわらかな人柄がにじみ出ている。声にも、一つ一つの動作にも、やわらかさが感じられる。猫背ぎみの小柄で華奢なからだつきも、やわらかな印象をつよめている。

 よわいを重ねて身も心も、とことん丸くなった老翁の人なつこい笑顔が、私を迎えてくれたのだった。

「本日よりお世話になります。なれぬ仕事ゆえ、ご迷惑をおかけすることも多いと思いますが、よろしくご指導願います。」

 型通りのあいさつを、淡々と口にしてみたのだが、自分で意図した以上に、心がこもっていたようだった。

 むりやり押し付けられた閑職を習うわけだが、その教官となる彼の風貌を目に、私も思わず、なけなしの誠実さをしぼり出してしまったらしい。

「いやいや、あははは、そんな堅苦しい言いまわしを、せんでも。ここでは2人きりなのだ、気楽にやろうじゃないか、あはははは・・・。好きな席に腰をおろして、楽にすればいい。自分の家にいるくらいに、のんびりくつろいでくれて、かまわないからな、お若いの、あはははは・・・」

 がらんとした広すぎる部屋の片隅に、ポツンと置かれた事務用デスクに座ったのでは、わが家のようなくつろぎなど得られそうにはないのだが、とりあえず私は、4つあるそれらの一つ、ヤンベン老人の正面にあたるデスクに、身を沈めた。

「いやあ、実にひろびろとした部屋で、気持ちがいいですな。」

 ヤンベン老人の正面の席についてみると、彼の背後の、これ見よがしに空けられた、がらーんとしたスペースが、いやでも目につく。

「あはは、ムダにひろくて寂しい、の間違いだろ。あはははは・・・」

 苦笑まじりの老人の言葉は、私の本心を、ぴったりと言いあてていた。


 今回の投稿は、ここまでです。次回の投稿は、2020/7/25 です。

 未来の宇宙を描写しているはずなのに、昭和初期みたいな景色が浮かんで来るな、と思っておられる読者様がいれば、作者の試みは大成功というところです。そして、未来の宇宙にこんな景色が出来上がっていることに、物語内に流れる時間のスケールを、感じ取ってほしいのです。

 時間や空間に、途方もないくらいのスケールを感じられる物語を読みたい。でも見当たらない。でも、そんなのを読みたい人は、自分だけではないはず。こういった思いが、作者を執筆に駆り立てる原動力になっています。スケール感というものに好奇心を掻き立てられ、興味をそそられる人に、楽しんでもらえる作品を書きたいと願っているのです。


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