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エピローグ

 広い海原の、はるか彼方をさまよっていたエリス少年の視線が、手に持ったトラクションボールに戻ってきた。遥かなる昔に寄せられていた彼の心も、同じく。

「ぼくは、自分の気持ちひとつで、この道具をいつまでも大切に持ち続けて、使いつづけていくことができる。」

 もっと多くの人の想いが詰まった道具を、誰かに引き継ぎたい、残していきたいと強く願っていたのに、かなわなかった、過日の人との違いを少年はかみしめた。生まれた時代が異なるだけで、こんな違いが生じてしまうなんて。

 長い戦乱の果てにたどりついた、第3次銀河連邦による統治のもと、少年は個人の自由意思が尊重される世界にくらしている。といっても、多くの人に惜しまれながらも廃棄を余儀なくされる道具など、彼の時代にだってあるのだから、時代だけの違いだとは言えないだろう。

「でも、あんな踏みにじられ方って、ひどいよな。」

 少年の目が、少し哀れみを含んだ。「多くの人の想いが詰まった仕事や機器を、ながいあいだ大切に守り続けて、何とか誰かに引き継いで、残していきたいって強く願っていただろうに。」

 それの廃止を決めた者たちは、自分たちの欲望や都合しか頭になかったのだろう、との見方が有力らしい。歴史学者の父が言っていた。

 新政権の中で、権力者の覚えのめでたいことを願う者たちが、ほんらいは皇帝に献上されるはずのものを、権力者の懐に入るように仕向けたらしい。それによって、自分たちの立場の安定を図ったのだという。皇帝献上品の検査をしていた人たちの気持ちなど、まったく考えることのない決定だったのだろう、ということだ。

 そしてその決定は、皇帝への敬愛をもちつづけている民衆から、反感を買った。圧政によって高まっていた怨嗟と結びついた反感は、廃止の決定の5年後に、新政権を滅亡に追いやることになる反乱の一因にもなった。

 新政権の中枢をしめていた者たちは、つまり廃止の決定を成した者たちは、反乱によって滅亡に至った政府と運命を共にし、千人規模での集団自決という悲劇的な最期をむかえたのだった。

 歴史好きの少年は、そんな史実も知っている。

「馬鹿なことを、したものだよな。結局は、自分で自分の首をしめる結果に、なっちゃったんだ。」

 皇族軽視のリスクを、熟知していたはずの人たちの集団が、そんな自殺行為のような決定をしてしまう。組織というものの不思議であり、恐ろしさだろう。決定した1人1人が、どんな人物で、どんな考えだったのか、遠い時代にいるエリス少年には知りようもないことだが、愚かだと思わずにいられない。

「権力の中心で、いろんな人のいろんな都合を考えなきゃいけない立場なんて、僕なんかには想像もつかない。けど、もしその立場の人たちが、“ あの部屋 ”をひと目でも見たことがあったら、そんな自滅につながってしまう決定も、しなかったんじゃないかな・・・・?」

「そろそろ、出かける時間じゃないの?」

「・・あっ、ほんとうだ。」

 母の声に、エリスは我にかえった。「そろそろ出かけないと、通りすぎちゃう。」

 トラクションボールをにぎりしめたまま、エリス少年は駆けだした。

 少年のくらす「エウロパ」星系第3惑星には「アセンディングステーション」と呼ばれる施設が、いくつかある。海上を疾走している彼らの家は、2時間くらいおきに、その施設の一つに近づき、通りすぎる。

 タイミングよく家から出ることで、エリス少年はその施設に、飛び移ろうとしていた。全自動操縦の自家用セスナが、そのために用いられる。

 セイリングハウスの屋上に駆けあがったエリス少年は、そこに置いてあるセスナに飛び乗った。電動式で定員3名のそれに、1人で乗りこんだ。

 行き先も「アセンディングステーション」に固定されているセスナは、ボタン一つを押すだけで、あとは何もしなくても、そこにつれていってくれる。10歳の少年の、一人でのお出かけにも、問題はない。

 エリスの目指す「アセンディングステーション」は、重力制御技術を活用して、衛星軌道上にまで5分くらいで運び上げてくれるという、この時代の便利な施設だ。レールキャノン方式で打ち出されたカプセルが、重力から切り離された空を、乗客をかかえて駆けていくのだ。

 重力がないのだから、“上がる”と表現するのもはばかられる。

 このようにして、重力を自在に操れる技術は、衛星軌道上を子供の遊び場に変えてしまったのだった。

 そこの無重力の空間(厳密には重力と遠心力のつりあった空間)で、少年は友人達と、トラクションボールをつかった鬼ごっこを楽しむのだ。

 テラスでは大人びた様相を見せていたエリス少年の顔も、セスナに飛び乗るときは、10歳の子供らしいあどけなさを取りもどしていた。キラキラした眼が、鬼ごっこへの期待と興奮をあらわしている。

 友達はみんな、新しくて性能のいいトラクションボールを使うだろう。古いものを自分で修理してつかうエリス少年は、かなり不利だ。

 でも、その受けつがれたトラクションボールで、少年は誰よりも鬼ごっこを楽しんで見せるつもりだ。それに詰まっている色んな人の想いが、きっと背中を押してくれる。少年は、そう信じていた。

 セスナが、セイリングハウスを飛びだった。15分後には、少年は宇宙での鬼ごっこを満喫しているだろう。

 そんな時代。便利な時代。発展をきわめた時代。その時代に、少年の手は、使い古しのトラクションボールを置き去りにすることなく、一緒につれて行こうとしていた。



 セスナの後を追って「エウロパ」星系第3惑星の、空を飛ぶ何かがある。

 人の眼には見えない。この時代の人類の、発達をきわめたあらゆるセンサーにも捕えられない。霊か。魂か。時空の波動か。誰にも検知されないものなのだから、誰にも分かるわけがない。

 誰にもわからない何かが、トラクションボールをぎゅっと握る少年の手のちから強さに、嬉しそうな表情を見せた。

 大切にしてきた機器や仕事を、あきらめざるを得なかった無念が、少しだけでも和らいだのだろうか。仕事や機器は、誰にも受け継いでもらえなかった彼ではあったが、何かを、この時代の少年に、受け継いでもらえた、ということだろうか。

 自分の、何かを、誰かに受け継いでもらえる幸せを、何千年もの時をこえて、ようやく彼は、味わうことができた・・・・・・のかどうかも、誰にも分かるわけがない。


 今回の投稿は、ここで終わりです。そしてこの物語も、ここで終了です。

 「銀河戦國史」というシリーズのタイトルからすれば、裏切りと言って良いくらい戦闘シーンもミリタリー要素もない、エンターテイメント性に乏しい作品だったかもしれません。ですが、日本の戦国時代だって、日本人全員が戦争ばかりやってたわけではないので、「戦國史」と付くシリーズにこんな物語があっても、良いじゃないですか・・と言い訳しておきます。それに、本編の舞台となった時代の前や後に大きな戦乱があったことは、ご理解頂いているのでは・・・本編での出来事も、それらの戦乱と密接につながっていて、巨大な歴史のうねりの中の1点として、ヤンベン老人たちの人生もあった。そんな実感を持って頂けるような書き方を、作者としては、やったつもりでいるのです。エリスの暮らす、平和で発展を極めた時代も、1万年もの銀河での、戦乱に戦乱を重ねた人類の果てしない歩みの後に、ようやく訪れたものなのだ、という感慨を読者様には持って頂けているはず、というのが作者の計算なのです。

 作者のつもりや計算がどれだけ的を射ているかはともかく、戦闘をほとんど描かない作品が「戦國史」の一角を成すことの正当化は、これで達成されたとしておきます。

 ですが、そんな作品ばかり並べていては、やはり「戦國史」の名折れなので、予告しておいた通り次回作品には、戦闘シーンやミリタリー要素をたっぷり詰め込んだやつを持ってきます。英雄が混乱を治めて新王国を樹立する話です(要約しすぎ?)。

 投稿期間は、半年以上1年未満くらい、1回の投稿ボリュームは今回の作品と同程度で、プロローグだけはちょっと長め(2倍くらい)といったところです。2020/9/17 にスタートで、毎週土曜日17時に投稿というのも同じです。

 是非、次回作もお付き合い頂きたく、もっと宣伝したい気持ちが山々なのですが、切りがないので、作品完結の挨拶をさせていただきます。読了頂きました皆様、お疲れ様でございました。そして、まことに有難う御座いました。

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